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4章 嫌いで好きな君へ疾走
19 追い出しツーリング②
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目の前に、頼もしい背中が現れた。
「陽ちゃん、こっち来れます?」
叶斗だ。そうか、もう日の出の時間か。急いで移動しないと、と手を伸ばす。
でも、届かない。叶斗はだんだん遠ざかる。待って。ひとりで行ってしまわないで。陽ちゃんはまだ……。
「間に合うよな?」
自分の声にびっくりして飛び起きる。――あれ?
大部屋も、窓の外も、真っ暗だ。まだ夜中らしい。
いつのまにか布団が敷かれ、僕の身体には毛布がぎゅっと巻きつけられて、雪だるまみたいになっている。
(このせいで悪夢見たのかも)
それも追いコンの途中で寝落ちてしまった。
はああ、と息を吐く。周りを見れば、現実の叶斗がちゃっかり隣に横たわっている。
無防備な寝顔に、胸がきゅっとした。
ずるい後輩への恋心を、いつまでも追い出せない。
(僕がすっきり諦められないの、女の子たちと違って玉砕してないからじゃないか?)
久しぶりに近くで眺めるうち、たまらなくなってきた。
石にも似た恋心が粉々に砕ければ、酒で流すなり、ツーリングの風に飛ばすなりしやすくなるはず。
(叶斗に、はっきり「好き」って言おう)
そのために、ふがいないが酒の力を借りたい。六月の誕生日、酒によってそのときの素直な気持ちを口にできたらしいから。
畳に散らばる酒缶のうち、中身の残っているものを探す。まとめて紙コップに注ぐ。どれも果物系のサワーだから構わない。
ぐいっと呷った。酒力が全身に染み渡る。
「ぷはぁ。星川、叶斗」
まるで宣戦布告のごとく、フルネームで呼んだ。
芸名みたいで、きらきらした後輩に似合う……じゃなくて。
「よくも純情な二.五軍男子の世話を焼きまくってくれたな」
初夏はひたすら戸惑った。なんで星が石を、って。
「まあ、利用半分だったけどさ。恋愛対象じゃない僕にも親切ってことは、打算抜きの純粋な優しさだって伝わるよ。望む反応が返ってこなくても優しくできるおまえは、すごい」
うん? 後輩を褒めたたえている場合ではない。
脱線気味なのは、酒の力が足りないからだ。紙コップの残りを喉に流し込む。フルーツウォーターみたいな香りと味。
「それに比べて僕は、おまえの思うような先輩じゃないんだ。世話焼かれるの満更じゃなくて、好きになっちゃって。それがばれてないってわかったら、近くにいるためにふつうの先輩後輩でいようとかずるいことして」
そう。ずるいのは僕のほうだ。憧れの裏返しじゃなく、弱いという意味で。
「今まで自分が傷つきたくなくて、はじめから手の届かない人を好きになって、行動しないできた。でもおまえは手が届かないから好きなんじゃなくて。届かないのが苦しくて……」
苦しいのは叶斗のせいじゃない。僕の問題。
それに、叶斗と過ごしたぜんぶが苦しくて辛かったわけじゃない。
「あーもう。おまえより嫌いなやつ、いないよ。大学でも、卒業しても、出会えっこない」
素直とはほど遠い言い回しになった。
つくづく、憧れを「ずるくて嫌い」と表現した、六月の自分と変わっていない。
とはいえ、気持ちを吐き出したら少し吹っ切れた。ようやく次に進めそうだ。
「それ、やっぱり『好き』って意味に聞こえるんですけど」
「ふえぇ!?」
叶斗がふつうに目を開けてしゃべり出し、僕はもこもこ後ずさった。「ハムスターみたい」と、叶斗はにやつく。
(好きって聞こえる、って)
憧れの裏返しだった「嫌い」が、今度は大好きの裏返しだと?
「い、いつから起きてた」
「星川叶斗って呼ばれたときからですかね」
「最初の最初かよ……!」
「はい」
叶斗は、僕のひねくれた告白を噛み締めるような顔つきだ。こいつ……!
いや、でも、いいんだ。本人に伝えてこそ玉砕だ。
半ば自棄で毛布から手を抜き出し、イケメンフェイスに突きつけてやる。
「そもそも六月の『嫌い』だって、憧れの裏返しだったんだよ」
「え?」
「僕にないもの持ってて、僕のしたいこと簡単にできそうで。それをおまえ……『嫌いでいて』ってさあ。眩しく見上げ続けてろって意味になるだろ。おかげで、ずるいことやめた後もおまえの親切に気づいちゃうし、ぜんぜん次の恋に進めないし」
言いながら息が上がった。目の奥も熱い。
「大好き」があふれるまま振る舞うのは、楽しくて、ふんわり優しいものだと思っていた。でも今、胸がひりついて、重く苦しくて。
それでも、手放したくなくて。
「陽先輩、俺ね、」
叶斗が、突きつけた僕の手を握り込む。冬の夜中なのに、熱い。
ああ、玉砕のときがきた。未知の痛みに備えて、身を固くした。
「陽ちゃん、こっち来れます?」
叶斗だ。そうか、もう日の出の時間か。急いで移動しないと、と手を伸ばす。
でも、届かない。叶斗はだんだん遠ざかる。待って。ひとりで行ってしまわないで。陽ちゃんはまだ……。
「間に合うよな?」
自分の声にびっくりして飛び起きる。――あれ?
大部屋も、窓の外も、真っ暗だ。まだ夜中らしい。
いつのまにか布団が敷かれ、僕の身体には毛布がぎゅっと巻きつけられて、雪だるまみたいになっている。
(このせいで悪夢見たのかも)
それも追いコンの途中で寝落ちてしまった。
はああ、と息を吐く。周りを見れば、現実の叶斗がちゃっかり隣に横たわっている。
無防備な寝顔に、胸がきゅっとした。
ずるい後輩への恋心を、いつまでも追い出せない。
(僕がすっきり諦められないの、女の子たちと違って玉砕してないからじゃないか?)
久しぶりに近くで眺めるうち、たまらなくなってきた。
石にも似た恋心が粉々に砕ければ、酒で流すなり、ツーリングの風に飛ばすなりしやすくなるはず。
(叶斗に、はっきり「好き」って言おう)
そのために、ふがいないが酒の力を借りたい。六月の誕生日、酒によってそのときの素直な気持ちを口にできたらしいから。
畳に散らばる酒缶のうち、中身の残っているものを探す。まとめて紙コップに注ぐ。どれも果物系のサワーだから構わない。
ぐいっと呷った。酒力が全身に染み渡る。
「ぷはぁ。星川、叶斗」
まるで宣戦布告のごとく、フルネームで呼んだ。
芸名みたいで、きらきらした後輩に似合う……じゃなくて。
「よくも純情な二.五軍男子の世話を焼きまくってくれたな」
初夏はひたすら戸惑った。なんで星が石を、って。
「まあ、利用半分だったけどさ。恋愛対象じゃない僕にも親切ってことは、打算抜きの純粋な優しさだって伝わるよ。望む反応が返ってこなくても優しくできるおまえは、すごい」
うん? 後輩を褒めたたえている場合ではない。
脱線気味なのは、酒の力が足りないからだ。紙コップの残りを喉に流し込む。フルーツウォーターみたいな香りと味。
「それに比べて僕は、おまえの思うような先輩じゃないんだ。世話焼かれるの満更じゃなくて、好きになっちゃって。それがばれてないってわかったら、近くにいるためにふつうの先輩後輩でいようとかずるいことして」
そう。ずるいのは僕のほうだ。憧れの裏返しじゃなく、弱いという意味で。
「今まで自分が傷つきたくなくて、はじめから手の届かない人を好きになって、行動しないできた。でもおまえは手が届かないから好きなんじゃなくて。届かないのが苦しくて……」
苦しいのは叶斗のせいじゃない。僕の問題。
それに、叶斗と過ごしたぜんぶが苦しくて辛かったわけじゃない。
「あーもう。おまえより嫌いなやつ、いないよ。大学でも、卒業しても、出会えっこない」
素直とはほど遠い言い回しになった。
つくづく、憧れを「ずるくて嫌い」と表現した、六月の自分と変わっていない。
とはいえ、気持ちを吐き出したら少し吹っ切れた。ようやく次に進めそうだ。
「それ、やっぱり『好き』って意味に聞こえるんですけど」
「ふえぇ!?」
叶斗がふつうに目を開けてしゃべり出し、僕はもこもこ後ずさった。「ハムスターみたい」と、叶斗はにやつく。
(好きって聞こえる、って)
憧れの裏返しだった「嫌い」が、今度は大好きの裏返しだと?
「い、いつから起きてた」
「星川叶斗って呼ばれたときからですかね」
「最初の最初かよ……!」
「はい」
叶斗は、僕のひねくれた告白を噛み締めるような顔つきだ。こいつ……!
いや、でも、いいんだ。本人に伝えてこそ玉砕だ。
半ば自棄で毛布から手を抜き出し、イケメンフェイスに突きつけてやる。
「そもそも六月の『嫌い』だって、憧れの裏返しだったんだよ」
「え?」
「僕にないもの持ってて、僕のしたいこと簡単にできそうで。それをおまえ……『嫌いでいて』ってさあ。眩しく見上げ続けてろって意味になるだろ。おかげで、ずるいことやめた後もおまえの親切に気づいちゃうし、ぜんぜん次の恋に進めないし」
言いながら息が上がった。目の奥も熱い。
「大好き」があふれるまま振る舞うのは、楽しくて、ふんわり優しいものだと思っていた。でも今、胸がひりついて、重く苦しくて。
それでも、手放したくなくて。
「陽先輩、俺ね、」
叶斗が、突きつけた僕の手を握り込む。冬の夜中なのに、熱い。
ああ、玉砕のときがきた。未知の痛みに備えて、身を固くした。
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