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3章 嫌いな自分から逃走
17 ほろ苦い星のカクテル
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「なに?」
「先どうぞ」
「いやおまえが一秒早かった」
ぎくしゃく譲り合う。
僕が叶斗と適切な距離を取ろうという建前で逃げ回っていたのもあって、ゆっくり話すのは久しぶりだ。夏休み前はどんなリズムで話していたっけ。
桂花陳酒をもうひと口飲む。だが度数が低いのかアルコールっぽさがなく、酒の力も借りられない。
「俺、先輩に話したい、てか確かめたいことがあって」
そのうちに叶斗のほうが切り出してきた。
話したいこと。嫌いでいて、以外に何かあるとしたら――はっきりお断りか?
(僕が「好き」って言わないから、それもできずに困ってたのかも)
僕の態度が変わった理由を考え、その可能性に……「好きになられちゃった」ことに気づいたのかもしれない。
先回りしてやろうか。
でも僕は、このまま遠ざかって気軽に話せない関係に戻ってしまいたくない。
(友達に、なりたい)
友達と言われても、サークルの一年女子みたいに泣いたりしない。むしろ同性ならではの関係性に落ち着けるならありがたくすらある。
そう自分に言い聞かせる。
「……うん」
かろうじて相槌を打った。
聞きたいことはたくさんある。なんで、「嫌い」と言った僕に親切にしてくれたかとか。なんで、ミスターコン予選のステージで黙り込んだのかとか。なんで、連絡をしてきたりしてこなかったりなのかとか。
ただそれも叶斗の話次第だ。
「長距離ツーリングのあと、嫌いでいてって言ったじゃないですか。けど俺、」
「叶斗! おねーさんたちが飲みにきたよ~」
恋の終わりを告げられる直前、他の客がやってきた。わかりやすく叶斗目当ての美女三人組だ。
叶斗のじいちゃんが「いらっしゃい、お嬢さん方」と対応してくれたものの、いつまでもは転がしきれまい。
「働きな。僕との話はいつでもできる」
叶斗に本来のバイトに戻るよう促す。もともと邪魔する気はなかった。
叶斗は黙ってカクテルをつくり始めた。
そんな彼に、お姉さま方が華やかにしゃべりかける。
(叶斗ってあれくらい歳上が好みだったりするのかな。頼もしいあいつが甘えられるような)
具体的な話は、無意識に避けていた。
だいたい、叶斗の恋愛対象は異性だ。その点でも可能性0。何も期待できない。
僕はもともとない存在感を完全に消し、ちびちび桂花陳酒を傾ける。
シロップが上質なのか、飲みきってもふわふわしてこない。
(もう一杯頼むか)
恋心を手放すのに、酒の力を借りたい。
顔を上げたのを見計らい、叶斗のじいちゃんが歩み寄ってきた。
「果物が好きと伺ったので、フルーティなカクテルをおつくりしましょうか?」
「お願い、します」
「これ、サービスの乾きものね」
過ぎたもてなしに、こくこく頷くほかない。
僕の好物をじいちゃんに知らせたのは、ほかでもない叶斗だ。悪酔い防止に、厚切りのポテトチップスを盛ってくれたのも。
久しぶりの親切は、嬉しくて、ほろ苦い。
じいちゃんは、僕の前に置いたままの金木犀シロップの瓶を見て「ふむ」と口髭を撫でる。
銀色の冷蔵庫からオレンジジュースのパックと瓶を二本取り出しがてら、
「孫に同性の友達ができて嬉しいよ。仲が良いなと思ったら疎遠になっていることが多くてね」
と退屈させないようにか話してもくれた。
たぶん叶斗がモテ過ぎて、男友達に嫉妬されたりとかそういうやつだろう。大変だな。
大学の一軍グループも、ここには連れてきてないみたいだ。いつ離れるかわからないから。
「叶斗くんが、僕なんかとも仲良くしてくれるんですよ」
シェイカーに氷と三種類の材料を入れて振るのを眺めつつ、応える。
星に嫉妬なんてしようがない石ころだからそばにいられた、と再確認する。
カフェならプリンを盛りつけそうな、口が広く浅いグラスに、ビタミンカラーのカクテルを注がれた。
「『シンデレラ』でございます」
そんな名前のカクテルがあるらしい。灰かぶり。僕にぴったりだ。
こく、と喉に流し込む。柑橘系の香りがして、甘酸っぱい。
「叶斗には、それでも優しくし続けなさい、いつかわかってくれる人と出会えるって言ったんだ。酷かな。でも、人を信じなくなったり愛さなくなったりしてしまうのは、寂しいから」
じいちゃんは作業台を整頓する傍ら、続けた。
じいちゃんの教え。人生経験を基にした、深い教えだ。ただ、自分の望む「好き」が返ってこなくても「好き」を表すのは、簡単じゃない。
改めて、叶斗の行動力はすごい。
(叶斗の優しさや愛情深さをわかってくれる人、いてほしいな)
誰でもいいわけじゃないって、そういう意味だったんだ。
せめてと祈っていたら、「うちの孫を末永くよろしく」とささやかれる。
力不足な僕は苦笑いしかできない。
別の客が訪れ、また一人になった。カウンター端のディスプレイを見やる。星や宇宙をモチーフにしたオブジェが置かれている。
(この星、石でできてる?)
「先どうぞ」
「いやおまえが一秒早かった」
ぎくしゃく譲り合う。
僕が叶斗と適切な距離を取ろうという建前で逃げ回っていたのもあって、ゆっくり話すのは久しぶりだ。夏休み前はどんなリズムで話していたっけ。
桂花陳酒をもうひと口飲む。だが度数が低いのかアルコールっぽさがなく、酒の力も借りられない。
「俺、先輩に話したい、てか確かめたいことがあって」
そのうちに叶斗のほうが切り出してきた。
話したいこと。嫌いでいて、以外に何かあるとしたら――はっきりお断りか?
(僕が「好き」って言わないから、それもできずに困ってたのかも)
僕の態度が変わった理由を考え、その可能性に……「好きになられちゃった」ことに気づいたのかもしれない。
先回りしてやろうか。
でも僕は、このまま遠ざかって気軽に話せない関係に戻ってしまいたくない。
(友達に、なりたい)
友達と言われても、サークルの一年女子みたいに泣いたりしない。むしろ同性ならではの関係性に落ち着けるならありがたくすらある。
そう自分に言い聞かせる。
「……うん」
かろうじて相槌を打った。
聞きたいことはたくさんある。なんで、「嫌い」と言った僕に親切にしてくれたかとか。なんで、ミスターコン予選のステージで黙り込んだのかとか。なんで、連絡をしてきたりしてこなかったりなのかとか。
ただそれも叶斗の話次第だ。
「長距離ツーリングのあと、嫌いでいてって言ったじゃないですか。けど俺、」
「叶斗! おねーさんたちが飲みにきたよ~」
恋の終わりを告げられる直前、他の客がやってきた。わかりやすく叶斗目当ての美女三人組だ。
叶斗のじいちゃんが「いらっしゃい、お嬢さん方」と対応してくれたものの、いつまでもは転がしきれまい。
「働きな。僕との話はいつでもできる」
叶斗に本来のバイトに戻るよう促す。もともと邪魔する気はなかった。
叶斗は黙ってカクテルをつくり始めた。
そんな彼に、お姉さま方が華やかにしゃべりかける。
(叶斗ってあれくらい歳上が好みだったりするのかな。頼もしいあいつが甘えられるような)
具体的な話は、無意識に避けていた。
だいたい、叶斗の恋愛対象は異性だ。その点でも可能性0。何も期待できない。
僕はもともとない存在感を完全に消し、ちびちび桂花陳酒を傾ける。
シロップが上質なのか、飲みきってもふわふわしてこない。
(もう一杯頼むか)
恋心を手放すのに、酒の力を借りたい。
顔を上げたのを見計らい、叶斗のじいちゃんが歩み寄ってきた。
「果物が好きと伺ったので、フルーティなカクテルをおつくりしましょうか?」
「お願い、します」
「これ、サービスの乾きものね」
過ぎたもてなしに、こくこく頷くほかない。
僕の好物をじいちゃんに知らせたのは、ほかでもない叶斗だ。悪酔い防止に、厚切りのポテトチップスを盛ってくれたのも。
久しぶりの親切は、嬉しくて、ほろ苦い。
じいちゃんは、僕の前に置いたままの金木犀シロップの瓶を見て「ふむ」と口髭を撫でる。
銀色の冷蔵庫からオレンジジュースのパックと瓶を二本取り出しがてら、
「孫に同性の友達ができて嬉しいよ。仲が良いなと思ったら疎遠になっていることが多くてね」
と退屈させないようにか話してもくれた。
たぶん叶斗がモテ過ぎて、男友達に嫉妬されたりとかそういうやつだろう。大変だな。
大学の一軍グループも、ここには連れてきてないみたいだ。いつ離れるかわからないから。
「叶斗くんが、僕なんかとも仲良くしてくれるんですよ」
シェイカーに氷と三種類の材料を入れて振るのを眺めつつ、応える。
星に嫉妬なんてしようがない石ころだからそばにいられた、と再確認する。
カフェならプリンを盛りつけそうな、口が広く浅いグラスに、ビタミンカラーのカクテルを注がれた。
「『シンデレラ』でございます」
そんな名前のカクテルがあるらしい。灰かぶり。僕にぴったりだ。
こく、と喉に流し込む。柑橘系の香りがして、甘酸っぱい。
「叶斗には、それでも優しくし続けなさい、いつかわかってくれる人と出会えるって言ったんだ。酷かな。でも、人を信じなくなったり愛さなくなったりしてしまうのは、寂しいから」
じいちゃんは作業台を整頓する傍ら、続けた。
じいちゃんの教え。人生経験を基にした、深い教えだ。ただ、自分の望む「好き」が返ってこなくても「好き」を表すのは、簡単じゃない。
改めて、叶斗の行動力はすごい。
(叶斗の優しさや愛情深さをわかってくれる人、いてほしいな)
誰でもいいわけじゃないって、そういう意味だったんだ。
せめてと祈っていたら、「うちの孫を末永くよろしく」とささやかれる。
力不足な僕は苦笑いしかできない。
別の客が訪れ、また一人になった。カウンター端のディスプレイを見やる。星や宇宙をモチーフにしたオブジェが置かれている。
(この星、石でできてる?)
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