完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!

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3章 嫌いな自分から逃走

14 本当のハードル

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 十月の三連休のサークルツーリングも、参加を見送った。
 佐藤先輩に「俺がいじめたって思われる」と泣きつかれたので、口実として、家庭教師のバイトに加えて休日保育補助バイトも入れた。
(佐藤先輩の好感度は守りましたから、彼女づくり頑張ってください、と)
 自分の恋愛については目的地から変更しないといけなさそうだけれど、しばらく考えたくない。
 日曜日。一限に出席するより早起きして、沿線の企業保育所に出向く。去年から単発で補助に入っている。夏休みにも何度か手伝った。
「おはようございます、よろしくお願いします」
「おはよう、男子が入ってくれて助かるよー」
 保育士さんに歓迎される。……体力も筋力もふつうの男子ですが。
 ともかくエプロンをつけ、早速、子どもたちの受け入れに取り掛かった。
 世間は連休でも、サービス業に就く親御さんは忙しい。「すみません、お世話になります」って、次々子どもを預けにやってくる。
「あ、陽くん先生!」
「憶えててくれたの?」
 三歳クラスの男の子が、僕の顔を見るなり声を上げた。
 まだ「先生」じゃないけど、楽しい思い出になれてたみたいで、面映ゆい。今日も任せてくださいとばかりに、男の子と一緒に親御さんに手を振る。
「あとで、遊ぼうね」
 小さな小指に小指を絡め、約束した。
 ただ、各クラスの出席を取って、朝昼間の補食とおむつ替え、ヒーローごっこの敵役でエンドレス倒れ、昼ごはんの準備に片づけ――と、めまぐるしい。
(考えごとする暇もないのは、いいんだけど)
 並んでお昼寝する子どもたちを眺める。
(……ん?)
 朝声を掛けてくれた男の子。隣の布団に寝る男の子と、がっしり手をつないでいる。
 深い意味はないかもしれない。
 でも、この時間が壊れませんようにって、ひそかに祈った。
 教育学部に進んだのは、したいこともできることも思いつかず、先生に憧れていた身として何となくだ。
 それが、授業で学んだりバイトで歳下の子と接したりするうち、学校に「ふつうじゃない恋愛」相談もできる先生がいたらいいよなって思い始めた。
(この子たちが大きくなる頃には、ふつうじゃなくなくなってるかも?)
 今も、そういう人もふつうにいるよって風潮ではある。だけどいざ行動するってなったら、相手が異性の場合より難易度が高い気がする。
 まあ、僕に相談相手が務まるかはさておき。子どもたちが寝ている間に目の前の事務仕事を倒しにかかった。

「せんせー! 遊ぼ」
「うん」
 午後のおやつを終え、ようやく男の子との約束を果たす。
「何して遊ぶ? ボール、折り紙、ブロック……」
 ぽかぽかと晴れた庭やカラフルなおもちゃを示す。夏休みに遊んだときは、紙飛行機づくりにはまっていた。
 でも男の子は、僕の膝を指差す。
「ねこさんごっこ」
 ……とは? 保育所は流行の変化が早い。
「こーして、こーして、こう」
 言われるまま木床に横座りする。僕の膝の上で、男の子が「よいしょ」と丸くなる。香箱座りする猫みたいに。
 子ども体温があったかくて、ほどよい重さ。後頭部の髪がぽわぽわしてる。
 たまらず、男の子を撫でた。
「もっとー!」
 猫さんごっこ、その名のとおりだったらしい。本腰を入れて撫でさせていただく。
 それだけなのに、男の子はきゃっきゃと喜んだ。
「こんなんでいいの?」
「陽くん、なでなで、じょーずだよ?」
 まっすぐな誉め言葉が響く。僕にも特技があったようだ。
 と思ったら、ぽこんと背中を叩かれた。
 立ち上がれないので首を捻ると、お昼寝のとき男の子と手をつないでいた子だ。
 つぶらな目に涙をいっぱい溜めて、「だめ……」と訴えてくる。
「え!? ごめんね」
 保育補助中に泣かれるのはめずらしくない。ただ、こんな切実な泣き方は経験がない。
 おろおろと謝る。僕と男の子が一対一で遊んでたの、いやだったかな。
 やっぱり、特別な仲良しではあるようだ。
「いっしょに、遊ぼ」
 膝の上の男の子は、悪びれずに誘った。
 誘われたほうの子は、逡巡したものの、泣きべそのまま僕の膝によじのぼってくる。
(待って。三歳でも二人同時は膝が限界……とも言ってられないな)
 ふたりに優しい世界の実現のため、脚がしびれるのもいとわず、両手で二人を撫でた。
「たのしい……」
「ぼくも!」
 二人は猫だんごのようにぴったり寄り添い、笑い合う。すっかり仲直りだ。
(素直で可愛いなあ。それに引きかえ僕は)
 二人の尊さに中てられ、自分をかえりみざるを得ない。相談に乗るどころか教えられている。
 叶斗と一緒にいたくても、いられない。
 今の状況を招いたのは、佐藤先輩でも、叶斗でもない。僕自身だ。
(叶斗に気づかされたの、憧れてるってことだけじゃないな)
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