78 / 149
第78話 緊張
しおりを挟む
一九三八年四月十五日。
宮城閣僚会議━━事実上の御前会議にて、対米開戦が決定されたことを受け、関係省庁はドタバタとしていた。
しかし、「いざ開戦」となったものの、実際のところ準備不足が否めない。
陸軍兵器はそれなりに揃ってはいるが、海軍艦艇が建造途中なのだ。このまま開戦しては、アメリカ海軍艦隊ないしは陸軍艦艇を沈めるのは難しくなるだろう。
そのため米内総理は、仕方なく造船所に不眠不休の建造作業を行うように指示を出した。これにより、造船所は不夜城と化し、手の空いている作業員は全員詰所か乾ドックにいるような状態になった。
この話を林から聞いた宍戸は、一言述べる。
「適度な休憩を入れた上で、給料五割増にしてやってください……」
「総理に進言しておきます」
(この感じは、多分総理まで届かないヤツだ……)
その他に、宍戸は現状の戦力を聞く。
「陸軍は歩兵師団が四十個、砲兵師団が二十個、機甲師団が十個、航空団が十五個編成されています。半年後に開戦するとなると、もう少し増えますね。海軍は戦艦が十二隻、空母が八隻、巡洋艦が四十七隻、駆逐艦はだいたい八十隻を超えてます。これも開戦までに増える見込みです」
「でも、これだけあれば十分じゃないですか?」
「しかし、戦艦二隻、巡洋艦六隻、空母三隻がまだドックの中にいる状態です。いざ開戦となれば、修理のためにドック入りする艦も当然増えることになりますから、そちらに人員が割かれます。となれば建造中の艦は放置され、進水もその分遅れます。どこかの海域で戦闘が起き、戦艦が一隻でもいれば……という状況にならないようにする必要があると思うのですが?」
「あー……はい」
宍戸は大人しく話を受け入れることにした。
「しかしどちらにせよ、現在建造中の艦艇が就役して戦力になるには、少なくともあと一年はかかると見込んでいます。そしておそらくですが、一年以内に対米開戦するでしょう」
「そこは致し方なしというわけですか」
宍戸は現状を把握する。
「とにかく、あの最後通謀を送ってきたからには、アメリカも覚悟が決まっているのだろうなぁ。後は外務省の手腕に掛かっている……」
そんなことを思うのであった。
━━
一九三八年四月二十二日。
この日イギリスの首相から、ある声明が発表された。
『アメリカ政府は、現在建国されうるであろう朝鮮王国の主権譲渡に関して、朝鮮王国が内外共に建国を発表する時まで、戦争による外交を中断すべきである。また、朝鮮王国建国までに、日本に対する制裁を解除し、アジア地域における主権を回復させることに注力すべきと考える』
この発表は、アメリカ国内で大きな波紋を広げた。日本が朝鮮半島に独立国家を作ろうとしていること、それを強奪しないこと、そしてアジア地域の利権を捨てることを言われたからである。
さらに問題なのは、事実上の最後通謀である文書の内容がどこかしらで漏れていることだ。
「あのジャップ共のやることだ! 情報を吐いたに違いない!」
そんな世論が形成されつつあった。
ホワイトハウスでは、カーラ・パドックがルーズベルト大統領に迫っていた。
「大統領! どうしてこんなことになっているんです!? 朝鮮王国の主権を渡せだなんて、とんでもない考えです! しかも武力で脅すなんて! こういう状況だからこそ、話し合いで解決すべきです!」
ホワイトハウスの執務室で、パドックは騒ぎ立てる。ホワイトハウスを警備している憲兵は、見飽きた光景のようで呆れていた。
「……君は一体いつまで私の邪魔をするつもりだね?」
「邪魔ですって? 違います。これは抗議です」
「抗議なら敷地の外にいる反戦派の連中とやってくれないか? 私は忙しいのだ」
そういってまた一つ、上がってきた書類にサインをする。
「敷地の外にいる彼らに代わって、私が抗議しているんです。大統領はいつも戦争のことしか考えてないのですか?」
その言葉を聞いたルーズベルト大統領は、書いていたペンを止めて、静かに机に置いた。
「それは君もじゃないか」
「私が? 私は戦争を否定しているんです」
「戦争したくないから偉いのか? 戦争したいと思っている私が悪いのか? 君の発言はいつもそうだ。反戦のために私の邪魔をする。それは戦争とどう違うんだ?」
ルーズベルト大統領の言葉には、怒りの感情が含まれていた。
「『戦いたくないから』という言葉を使って、戦争に等しい行為をするのは、戦争とどう違うんだ?」
「それは……」
「言えないのか? だろうな、君はそれしか考えない。それだから誰も話なんぞ聞かないのだ」
「……っ」
パドックは言い返せなかった。
「いいか、いいことを教えてやる。この世界はもう対話でなんとかなるようなフェーズにはいない。これからは軍事力が物を言う時代だ。つまり、君はもう用済みなのだよ」
差別だ。
パドックがそれを言おうとしたが、何故か言葉が詰まって出てこない。
その前にルーズベルト大統領が憲兵を呼ぶ。
「憲兵! この女を敷地の外に連れて行け! そして二度と入れないようにしろ!」
呼ばれた憲兵は、パドックの肩や髪を乱雑に掴んで、ホワイトハウスの外まで連れ出す。
入口まで連れられると、まるでゴミを捨てるようにパドックのことを放り出す。
近くの水たまりに倒れ込んだパドック。それを腫れ物のように見る憲兵。近くにいた反戦派の抗議者たちは、パドックのことなど気にも止めずに声を上げていた。
「どうして……。どうして私の言うことを聞かないの……?」
パドックの声は、むなしく消えていった。
宮城閣僚会議━━事実上の御前会議にて、対米開戦が決定されたことを受け、関係省庁はドタバタとしていた。
しかし、「いざ開戦」となったものの、実際のところ準備不足が否めない。
陸軍兵器はそれなりに揃ってはいるが、海軍艦艇が建造途中なのだ。このまま開戦しては、アメリカ海軍艦隊ないしは陸軍艦艇を沈めるのは難しくなるだろう。
そのため米内総理は、仕方なく造船所に不眠不休の建造作業を行うように指示を出した。これにより、造船所は不夜城と化し、手の空いている作業員は全員詰所か乾ドックにいるような状態になった。
この話を林から聞いた宍戸は、一言述べる。
「適度な休憩を入れた上で、給料五割増にしてやってください……」
「総理に進言しておきます」
(この感じは、多分総理まで届かないヤツだ……)
その他に、宍戸は現状の戦力を聞く。
「陸軍は歩兵師団が四十個、砲兵師団が二十個、機甲師団が十個、航空団が十五個編成されています。半年後に開戦するとなると、もう少し増えますね。海軍は戦艦が十二隻、空母が八隻、巡洋艦が四十七隻、駆逐艦はだいたい八十隻を超えてます。これも開戦までに増える見込みです」
「でも、これだけあれば十分じゃないですか?」
「しかし、戦艦二隻、巡洋艦六隻、空母三隻がまだドックの中にいる状態です。いざ開戦となれば、修理のためにドック入りする艦も当然増えることになりますから、そちらに人員が割かれます。となれば建造中の艦は放置され、進水もその分遅れます。どこかの海域で戦闘が起き、戦艦が一隻でもいれば……という状況にならないようにする必要があると思うのですが?」
「あー……はい」
宍戸は大人しく話を受け入れることにした。
「しかしどちらにせよ、現在建造中の艦艇が就役して戦力になるには、少なくともあと一年はかかると見込んでいます。そしておそらくですが、一年以内に対米開戦するでしょう」
「そこは致し方なしというわけですか」
宍戸は現状を把握する。
「とにかく、あの最後通謀を送ってきたからには、アメリカも覚悟が決まっているのだろうなぁ。後は外務省の手腕に掛かっている……」
そんなことを思うのであった。
━━
一九三八年四月二十二日。
この日イギリスの首相から、ある声明が発表された。
『アメリカ政府は、現在建国されうるであろう朝鮮王国の主権譲渡に関して、朝鮮王国が内外共に建国を発表する時まで、戦争による外交を中断すべきである。また、朝鮮王国建国までに、日本に対する制裁を解除し、アジア地域における主権を回復させることに注力すべきと考える』
この発表は、アメリカ国内で大きな波紋を広げた。日本が朝鮮半島に独立国家を作ろうとしていること、それを強奪しないこと、そしてアジア地域の利権を捨てることを言われたからである。
さらに問題なのは、事実上の最後通謀である文書の内容がどこかしらで漏れていることだ。
「あのジャップ共のやることだ! 情報を吐いたに違いない!」
そんな世論が形成されつつあった。
ホワイトハウスでは、カーラ・パドックがルーズベルト大統領に迫っていた。
「大統領! どうしてこんなことになっているんです!? 朝鮮王国の主権を渡せだなんて、とんでもない考えです! しかも武力で脅すなんて! こういう状況だからこそ、話し合いで解決すべきです!」
ホワイトハウスの執務室で、パドックは騒ぎ立てる。ホワイトハウスを警備している憲兵は、見飽きた光景のようで呆れていた。
「……君は一体いつまで私の邪魔をするつもりだね?」
「邪魔ですって? 違います。これは抗議です」
「抗議なら敷地の外にいる反戦派の連中とやってくれないか? 私は忙しいのだ」
そういってまた一つ、上がってきた書類にサインをする。
「敷地の外にいる彼らに代わって、私が抗議しているんです。大統領はいつも戦争のことしか考えてないのですか?」
その言葉を聞いたルーズベルト大統領は、書いていたペンを止めて、静かに机に置いた。
「それは君もじゃないか」
「私が? 私は戦争を否定しているんです」
「戦争したくないから偉いのか? 戦争したいと思っている私が悪いのか? 君の発言はいつもそうだ。反戦のために私の邪魔をする。それは戦争とどう違うんだ?」
ルーズベルト大統領の言葉には、怒りの感情が含まれていた。
「『戦いたくないから』という言葉を使って、戦争に等しい行為をするのは、戦争とどう違うんだ?」
「それは……」
「言えないのか? だろうな、君はそれしか考えない。それだから誰も話なんぞ聞かないのだ」
「……っ」
パドックは言い返せなかった。
「いいか、いいことを教えてやる。この世界はもう対話でなんとかなるようなフェーズにはいない。これからは軍事力が物を言う時代だ。つまり、君はもう用済みなのだよ」
差別だ。
パドックがそれを言おうとしたが、何故か言葉が詰まって出てこない。
その前にルーズベルト大統領が憲兵を呼ぶ。
「憲兵! この女を敷地の外に連れて行け! そして二度と入れないようにしろ!」
呼ばれた憲兵は、パドックの肩や髪を乱雑に掴んで、ホワイトハウスの外まで連れ出す。
入口まで連れられると、まるでゴミを捨てるようにパドックのことを放り出す。
近くの水たまりに倒れ込んだパドック。それを腫れ物のように見る憲兵。近くにいた反戦派の抗議者たちは、パドックのことなど気にも止めずに声を上げていた。
「どうして……。どうして私の言うことを聞かないの……?」
パドックの声は、むなしく消えていった。
1
あなたにおすすめの小説
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる