完結|好きから一番遠いはずだった

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4章 嫌いで好きな君へ疾走

18 彼の呼び出し

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 石は星には近づけない。
 石ころらしく、ただ星を見上げるのみでいよう。
 はじめてのちゃんとした、それでいて分不相応な恋を終わらせて、次の恋に進む気力もなくぼんやりするうち、十二月になっていた。
 授業のあと時間が空き、アパートの駐車場で愛車の手入れをする。後部シートをそっと撫でた。叶斗がここに座ったのは一か月以上前。なのに温かさを錯覚する。
 ポケットのスマホが震え、「わ」と声が出た。
 画面に表示された名は――高橋。
『心の友よ……うぅ、おれと飲もう』
「ど、どした?」
 めずらしく着信があったと思ったら、むせび泣いている。
 サークルの飲み会では別に泣き上戸じゃなかった。いったい何があったのだ。
 大学の最寄り駅近くの店で飲んでいるというので、パテッドコートを着込んで向かう。
(ここ、だよな)
 寒風に巻かれながら到着したのは、表通りに軒を連ねる、雰囲気のいいダイニングバーだ。
 高橋だって元二.五軍なのに、こんな洒落た店で一人飲みするのか。僕がその場でぐるぐるする間にずいぶん先を行かれたなと自嘲しつつ、友の四角い顔を探す。
「石田ぁ!」
 高橋は、キャンドルを灯したテーブル席に佇んでいた。歩み寄るなり、ひしっと抱き着いてくる。どうどう。
「いやなことあったなら、愛季ちゃんに甘えればいいのに」
「その二文字を出すなぁ……っ」
 向かいの席に腰を下ろしながら、彼の最愛の彼女の名を挙げれば、ますます呻いた。
「もしかして」
 喧嘩でもしたか? 交際半年を越えても高橋がでれでれで、危機とは無縁そうだったが。
 高橋が、赤い鼻をぐすんと鳴らす。
「振られた」
「まじ!?」
 事態は僕の予想を遥かに超えていた。
 クリスマスを目前に、なんと残酷な仕打ちだろう。
「あk……彼女、準ミスになってすっかり有名人だもんな」
 高橋は力なく頷く。
 先月の学祭でのミス&ミスターサークルコンテスト。叶斗は無事予選落ちした一方、愛季ちゃんはファイナルに進み、準ミスに輝いた。
 サークルに旅行券十万円分をもたらすに留まらず、他サークルや他学部、果ては他大の男子まで魅了してしまった。
 その中の一人に乗り換えられたらしい。可愛い子と付き合う宿命とはいえ、憐れ友よ。
「気持ち切り替えようと思って、告白成功したバーで飲んでたんだけど」
「さすがにドM過ぎるだろ」
 いい思い出で自分を慰めようにも、実際に再訪しては逆効果だ。季節的に周りはカップルだらけだし。
「こんな辛いなら、恋愛なんかもうしねえ」
 高橋が、泡消えかけのビールをがぶがぶ喉に流し込む。いつもの居酒屋のジョッキと違い、細い筒形グラス入りなのもあって、あっと言う間になくなった。
「……わかる」
 ビールを二杯、注文する。
 僕も飲みたい気分になった。
 恋愛って、ぜんぜん思ったように進まず、その割に止められもせず、壁に自ら突っ込んでいくみたいになる。なんでこうもままならないんだろう。
 一人じゃできなくて、だから楽しくて、難しくて。簡単に忘れられなくて……。
「今日は飲もう、高橋」
「おん? 石田も失恋したの?」
「実はまあ、うん」
「話せ話せ」
 運ばれてきたグラスを掲げ合う。
 お互い行き場のない恋心を晒し、なだめ、またぶちまける。酒もどんどん進んだ。

「――それさ。聞ーてる? たかはし」
「はい」
 はい? 高橋のやつ、酔っ払うと敬語になるのか。
 ちょっと飲み過ぎた。そろそろ切り上げよう……と思いきや、もう店の外に出ていた。火照った頬に夜風が沁みる。
 眠気でぼやけ気味の視界は、普段と高さが違う。コンビニのガラス壁の赤と緑の張り紙が、規則的に揺れている。
「このT字路、どっちに曲がります?」
「みぎ」
 足下が覚束ない陽ちゃんを、呼び出したからにはと高橋がおんぶで送ってくれているようだ。がっつり飲んだのでバイクには乗れない。
 バイク。1000ccのハーレーが脳裏に浮かぶ。結局一回も乗せてもらえなかった。
「あーあ。ほしかわが迎えに来てくれたら、よかったのにな」
 とっくに下校した、いちばんあり得ない後輩の名が口をつく。
「……、なんで?」
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