完結|好きから一番遠いはずだった

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3章 嫌いな自分から逃走

17 ほろ苦い星のカクテル②

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 そのひとつに目を留めた。ごつごつした石の欠片を組み合わせたデザインだ。
 じいっと観察していたら、
「じいちゃんに見惚れてませんでした?」
 と叶斗が戻ってきた。女性三人組は、先ほど訪れた男性客と顔見知りのようで、そちらとおしゃべりしている。
「うん。叶斗のじいちゃんさん、かっこいい」
 褒めたのに、叶斗は口もとのほくろをむにっとさせる。なんで?
 かと思うと、エプロンのポケットから携帯ライトを取り出した。カチッ、と僕が見ていたオブジェを照らす。
「わ、石が光った!」
 どういう仕組みか、星のように反射した。小さく歓声を上げる。
「あ、星か」
「星も石ですよ」
「え? そうなの」
 僕がこのオブジェに抱いた違和感を見透かすかのごとく、教えてくれる。
「厳密に言うと、石でできてる星と、ガスでできてる星があります」
「石と星は同じ……」
 地の石と空の星は、正反対だと思っていた。手が届かないし、隣に並べないと。
 でも、同じ部分もあるという。
 一軍イケメンの叶斗も、二.五軍の僕と、同じように悩む。僕の顔を覗き込んで微笑む叶斗を見上げた。
「ちょっとげっそりしてる?」
 見たままを指摘すれば、叶斗は自分の顔に手を当てる。勘違いしないくらい大人なお姉さま方に翻弄されるのも、気苦労があるらしい。
「わかっててこのバイトしてるので大丈夫です」
 さっき僕に向けていたのとは少し違う、完璧な笑顔になった。
 やっぱり叶斗は、僕と同じじゃない。悩みにしっかり向き合って克服しようとしている――人前から逃げず親切であり続ける――に違いない。
「ていうか、今も彼女つくる気ない感じ?」
 努めて軽い調子で訊く。
 叶斗がその中身を見てくれる人と出会えたら、その人が「叶斗の好きな人」になったら。
 叶斗は幸せで、僕も叶斗を応援することで自分の恋を過去にできる。
 叶斗はいつかの夜のように、じっと僕を見つめてきた。
「……彼女は要らないですね」
「そっかあ」
 そう都合よくいかないか。
 まるで行き止まりの道に迷い込んだみたいだ。どこまで引き返せばいいだろう。
 バイクを飛ばしても、酒を飲んでも、胸の重みが消えない。
「叶斗。その男の子、友達?」
 会話が途切れた機に、お姉さまたちが朗らかに声を掛けてきた。
(ふわわ。僕は面白い話できません)
 身体を縮こまらせると同時に、叶斗が僕とお姉さま方のちょうど間に立つ。
「違います」
 う、そんな断言する? じゃあ何なんだろう。
「でも、仲良さげに話してたじゃない」
「話したいなら俺を通してくださいね」
「事務所のマネージャー?」
 あはは、と笑い声が起こる。とげとげしさはない。
(……このシチュエーション)
 前期、教室で叶斗の一軍友達グループに話し掛けられそうになったときと、同じだ。
 二.五軍なんかと仲が良いって思われたくないんじゃなく。僕が委縮しているのを察して、守ってくれたんだ。
 意外と着やせする、温かくて頼もしい叶斗の背中を見つめる。
 気持ちを自覚する前みたいに、無邪気に親切を受け取れない。
(もう、無理だ)
 叶斗の悩みを知っているのは自分だけだから、できることがあればしてあげたい、なんて。
 僕は、叶斗の悩みを解消してやれない。どうにも好きになっちゃったから。
「星川」
 酸味の効いたシンデレラを、飲み干す。
「僕、平和を保証してやるって見得切っただろ。おまえに親切にされるのは楽しくて、ずっと都合のいい先輩でいたかったよ。けど、」
 自分の弱さに向き合って、自分が傷ついてもすべきことは。
 表面だけの先輩後輩の関係を維持することじゃない。告白でもない。そもそも叶斗の思うような先輩じゃないって、白状することだ。
「苦しいから、もう続けられない。ごめん」
 細く絞り出す。
 この一言をもって、いちばん遠い相手との、可能性0の恋を、終わらせた。始まってもいないのに終わりっていうのも変だけど。これ以上迷惑はかけない。
 やっと、機会を逃さず行動できた。
「ごちそうさまでした」
 頭を下げ、流れるように立ち上がる。
「先輩、俺いやです、」
「ごめん」
 いきなり平和を失う形になった叶斗が追いかけてくるも、重ねて念を押した。
 星の光を最後に目に焼きつけ、店を出た。

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