完結|好きから一番遠いはずだった

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4章 嫌いで好きな君へ疾走

20 走れ、君へ

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 叶斗が僕の顔を覗き込んでくる。相も変わらず、物語が始まりそうな眼差しだ。
 でも恋が終わるんだよな、と他人事みたいに思う。
「俺こそ、先輩の思うような男じゃないです。『嫌いでいて』って言ったのは、先輩を失いたくなかったからで」
「え?」
 さっきの叶斗と同じリアクションをしてしまった。
 そんなの知らなかった。ていうか、何の話?
「最初は、『嫌い』って言われて、『好き』って言わせてやるって思ったんです」
「はぁ゙?」
「あはは。可愛い、その鳴き声」
 おっさん声さえ愛でられる。何が何だかわからない。
 好きって言わせてやる? それで連絡先交換したり、バイクの後ろに乗ってきたり、ペアツーリングに誘ったのか?
「で、でもおまえ、勘違いで好きになられちゃうの悩みだって」
「好きになられちゃうのも困りますけど、嫌われるのも寂しいじゃないですか」
「……それはずるくない?」
「そう、ずるい男なんですよ」
 後輩は悪びれない。ずっと話したかったってばかりに、前のめってくる。
 もしかして、僕が憶えていない通話でこの話をしたのだろうか。
「でも先輩はぜんぜん俺のこと好きにならなくて、そのうち隣にいるのが楽しくなってきて。夏の長距離ツーリングとか、人生でいちばん楽しかったくらいで」
 ……好きになってたよ。僕自身見て見ぬふりしてただけで。
 それでも叶斗も楽しく感じていてくれたなら、よかった。なんて場違いにもほっとする。
「そういう始まりだって先輩にばれたくない、って思うようになってました。ばれたら先輩は離れていっちゃう。だから何とか現状維持できないかって」
 いやそれはむしろ、こっちの選択だ。
 あれ? 叶斗も僕と同じだった? 好きになられちゃう彼と、好きになってもらえない僕は、正反対のはずが。
「二回目の『嫌い』は、堪えました。俺の自業自得ですけど」
 叶斗が寂しげに笑う。もともと寂しがりで、同性の友達とは長続きしない彼には、効く一言だろう。思わず「ごめん、それは好きの裏返し」と謝りかけて、手で口を覆う。
 裏返すことなく「好き」と言えなかったのは。僕と叶斗が同性だからだ。
 既に何回か、「好き」と口走った。
 時間差で頭が真っ白になる。
 先輩後輩としてとか、友達としてとか、今さらごまかせまい。
 僕の異変に気づいた叶斗が、「ん?」と僕に発言権を譲ってくれる。
 ここで逃げたら一生逃げっぱなしだ。
 叶斗にだけは傷つけられたくない。同じくらい、叶斗になら傷つけられてもいい。
 僕にいちばん大きな傷をつけられる相手だから、怖かった。
 でもその傷さえ、叶斗がくれるなら、欲しいと思う。
 保育園の男の子を見習って勇気を振り絞り、尋ねる。
「恋愛として同性が好きなの、何とも思わない?」
 僕の恋愛を阻む、ハードルのひとつ。酒の勢いで下をくぐるみたいになっただけで、乗り越えられてはいない。
「はい、別に。そういうこともありますよね」
 一方の叶斗は、軽々と飛び越えた。
「それが近くにいて、その……自分のことを好きってなったら別じゃない?」
 逆に信じられず、畳み掛ける。
 うーん、と叶斗が親指で口もとのほくろをなぞる。考えごとの仕草が無駄に色っぽいの、やめてほしい。
「恋愛として俺のことが好きな陽先輩は、可愛いと思います」
 静かな声だが、力があった。
 その強い光で、僕の怖れを溶かしてのける。
 戸惑わずに、もしくは多少戸惑おうと受け止めてくれる人ももちろんいる。目の前に、いた。
「特に、酔って無邪気になった先輩は可愛過ぎて、佐藤先輩たちにも狙われてました」
「それはない」
「あります。高橋先輩も怪しい」
「ほんとにないって!」
「だから俺の隣以外で飲むの禁止って言っても、聞いてくれないし」
 叶斗は僕と違って酒の力も借りずとも、どんどん明らかにする。
 叶斗が飲み会で隣に座るのは、彼の平和でなく僕の保護のためだったらしい。
「ただまあ、どれが正解かわかりにくいってのはありますよね。探り探りになるし。嫌いでいてもらったら隣にいられるかと思ったのに、先輩に距離取られちゃって、後悔しました。自分から追いかけるのははじめてで、なかなか追いつけないし」
 拗ねた声で続ける。……叶斗が、後悔?
「親切にされてやれないって言われたとき、今までは去るもの追わずでした。でも、どうしても諦められなかった。先輩と、同じです」
「僕とおまえが同じなわけ……」
「同じです。同じでした。陽先輩の隣が和むの、無意識に本心を抑えてる共感があったんだと思います」
 「好き」のまま振る舞いたい、でも傷つきたくなくて行動しないでいた僕。
 寂しさをまぎらわせ、人に喜んでほしい、でもめんどうなことになる叶斗。
 僕は下心抜きで、叶斗の望みを叶えていた。途中で放り出しちゃったのはさておき。
 叶斗も、僕と一緒に「勇気の要る世界」ってハードルを飛び越え、「好き」って言わせてくれた。
 さらにはもうひとつ、「僕自身」のかっこ悪さも可愛いと受け取って、好きになってくれた……流れな気がする。恋愛経験0の僕の勘違いかもしれないが。
「なんで、こんな話してくれんの?」
 何度も繰り返した問いを発する。
 叶斗は、優しく微笑んだ。

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