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3章 嫌いな自分から逃走
14 本当のハードル②
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叶斗みたいに自信を持って行動したい。
裏返せば、僕は自分に自信がない。
(そんな自分を守るために――あえて、手の届かない人を好んできたんだ)
先生も、俳優も。絶対僕に振り向かない。何ならサークルの先輩たちも。ふわっと好きで、それ以上を望まなければ、すごく平和だ。
(酒の力借りて変わろうとしたのに、結局傷つかないほう選んじゃった)
自分の弱さを、本当のハードルを突きつけられる。
(でも、叶斗は手が届かないから好きになったんじゃない)
一軍イケメンではあるけれど、平和な片想いだって割り切れなかった。
はじめてちゃんと好きになった人。
それがわかったところで、叶斗は「嫌いでいて」と言っているのだから、どうにもできない。「好き」とは言えない。
(傷つきたくなくて行動しないまま、失恋したんだ)
こんなときに、叶斗の体温を思い出してしまう。
いっそ、本当に嫌いになりたい。
「陽くん先生、ばいばーい!」
「ばいばい……」
「ばいばい、またね」
可愛い二人が、親御さんとともに仲睦まじく帰っていくのを、目を細めて見送る。
「石田くんも上がっていいよ。お疲れ様」
辺りはとっぷり陽が暮れている。お迎えを待つ子も半数を切った。
「お疲れ様でした」
ありがたくエプロンを外す。
途端、バイト中は何とか抑え込んでいた感情が暴れ出しそうになる。
急いで帰宅し、夜ごはんも食べずに、愛車に跨った。
空いている道を選んで、闇雲に走る。
「……嫌いだ。嫌い。嫌い」
走りながら、暗示みたいに唱える。ヘルメットをしているから誰にも聞こえない。
「おまえなんか、嫌いだよ」
叶斗なんか嫌い。嫌いになりたい。ほんとは好き。だから嫌い。
「おまえなんか、」
僕なんか嫌い。傷つくのを怖れて何もできないとか、かっこ悪い。二.五軍以前の問題。誰もこんな人間を好きになるまい。
「嫌い……」
何度目かに繰り返したとき、涙がこぼれて、自分でぎょっとした。
失恋した今になって、後悔に襲われる。もっと何かできなかったか? って。自分の本心に早く向き合っていれば、って。
(もう遅いけど)
自分が嫌い。ついでに、優しくない世界も嫌い。
涙がとめどなくあふれてくる。止まるまで、バイクも止めないでおこう。
走っても走っても近づけない星に向かって疾走する。
[先輩どこいます?]
間が悪く、LINEが来た。
それも叶斗からだ。
動揺で車体がふらついてしまい、ハンドルを強く握り直す。
今あっちはサークルの部屋飲み中のはず。
(都合よく隣に座ってやれないぞ)
返信しない。ただ、びっくりしたせいか、涙は止まった。
近郊を一周して、アパートに戻る。眠れる気がしなくてコンビニへ行く。
缶ビールとサワーを買い込んだ。
(さすがに桂花陳酒は置いてない、か)
あの薫りを嗅げば安眠できそうだと思ったけれど、仕方ない。
煌々と明るいコンビニ帰りだとよけい薄暗く感じる部屋の真ん中で、体育座りする。
ローテーブルに買ったばかりの酒缶を並べ、独りで飲み始めた。
「ぷはぁ。……これちょっと濃くない? ほんとに7パーセントかな」
何か腹に入れたほうがいいんだっけ。芋の菓子ストックボックスから、いくつかお気に入りを取り出す。
さくさく、ごくん。ぽりり、ぐびぐび。ぐびぐびぐび。
しゃべる相手がいないと、単に飲食物を消費するのみになる。味気ない。
果物農家の収穫動画でも流そうかと、スマホを引き寄せる。
「わ」
今度は着信があった。
発信者は――叶斗。
「ひつこいなあ」
とっくに陽ちゃんをお断りしてたくせに。一言言ってやろうと、応答ボタンを押す。
「なぁんだよ、ひっく」
『……、泣いてます?』
叶斗が躊躇いがちに尋ねてきた。しゃっくりを勘違いされた。
黙って飲むとしゃっくりが止まらないらしい。
「陽ちゃん、泣いてないもん。ほしかわだって、ひっく、かんちがい!」
ふん、とアルコールに染まった息を吐く。
酒を飲む前は、全面的に陽ちゃんがかっこ悪いって思っていた。でもやっぱり、叶斗も思わせぶりだぞって気持ちを消せない。
『……はは。泣いててくれてたら、可愛いですけどね』
「陽ちゃんは、ひっ、可愛いんだろ。ほしかわがそう言った」
『はい。俺、最初は――』
叶斗はぐだぐだ弁明を始めたものの、電波のせいか、よく聞き取れない。耳もとで切れ切れに響く叶斗の声が心地いいだけになる。
『陽ちゃん? ……寝ちゃったか』
――くしゃみをして、はっと頭を上げたときには、スマホ画面は真っ暗になっていた。
連休明け、切り替えて授業に臨む。
ひとり飲みすると、バイクを走らせるのの七割くらいすっきりする。大きな発見だ。
「陽先輩」
教室前に、朝からさわやかな一軍イケメン――叶斗が待機していて、たたらを踏む。
(この授業、教育学部の専門科目だけど)
想定外。とはいえ、ひとり飲みですっきりしたぶん、落ち着いて振る舞える。
「自分の教室行きな。教授来るだろ」
あからさまに「嫌い」な態度では角が立つ。「関係ない」ムーブを心掛けた。
「その目……」
叶斗のほうは、物言いたげに僕の顔を覗き込んでくる。
ソロツーリング中に泣いたあと飲酒したせいか、がっつり瞼が腫れた。まだ残ってる?
ばっと手で目もとを覆う。
「『嫌いでいて』って言ったよな?」
小声で言い、足早に教室に入った。
恋人になれないなら、せめてふつうの先輩後輩でいたい。
裏返せば、僕は自分に自信がない。
(そんな自分を守るために――あえて、手の届かない人を好んできたんだ)
先生も、俳優も。絶対僕に振り向かない。何ならサークルの先輩たちも。ふわっと好きで、それ以上を望まなければ、すごく平和だ。
(酒の力借りて変わろうとしたのに、結局傷つかないほう選んじゃった)
自分の弱さを、本当のハードルを突きつけられる。
(でも、叶斗は手が届かないから好きになったんじゃない)
一軍イケメンではあるけれど、平和な片想いだって割り切れなかった。
はじめてちゃんと好きになった人。
それがわかったところで、叶斗は「嫌いでいて」と言っているのだから、どうにもできない。「好き」とは言えない。
(傷つきたくなくて行動しないまま、失恋したんだ)
こんなときに、叶斗の体温を思い出してしまう。
いっそ、本当に嫌いになりたい。
「陽くん先生、ばいばーい!」
「ばいばい……」
「ばいばい、またね」
可愛い二人が、親御さんとともに仲睦まじく帰っていくのを、目を細めて見送る。
「石田くんも上がっていいよ。お疲れ様」
辺りはとっぷり陽が暮れている。お迎えを待つ子も半数を切った。
「お疲れ様でした」
ありがたくエプロンを外す。
途端、バイト中は何とか抑え込んでいた感情が暴れ出しそうになる。
急いで帰宅し、夜ごはんも食べずに、愛車に跨った。
空いている道を選んで、闇雲に走る。
「……嫌いだ。嫌い。嫌い」
走りながら、暗示みたいに唱える。ヘルメットをしているから誰にも聞こえない。
「おまえなんか、嫌いだよ」
叶斗なんか嫌い。嫌いになりたい。ほんとは好き。だから嫌い。
「おまえなんか、」
僕なんか嫌い。傷つくのを怖れて何もできないとか、かっこ悪い。二.五軍以前の問題。誰もこんな人間を好きになるまい。
「嫌い……」
何度目かに繰り返したとき、涙がこぼれて、自分でぎょっとした。
失恋した今になって、後悔に襲われる。もっと何かできなかったか? って。自分の本心に早く向き合っていれば、って。
(もう遅いけど)
自分が嫌い。ついでに、優しくない世界も嫌い。
涙がとめどなくあふれてくる。止まるまで、バイクも止めないでおこう。
走っても走っても近づけない星に向かって疾走する。
[先輩どこいます?]
間が悪く、LINEが来た。
それも叶斗からだ。
動揺で車体がふらついてしまい、ハンドルを強く握り直す。
今あっちはサークルの部屋飲み中のはず。
(都合よく隣に座ってやれないぞ)
返信しない。ただ、びっくりしたせいか、涙は止まった。
近郊を一周して、アパートに戻る。眠れる気がしなくてコンビニへ行く。
缶ビールとサワーを買い込んだ。
(さすがに桂花陳酒は置いてない、か)
あの薫りを嗅げば安眠できそうだと思ったけれど、仕方ない。
煌々と明るいコンビニ帰りだとよけい薄暗く感じる部屋の真ん中で、体育座りする。
ローテーブルに買ったばかりの酒缶を並べ、独りで飲み始めた。
「ぷはぁ。……これちょっと濃くない? ほんとに7パーセントかな」
何か腹に入れたほうがいいんだっけ。芋の菓子ストックボックスから、いくつかお気に入りを取り出す。
さくさく、ごくん。ぽりり、ぐびぐび。ぐびぐびぐび。
しゃべる相手がいないと、単に飲食物を消費するのみになる。味気ない。
果物農家の収穫動画でも流そうかと、スマホを引き寄せる。
「わ」
今度は着信があった。
発信者は――叶斗。
「ひつこいなあ」
とっくに陽ちゃんをお断りしてたくせに。一言言ってやろうと、応答ボタンを押す。
「なぁんだよ、ひっく」
『……、泣いてます?』
叶斗が躊躇いがちに尋ねてきた。しゃっくりを勘違いされた。
黙って飲むとしゃっくりが止まらないらしい。
「陽ちゃん、泣いてないもん。ほしかわだって、ひっく、かんちがい!」
ふん、とアルコールに染まった息を吐く。
酒を飲む前は、全面的に陽ちゃんがかっこ悪いって思っていた。でもやっぱり、叶斗も思わせぶりだぞって気持ちを消せない。
『……はは。泣いててくれてたら、可愛いですけどね』
「陽ちゃんは、ひっ、可愛いんだろ。ほしかわがそう言った」
『はい。俺、最初は――』
叶斗はぐだぐだ弁明を始めたものの、電波のせいか、よく聞き取れない。耳もとで切れ切れに響く叶斗の声が心地いいだけになる。
『陽ちゃん? ……寝ちゃったか』
――くしゃみをして、はっと頭を上げたときには、スマホ画面は真っ暗になっていた。
連休明け、切り替えて授業に臨む。
ひとり飲みすると、バイクを走らせるのの七割くらいすっきりする。大きな発見だ。
「陽先輩」
教室前に、朝からさわやかな一軍イケメン――叶斗が待機していて、たたらを踏む。
(この授業、教育学部の専門科目だけど)
想定外。とはいえ、ひとり飲みですっきりしたぶん、落ち着いて振る舞える。
「自分の教室行きな。教授来るだろ」
あからさまに「嫌い」な態度では角が立つ。「関係ない」ムーブを心掛けた。
「その目……」
叶斗のほうは、物言いたげに僕の顔を覗き込んでくる。
ソロツーリング中に泣いたあと飲酒したせいか、がっつり瞼が腫れた。まだ残ってる?
ばっと手で目もとを覆う。
「『嫌いでいて』って言ったよな?」
小声で言い、足早に教室に入った。
恋人になれないなら、せめてふつうの先輩後輩でいたい。
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