ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!

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0 君とどうにかなる気はない

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 見られている気がする。
 敵方アナトリエ家の騎士に、ものすごく。
 そのせいでそわそわしてしまう。

(何なんだ、いったい)

 かつて精霊と共に在り、今は二大貴族の王位争いが絶えない、雪と氷の国イス。

 二大貴族のひとつ、ソコロフ家の近衛騎士スフェンは、[オメガ]でも務め上げてみせるという意気で、凛とした表情を崩さない。
 ただでさえ近衛騎士の中では小柄で細身な上、ゆるく波打つ淡茶色の髪と頬に浮かぶ雀斑そばかすのせいで、実年齢の二十歳より頼りなく見えがちなのだ。

 二大貴族のもう一方、アナトリエ家の騎士の視線になど、反応してやらない。

(護衛任務中だぞ。君もだろう)

 部屋の中央、十人弱が集う円卓を見つめることで、彼にも任務を思い出させようとする。

 現在、王不在のイスでは、自領内で完結できないこと――領をまたがる事件などが稀に起きた場合、中立施設の聖堂に両派の裁定人が集って、合議する。

 十二月の今日、二年ぶりに合議が開かれた。
 自分としては初の立ち合いなので、しっかり務めたい。

「ソコロフ側の村長、前へ」

 ソコロフ家公子のレクスが促す。
 我が主人だ。巻き毛も聡明な瞳も金色の、高貴な面立ち。白地に金糸で刺繍を施した上衣が映える、均整の取れた身体。
 いつまで経っても見慣れず、崇敬の溜め息が漏れる。

「先方が『盗まれた』と言っている馴鹿トナカイは、うちの村にはおりません」

 その間に、五十がらみの村長が証言した。

 今回の事件はこうだ。
 領境の隣り合う二村にて、同じ夜に、馴鹿が盗まれ、発情発作中のオメガが犯され重傷を負わされたという。

「アナトリエ側の村長の言い分は?」

 アナトリエ家公子のニキータが、同じく発言を促す。

 アナトリエ公の唯一の男子ニキータは、成人の十六歳を迎え、はじめて合議に出席した。
 薄灰色の瞳にかかる長さの黒髪と顰め面は、繊細な女顔を隠すためだろう。

(わたしも幼く見られがちゆえわかる)

 間近で見ると骨のひとつひとつが小づくりな印象で、テン毛皮の帽子を取ったら、自分以上に小柄とみた。

「馴鹿牧夫小屋に、先方のオメガが隔離されていたとは知りませんでした。よって、襲いようがありません」

 女性村長が憤然と証言する。
 互いに互いを犯人だと主張し、否認しているのだ。

(どちらが嘘を吐いているやら)

 ニキータの背後では、先ほどこちらの横顔を凝視していた大柄な近衛騎士が、うんうん頷いていた。
 まるでニキータの進行ぶりを「よくできました」と褒めるみたいに。

(本当に何なんだ、彼は?)

 暗褐色の髪は短く、直線的な輪郭がよくわかる。いくつか歳上だろう。
 顔の彫りが深く整っているが、表情はどこか覇気に欠けた。頬を走る傷痕も、逃げ遅れの不名誉なものか。

「!」

 訝しむあまり目が合いそうになり、慌てて碧眼を逸らす。

「実行犯を見つけられていないではないか。目撃者もいない」
「そちらこそ。村ぐるみで隠しているだろう」

 議論は、平行線だ。
 家畜の馴鹿を失うのは死活問題である。
 一方、オメガは犯されてもやむなしという扱いだ。だがソコロフ側の古い村に、数少ないオメガを精霊の化身と見做して大切にするめずらしい風習があり、引かない。

(そのオメガは気の毒だが、馴鹿の世話を効率化するためであっても、小屋をアナトリエと共用していたのがよくない)

 敵を信用すべきでなかったと、個人的には思う。
 何度か休憩を挟み、落としどころを探る。

 昼休憩明け、あのアナトリエ騎士の姿が見当たらない。

(交替か? ……別に構わないが)

 合議中も見られ過ぎて、逆に気になってしまった。
 それより議論の続きだ。

「犯人の特定はできていないが、深い雪の中で犯行に及べたのは、両村の誰かのみだろう」
「いかにも」
「……ぐごおお」

 不意に、いびきめいた声が聞こえた。

(あの騎士が昼寝を? まさかな)

 騎士としてあり得ない。
 だが、窓の外は一面の雪景色だ。唸るような獣はいない。

(おや)

 主人に意識を移す。
 日頃の確執も相俟って、けんけんごうごうの議論のさなか、おもむろにニキータに耳打ちしたのだ。

「ニキータ殿。貴殿の近衛騎士が、馴鹿舎で居眠りしているようだ。今日は音を消してくれる雪も降っていないから、いびきが大きくなる前に起こしてやったほうがよい」

 本当に騎士のいびきだと聞き分けた、わけではなさそうだ。
 ニキータが項垂れている。過緊張でか、気分が悪くなったらしい。
 レクスだけが見抜き、機転を利かせて、別室で休めるようはからったに違いない。

(さすが、レクス殿下。……?)

 静かに退室するニキータを見送ったレクスが、不思議そうに目を瞬かせる。

 ニキータもニキータで、すぐ戻ってきた。顔色は元に戻っている。

(何だったのだろう)

 気に掛かるが、出しゃばりはしない。

 議論は結局、領境線をめぐる戦闘の呼び水とならぬよう、両成敗ということで決着した。
 同じオメガとして義憤もあるものの、これ以上は望めまい。

 帰城準備のため、レクスに先んじて外へ出る。

「!」

 馴鹿舎で、あの騎士と出くわした。

「おお、お疲れさん」

 しかも気安く話し掛けてくるではないか。ソコロフとアナトリエなのに。
 手は止めず、最低限の言葉のみ発する。

「何か用か」
「用っていうか、目立ってたから」

 目立っていた? 小柄なおまえに近衛騎士は務まるまいと、じろじろ見ていたわけか?
 いちばん嬉しくない反応だ。
 かっと頭に血が上ったまま、言い返す。

「君と馴れ合うつもりはない」
「でも仲良くなれると思うんだよなあ」

 根拠のない一言に、めまいがする。

(誰がアナトリエの人間などと)

 無視して、ずんずん馴鹿の手綱を引いた。
 我ながらよほど腹が立ったようで、しばらく身体が熱かった。

 彼とはそれきり、のはずだったのだが。




 それからひと月半経った、しんしんと雪の降る夜。
 レクスに、私室に呼び出された。

「義に篤い貴公ゆえ話すが、――」

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