完結|好きから一番遠いはずだった

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3章 嫌いな自分から逃走

15 学祭の落とし穴②

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(二.五軍は人混みでモブ化できて助かる)
 ステージ上では、候補者が一人ずつPRしたり、何人かでトークやゲームをしたり。
 周りは応援にきた各サークルメンバーやファンがひしめき、活気がある。でも僕は気疲れした。
(エントリーしてる人たち、当たり前だけど一軍過ぎ……)
 陽キャな空気に中てられ、現場にいながらスマホで配信のほうを見る。
(は?)
 叶斗に、「ハーレーに乘った王子様」ってキャッチコピーがついていた。
 「王子様」って呼んでるサークルメンバー、いませんが。白馬にかけてるんだろうけど、ハーレーの色だって白じゃない。
 叶斗本人はどう思ってるんだか……。
 眉をひそめて顔を上げる。――見つけた。
 ステージ脇でPRの順番を待つ、叶斗を。
 背が高く革ジャンが映えまくり、候補者の中でも顔が整ってるのもあるけれど、ひとりだけ静謐な雰囲気をまとっているから目を惹く。
「星川くん! わたし投票したよ~」
「本戦ではうちわつくろっかな」
 配信カメラのフレーム外は結構ゆるくて、順番待ちの候補者に直接声を掛けられる。案の定、叶斗の周りに女子だかりができていた。
 叶斗は微笑み、「押さないであげて」とぎゅうぎゅうな彼女たちを気遣う。
「続いてはエントリー№9番、星川くん!」
 学祭スタッフに呼ばれた。
 ステージ上に上がった叶斗は、カメラ目線で自己紹介する。
「社会学部一年、星川叶斗です。ツーリングサークルに所属してます」
 当たり障りのない内容だ。それでも顔が映ってればいい、って感じ。実際、現地に集まった女子たちは見惚れている。
 学祭スタッフとの質疑応答に移る。
 その、ふたつ目の質問だった。
「第二問! 好きな女の子のタイプは?」
「好きな……タイプ、は」
 それまでそつなく答えていたのに、急に詰まった。
 もったいぶっているのか。ファンの子たちは自分が当てはまるかどうか、耳を澄ませている。
 でも、叶斗は口を開かない。
「結構こだわりがあるタイプかな?」
 インタビュアー役のスタッフが間をつなぐ。
 どうしたんだよ。長距離ツーリングのときの男子恋バナ会は、機転をきかせたじゃないか。
 まるで、「好きな女の子のタイプは?」って訊かれた、僕みたいだ。
 男なら女の子が好き、とは限らない。
 でも言われないとわからない。
 いつどこで誰に言うかどうかは、また別の話で。
「……」
 何を言おうとしてる? もしくは、何を言いたくない?
 注目を浴びながら何か必死に考える様子の叶斗を見上げる。彼は僕じゃない。それに。
(僕には関係ない。ないんだけど……)
 僕の目には、叶斗が無理して笑ってるように見える。
 顔が良過ぎて顔ばっかり見られ、中身まで詳しく見てくれる人がいない。
 居てもたってもいられず、駐輪場へ走った。
 最近はサークルの飲み会に参加していないから、バイクで通学してるんだ。
 校則では、構内はエンジンをかけず押して歩かないといけないけど、構うまい。
 何をしても目立たない二.五軍なのを利用して、中庭に乘りつける。
「叶斗!」
 名を呼ぶや、叶斗が切れ長の目を瞬かせた。
(あっ、癖で、呼び方……)
 訂正は後だ。らしくないことをして、脚が震えている。とにかく「乗れ」って手招きする。
「やっと、会えた」
「ん?」
 叶斗の口が動くけど、オフマイクなのとエンジン音とで聞き取れない。
 叶斗は完熟の柿みたいにとろりと笑って、ステージから飛び降りる。
 スタッフの「あ、ちょっと!」って制止も聞かず、人混みを掻き分けて。一歩ずつ、スローモーションで駆け寄ってくるイケメン、恋愛映画みたいだ。
 叶斗が長い脚で軽々後部シートを跨いだのを確認して、発進した。

「……」
 攫うみたいに連れ出したものの。行き先は定まっていない。
 何を言えばいいかもわからず、気まずい。ぜんぶ僕の勘違いだったらどうしようって、今さら焦る。
「やっぱり陽ちゃん先輩は、他の人と違いますね」
 対する叶斗は、ヘルメットごと頭を摺り寄せてきた。
 ゔわわ、事故る。ふらついた車体を腿で強く挟み、持ち直す。
(やっぱり違うって、どういう意味だ)
 空気が読めないとか? ふつうにコンテストに参加したいけど、何なら彼女をつくる気になったけど、僕が引っ込みつかないって気を遣ってバイクに乗ってくれただけかもしれない。
 速やかに大学へUターンする準備をしつつ、背後の体温を窺う。
「この前の通話、どこまで憶えてます?」
 どこがどう違うかの説明をもらえると思いきや、質問された。
「通話したっけ?」
 大声で問い返す。
 この前って、いつだ? 最後に連絡したのはソロツーリング中。叶斗からメッセージが届いたのをスルーした。以降、叶斗とのトーク画面は開いていない。
「憶えてないんだ」
 寂しげに言われ、申し訳なくなる。
 僕だって、叶斗とのいい思い出は憶えておきたいですけど。
 そう言えば、中庭で問い詰めたときも寂しげだった気が……。
「先輩がいない飲み会、めんどうです」
 叶斗は拗ね声のまま続けた。愚痴の通話だったのかな。ひとまず耳を傾ける。
「五人から告白されるし」
「五人も!?」
 飲み会ごとに告白されてやいないか。もしや長距離ツーリング中、僕が女子の邪魔をしていた?
「ぜんぶ断りましたけど」
「大変だったな……」
 とりあえず労う。告白を断るのも気を遣うはずだ。未だ恋愛経験0の僕には想像でしかないが。
 これは、勘違いしない先輩として隣にいろ、って話か?
「誤解解くのもめんどうで、来るもの拒まず去るもの追わずでずっと流されてきて、俺。ミスターコンもはいはいって、いつもみたく適当にできると思ったんですよ。でもなんかうまくできなくて。てか、したくなくて」
 いや、違う。
 叶斗も叶斗なりに悩んでいる。ちょっと逃げたくて、そこに僕が都合よく現れたって話だ。たぶん。
「大丈夫。これからもちゃんと嫌いでいるから」
 ――他の人と違って、な。
 だから逃げたいときは、僕のところに逃げてきて構わない。
 叶斗はそれきり口をつぐみ、僕の腹に回した手にきゅっと力を入れた。
 叶斗の気持ちが少しでもすっきりすればと、しばらくバイクを走らせた。

 生配信イベントを途中でぶっちぎったのもあってか、叶斗は予選六位でファイナル進出をぎりぎり免れた。
 佐藤先輩たちは残念がってたそうだけど、僕はほっとする。
 ほっとしたことに、自嘲する。
(むしろ完璧に手の届かない人になってくれたほうがいいのに)
 本人に伝えた一言とは裏腹に、叶斗を嫌いになれる日は、まだ遠そうだ。

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