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3章 嫌いな自分から逃走
16 酒とバイクの縁②
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しげしげ眺める。1000ccの大型。ガソリンタンクとタイヤの泥除けは赤。飾りじゃなく、乗り込まれている。
「きみ、バイク好きか」
「ふえっ!?」
無人だと思っていた薄闇から声がして、肩が跳ねた。
振り返れば、ものすごいイケおじいが店の壁に寄り掛かっている。
髪はグレーに白まじりながら、ツートンデザインカラーみたいにお洒落だ。同じくグレーの口髭はワイルドにして上品。僕より背が高く、身体の線は引き締まっている。
このバイクの持ち主だろうか。
「もしかして陽ちゃんかい?」
陽、ちゃん……?
柔和な笑顔を浮かべる男性を、まじまじ見つめる。
小さい頃会ったことがあるわけでもない。僕の周りにこんなイケおじいはいない。
とすると、今この呼び方をするのはただ一人――。
「じいちゃん、もう開店していいの」
店の細いドアが開く。
丈の長いバーエプロンがめちゃくちゃ似合う、アシスタントらしき青年が顔を出した。
ていうか、叶斗が。
「陽、せんぱい」
よほど驚いたのか、いとけない片言になっている。
何という偶然――いや。
パーツが赤のハーレー。叶斗はハーレーをじいちゃんと共有している。バイト先はじいちゃんのバー。イケおじい。「陽ちゃん」呼び。
(なんで本人が出てくるまで気づかなかったんだ……!)
この状況で背を向けて逃げ帰ったら、さすがに二度と自分を好きになれないと思う。
かと言って、ふつうの先輩後輩のように「ここでバイトしてんの?」って笑ってみせることもできず、立ち尽くす。
(嫌いでいるって、こういうときどんな表情と言葉を選べばいい?)
叶斗も叶斗で、ドアを開けた体勢のまま固まっている。
そんな僕と叶斗を、じいちゃんさんが見比べる。
「うちの場所、教えてなかったのか」
「うん」
「今日シフト入ってるのも?」
「うん」
「そりゃ、運命だ。寄ってもらえ」
するりと僕の後ろに回り込み、背中を押してきた。「もちろん叶斗の奢りだよ」と片目を瞑りもする。
運命、という響きに胸がとろけ、同時に軋む。
ピンポイントでこの繁華街に踏み込み、この路地に入って。バイクに誘われるように、叶斗が働く店に辿り着いた。
好きな人を探すはずが、結局叶斗に行き着いてしまったわけだ。
(星は空に無数にある、のに)
ドアの前で、叶斗と相対する。一段と水分量の多い切れ長の瞳に、囚われる。
「先輩、今日一人でお酒飲むつもりだったんですか」
「まあ……うん」
「俺の隣以外で飲むの禁止です」
「は?」
何だよそれ、と返す前に、ぐっと引き寄せられた。優しくないのに優しい手つきで。
店は「Starry Bar」といい、紺と銀を基調とした内装だ。コの字型のカウンターのみ、十五席ほど。十八時少し前なのもあってか、他に客はいない。
「ゆっくりしていくといい」
奥のスツールに通された。店員ふたりが白シャツに黒ベスト姿なのに対して、パーカージャケットの僕はどう見ても場違いな客なので、隠れられるのは助かる。
「何飲みますか?」
バーテンダーモードの叶斗が言う。
いつもの居酒屋みたいなオーダー端末は当然、ない。メニュー表もくれない。言えば何でもつくってくれるらしい。
(値段が怖いな)
後輩に奢らせはしない。僕でも知っている酒なら、そこまでお高くないとみた。
「桂花陳酒」
カウンターの内側に立つ叶斗が動きを止める。
高いか? つくれない?
「かしこまりました」
かと思うと微笑みを浮かべ、金木犀の花がぎっしり浮かんだ瓶に手を伸ばした。
蓋を開けたら、やっぱりやさしく甘い香りが漂う。
グラスに氷とシロップ、ソーダを注ぐ手さばきを眺める。バイクに跨る姿に劣らず、様になる。店にも街にも馴染んでいて……ずるい。
「はいどうぞ」
普段より大人っぽく感じる叶斗の顔は見ず、しゅわりと炭酸が弾けるグラスを持ち上げた。
飲みやすい。一方で、居酒屋で飲んだものより味に深みがあって。
「美味しい」
しみじみ息を吐いた。叶斗が得意げにする。きっと僕の舌の好みに合わせてシロップとソーダを配分したのだろう。味見できないとは思えない絶妙さだ。
店内には三人しかおらず平和にする必要がないのに、僕につきっきりの後輩を見上げる。
「あのさ」
「先輩」
ふたり同時に声を上げた。
「きみ、バイク好きか」
「ふえっ!?」
無人だと思っていた薄闇から声がして、肩が跳ねた。
振り返れば、ものすごいイケおじいが店の壁に寄り掛かっている。
髪はグレーに白まじりながら、ツートンデザインカラーみたいにお洒落だ。同じくグレーの口髭はワイルドにして上品。僕より背が高く、身体の線は引き締まっている。
このバイクの持ち主だろうか。
「もしかして陽ちゃんかい?」
陽、ちゃん……?
柔和な笑顔を浮かべる男性を、まじまじ見つめる。
小さい頃会ったことがあるわけでもない。僕の周りにこんなイケおじいはいない。
とすると、今この呼び方をするのはただ一人――。
「じいちゃん、もう開店していいの」
店の細いドアが開く。
丈の長いバーエプロンがめちゃくちゃ似合う、アシスタントらしき青年が顔を出した。
ていうか、叶斗が。
「陽、せんぱい」
よほど驚いたのか、いとけない片言になっている。
何という偶然――いや。
パーツが赤のハーレー。叶斗はハーレーをじいちゃんと共有している。バイト先はじいちゃんのバー。イケおじい。「陽ちゃん」呼び。
(なんで本人が出てくるまで気づかなかったんだ……!)
この状況で背を向けて逃げ帰ったら、さすがに二度と自分を好きになれないと思う。
かと言って、ふつうの先輩後輩のように「ここでバイトしてんの?」って笑ってみせることもできず、立ち尽くす。
(嫌いでいるって、こういうときどんな表情と言葉を選べばいい?)
叶斗も叶斗で、ドアを開けた体勢のまま固まっている。
そんな僕と叶斗を、じいちゃんさんが見比べる。
「うちの場所、教えてなかったのか」
「うん」
「今日シフト入ってるのも?」
「うん」
「そりゃ、運命だ。寄ってもらえ」
するりと僕の後ろに回り込み、背中を押してきた。「もちろん叶斗の奢りだよ」と片目を瞑りもする。
運命、という響きに胸がとろけ、同時に軋む。
ピンポイントでこの繁華街に踏み込み、この路地に入って。バイクに誘われるように、叶斗が働く店に辿り着いた。
好きな人を探すはずが、結局叶斗に行き着いてしまったわけだ。
(星は空に無数にある、のに)
ドアの前で、叶斗と相対する。一段と水分量の多い切れ長の瞳に、囚われる。
「先輩、今日一人でお酒飲むつもりだったんですか」
「まあ……うん」
「俺の隣以外で飲むの禁止です」
「は?」
何だよそれ、と返す前に、ぐっと引き寄せられた。優しくないのに優しい手つきで。
店は「Starry Bar」といい、紺と銀を基調とした内装だ。コの字型のカウンターのみ、十五席ほど。十八時少し前なのもあってか、他に客はいない。
「ゆっくりしていくといい」
奥のスツールに通された。店員ふたりが白シャツに黒ベスト姿なのに対して、パーカージャケットの僕はどう見ても場違いな客なので、隠れられるのは助かる。
「何飲みますか?」
バーテンダーモードの叶斗が言う。
いつもの居酒屋みたいなオーダー端末は当然、ない。メニュー表もくれない。言えば何でもつくってくれるらしい。
(値段が怖いな)
後輩に奢らせはしない。僕でも知っている酒なら、そこまでお高くないとみた。
「桂花陳酒」
カウンターの内側に立つ叶斗が動きを止める。
高いか? つくれない?
「かしこまりました」
かと思うと微笑みを浮かべ、金木犀の花がぎっしり浮かんだ瓶に手を伸ばした。
蓋を開けたら、やっぱりやさしく甘い香りが漂う。
グラスに氷とシロップ、ソーダを注ぐ手さばきを眺める。バイクに跨る姿に劣らず、様になる。店にも街にも馴染んでいて……ずるい。
「はいどうぞ」
普段より大人っぽく感じる叶斗の顔は見ず、しゅわりと炭酸が弾けるグラスを持ち上げた。
飲みやすい。一方で、居酒屋で飲んだものより味に深みがあって。
「美味しい」
しみじみ息を吐いた。叶斗が得意げにする。きっと僕の舌の好みに合わせてシロップとソーダを配分したのだろう。味見できないとは思えない絶妙さだ。
店内には三人しかおらず平和にする必要がないのに、僕につきっきりの後輩を見上げる。
「あのさ」
「先輩」
ふたり同時に声を上げた。
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