完結|好きから一番遠いはずだった

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4章 嫌いで好きな君へ疾走

21 十九歳の誕生日②

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「両手に収まるくらいしかいません」
「いや多いわ!」
 こちとら、疑似片想い相手だって先生と俳優の二人だぞ。
「それも俺の知らないところで他の女の子と争って疲れて身を引いていきました。陽先輩は疲れきる前に俺に頼ってくれるって、誕生日プレゼントの代わりに約束してください」
「お、おう。誕プレは別にあるけどな」
 経験といっても、苦い経験が多いらしい。顔がいいと大変だな。
 気持ちを通じ合わせた後、今後も本心を呑み込まないで伝えようって約束した。その延長とも言える。
 ともあれ、恋人として叶斗の誕生日を祝うのは僕がはじめてってことで気を取り直し、三角帽子を被せた。きらきらの星がついている。
「何これ、可愛い」
「主役だから」
 ローテーブルの前に座らせ、畳んだ布団をカバーに詰めたソファでくつろいでもらう。
 おとなしく膝を抱えた叶斗は、飾りつけた部屋を見回し、「先輩んち、可愛い」とつぶやく。
「そうか?」
「はい」
「まず住んでる先輩が可愛いんで。ぐわ」
 過剰な「可愛い」攻撃は、容赦なくパーで返り討ちさせてもらい、皿を並べていく。
 ホワイトシチューと、星形のチキンライス、同じく星の型抜きサラダ。
 母さんが畑で獲れた芋や野菜にレシピメモを添えて送ってくれたのが、役立った。
「お芋がいっぱい」
「うち、誕生日といえばこれでさ。口に合うかわかんないけど」
「先輩と食べたら美味しいです」
「それも味は二の次って感じだな」
 最後に、ショートケーキを紺色の皿に盛りつけ、アラザンを散らす。「1」「9」のロウソクを立て、叶斗の前に置く。
「改めて、誕生日おめでとう、叶斗」
「ありがとうございます。このケーキ……」
 叶斗は、僕が叶斗の優しさに気づいたことに、気づいた。
 はにかむように、ロウソクの火を吹き消す。部屋が薄暗くなった隙に――頬に齧りつかれた。
 一瞬で解放された、とはいえ。
「……」
 一軍イケメンって、距離縮めるの早くない? 速度違反じゃない?
 狭い空間にふたりきりなのを、意識してしまう。ぎこちなく電気を点けにいく。
 隣に戻ると、叶斗はいつもの調子でケーキのイチゴをフォークに刺していた。
 好物は最初に食べるタイプか。んん?
「はいどうぞ」
 なぜか僕にあーんしてくる。
「いや叶斗のだろ。半年前のおまえがそう言ってた」
「今日の主役の俺が、俺の手から先輩にイチゴ食べてほしいです」
「うう」
 わかったわかった。うるうる上目遣いすな。
 ぱくりと、イチゴを口に迎え入れる。
 僕の誕生日のときのイチゴより、甘く感じた。
 その後も食べる間中、甲斐甲斐しく世話を焼かれる。主役のご所望ならされるがままになってやるが、これが誕生日にわざわざしたいことなのか。
(離れるほど触れたい、とか言ってたっけ)
 もしや、長距離ツーリングから追い出しツーリングまでの間にできなかったぶん、世話を焼かれスキンシップされるのか。いろいろ油断ならない。
 ――と、イケメン速度違反を警戒した矢先。
 秋はひとりで何してた? って話になって、保育補助バイトについて教えたら、
「俺も猫さんごっこやりたい」
 と言ってきかない。三歳児か。
「おまえネズミ派だろ」
「猫も好きです」
 そう言えばこの後輩、顔に似合わずもふもふをこよなく愛している。ってのは理不尽な偏見か。
「はあ……」
「溜め息」
「出るわ」
 仕方ない。ただ成人男子が膝に乗るのは憚られ、ソファの座面で手脚を折り畳んだ。
 叶斗が嬉々と手を伸ばしてくる。
「……。おまえ、撫でるの下手か?」
 大きくて温かい手なのに、こちらの緊張を差し引いても、心地よくない。
 牧場のふれ合いコーナーでモルモットに避けられてたの、野生の勘で扱いの下手さを察知されたとしか思えない。
「そうなんですよね。なんでだろう」
 単なるごっこ遊びにもかかわらず、叶斗は深刻な表情になる。今までももふもふにそっぽを向かれてきたに違いない。
 ここは先輩らしく教えてやろう。
 役を交替し、叶斗の長身をコンパクトに畳ませた。
 ゆっくり背筋を辿る。ミニバイクが二台ツーリングするみたいに両手を使って。たまにくるくる円を描いたり、項をくすぐったりもする。
「陽先輩……撫で撫でのプロじゃないですか」
 叶斗が目を瞑ったまま、膝先に頬を摺り寄せてきた。うわわ、イケメンに懐かれた。
「ちょっと。撫で撫でやめないでください」
「猫役忠実かよ」
 ぱっと離した手をつかんで戻される。
 まあ、今日の主役がご満悦ならよしとしよう。

 そうこうするうちに陽が暮れ、家飲みタイムになる。
 叶斗が鞄から、じいちゃんが持たせてくれたという自家製リキュールを取り出した。
「そっか、誕生日だからおまえも飲める――」
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