完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!

文字の大きさ
34 / 45
3章 嫌いな自分から逃走

17 ほろ苦い星のカクテル

しおりを挟む
「なに?」
「先どうぞ」
「いやおまえが一秒早かった」
 ぎくしゃく譲り合う。
 僕が叶斗と適切な距離を取ろうという建前で逃げ回っていたのもあって、ゆっくり話すのは久しぶりだ。夏休み前はどんなリズムで話していたっけ。
 桂花陳酒をもうひと口飲む。だが度数が低いのかアルコールっぽさがなく、酒の力も借りられない。
「俺、先輩に話したい、てか確かめたいことがあって」
 そのうちに叶斗のほうが切り出してきた。
 話したいこと。嫌いでいて、以外に何かあるとしたら――はっきりお断りか?
(僕が「好き」って言わないから、それもできずに困ってたのかも)
 僕の態度が変わった理由を考え、その可能性に……「好きになられちゃった」ことに気づいたのかもしれない。
 先回りしてやろうか。
 でも僕は、このまま遠ざかって気軽に話せない関係に戻ってしまいたくない。
(友達に、なりたい)
 友達と言われても、サークルの一年女子みたいに泣いたりしない。むしろ同性ならではの関係性に落ち着けるならありがたくすらある。
 そう自分に言い聞かせる。
「……うん」
 かろうじて相槌を打った。
 聞きたいことはたくさんある。なんで、「嫌い」と言った僕に親切にしてくれたかとか。なんで、ミスターコン予選のステージで黙り込んだのかとか。なんで、連絡をしてきたりしてこなかったりなのかとか。
 ただそれも叶斗の話次第だ。
「長距離ツーリングのあと、嫌いでいてって言ったじゃないですか。けど俺、」
「叶斗! おねーさんたちが飲みにきたよ~」
 恋の終わりを告げられる直前、他の客がやってきた。わかりやすく叶斗目当ての美女三人組だ。
 叶斗のじいちゃんが「いらっしゃい、お嬢さん方」と対応してくれたものの、いつまでもは転がしきれまい。
「働きな。僕との話はいつでもできる」
 叶斗に本来のバイトに戻るよう促す。もともと邪魔する気はなかった。
 叶斗は黙ってカクテルをつくり始めた。
 そんな彼に、お姉さま方が華やかにしゃべりかける。
(叶斗ってあれくらい歳上が好みだったりするのかな。頼もしいあいつが甘えられるような)
 具体的な話は、無意識に避けていた。
 だいたい、叶斗の恋愛対象は異性だ。その点でも可能性0。何も期待できない。
 僕はもともとない存在感を完全に消し、ちびちび桂花陳酒を傾ける。
 シロップが上質なのか、飲みきってもふわふわしてこない。
(もう一杯頼むか)
 恋心を手放すのに、酒の力を借りたい。
 顔を上げたのを見計らい、叶斗のじいちゃんが歩み寄ってきた。
「果物が好きと伺ったので、フルーティなカクテルをおつくりしましょうか?」
「お願い、します」
「これ、サービスの乾きものね」
 過ぎたもてなしに、こくこく頷くほかない。
 僕の好物をじいちゃんに知らせたのは、ほかでもない叶斗だ。悪酔い防止に、厚切りのポテトチップスを盛ってくれたのも。
 久しぶりの親切は、嬉しくて、ほろ苦い。
 じいちゃんは、僕の前に置いたままの金木犀シロップの瓶を見て「ふむ」と口髭を撫でる。
 銀色の冷蔵庫からオレンジジュースのパックと瓶を二本取り出しがてら、
「孫に同性の友達ができて嬉しいよ。仲が良いなと思ったら疎遠になっていることが多くてね」
 と退屈させないようにか話してもくれた。
 たぶん叶斗がモテ過ぎて、男友達に嫉妬されたりとかそういうやつだろう。大変だな。
 大学の一軍グループも、ここには連れてきてないみたいだ。いつ離れるかわからないから。
「叶斗くんが、僕なんかとも仲良くしてくれるんですよ」
 シェイカーに氷と三種類の材料を入れて振るのを眺めつつ、応える。
 星に嫉妬なんてしようがない石ころだからそばにいられた、と再確認する。
 カフェならプリンを盛りつけそうな、口が広く浅いグラスに、ビタミンカラーのカクテルを注がれた。
「『シンデレラ』でございます」
 そんな名前のカクテルがあるらしい。灰かぶり。僕にぴったりだ。
 こく、と喉に流し込む。柑橘系の香りがして、甘酸っぱい。
「叶斗には、それでも優しくし続けなさい、いつかわかってくれる人と出会えるって言ったんだ。酷かな。でも、人を信じなくなったり愛さなくなったりしてしまうのは、寂しいから」
 じいちゃんは作業台を整頓する傍ら、続けた。
 じいちゃんの教え。人生経験を基にした、深い教えだ。ただ、自分の望む「好き」が返ってこなくても「好き」を表すのは、簡単じゃない。
 改めて、叶斗の行動力はすごい。
(叶斗の優しさや愛情深さをわかってくれる人、いてほしいな)
 誰でもいいわけじゃないって、そういう意味だったんだ。
 せめてと祈っていたら、「うちの孫を末永くよろしく」とささやかれる。
 力不足な僕は苦笑いしかできない。
 別の客が訪れ、また一人になった。カウンター端のディスプレイを見やる。星や宇宙をモチーフにしたオブジェが置かれている。
(この星、石でできてる?)
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

【完結】大学で再会した幼馴染(初恋相手)に恋人のふりをしてほしいと頼まれた件について

kouta
BL
大学で再会した幼馴染から『ストーカーに悩まされている。半年間だけ恋人のふりをしてほしい』と頼まれた夏樹。『焼き肉奢ってくれるなら』と承諾したものの次第に意識してしまうようになって…… ※ムーンライトノベルズでも投稿しています

【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶
BL
優等生×地味メンの学生BL。キスからはじまるすれ違いラブ。アオハル! 穂高千雪は勉強だけが取り柄の高校一年生。優等生の同クラ、藤代永輝が嫌いだ。自分にないものを持つ彼に嫉妬し、そんな器の小さい自分のことも嫌になる。彼のそばにいると自己嫌悪に襲われるのだ。 なのに、ひょんなことから脅されるようにして彼の恋人になることになってしまって…。 藤代には特異な能力があり、キスをした相手がいいなりになるのだという。 自分はそんなふうにはならないが、いいなりのふりをすることにした。自分が他者と同じ反応をすれば、藤代は自分に早く飽きるのではないかと思って。でも藤代はどんどん自分に執着してきて??

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

先輩のことが好きなのに、

未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。 何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?   切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。 《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。 要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。 陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。 夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。 5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。

処理中です...