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第三章
21.ずっとそばにいてほしい
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文化祭当日の午後。
ステージ前には、開演を待つ生徒たちと保護者、教職員たちが集まり、ざわざわとした空気がホールを満たしていた。生徒会と先生方の協力のもと、簡易の照明や音響も用意され、体育館の舞台は、いつもよりほんの少しだけ“本物の劇場”らしさをまとっていた。
その最前列、左端──
浩太は客席に腰掛け、胸元で両手を組んで舞台を見つめていた。
(……蓮、緊張してないかな)
蓮が劇で主役を演じることになったのは、夏休み明けのクラス会議だった。美術部の活動と両立する中で、台本を読み込み、練習に参加し、セリフを覚え……彼は常に真面目だった。
浩太はその様子を、何度も付き合いながら見てきた。
(演技なんて、あいつ得意じゃなかったのに)
ぎこちない発声。身体の動きも最初は固かった。
だけど何度も失敗しては、悔しそうに唇をかみながら食らいついて──少しずつ、自分の“王子”を形にしていった。
──幕が上がる。
会場が静まり返る中、舞台の中央に現れたのは、白いシャツに深紅のマントを羽織った、王子役の蓮だった。
その瞬間、浩太の息が少しだけ止まった。
(……おお)
見慣れたはずの蓮の姿なのに、舞台の上で見ればまるで別人のようだった。
凛とした佇まい、舞台照明を受けて浮かび上がる真剣な眼差し。
セリフを発する声はやや緊張気味ながらも、芯が通っている。
「……どうか、この国のために──私に、力を貸してほしい」
彼の声が、体育館の奥まで響き渡る。
客席のあちこちで「かっこいい……」という小さなつぶやきが聞こえた。
浩太は微笑を浮かべながら、静かに頷いた。
(ちゃんと“王子様”やってんじゃん)
劇の内容は、架空の王国を舞台にした、王子と村娘の恋を描くファンタジー。
陰謀や誤解を乗り越えて、互いの気持ちを信じ合い、結ばれていく物語。
一つひとつの場面で、蓮は精いっぱい役を演じていた。
手を差し伸べる場面。怒りを表現する場面。優しく囁く場面。
ぎこちなさがゼロとは言えないけれど、それでも確実に“蓮の王子”になっていた。
──そして、クライマックス。
王子が村娘に、心を打ち明ける場面。
何度も劇練習をしたシーンだった。
「君が笑ってくれるなら、僕はどんな困難も越えていける。……だから、ずっとそばにいてほしい。君の手を、僕に預けてくれないか」
舞台の上の蓮は、まっすぐに相手役を見つめ、そう言った。
一瞬、照明の加減でその横顔が輝いたように見えた。
──ドキ、と胸が鳴る。
浩太は思わず背筋を伸ばした。
それはきっと、観客としての反応だったのかもしれない。
けれど、それ以上に、自分の中のどこかがざわついた。
(……ずるいな、お前)
そんなセリフ、あの蓮が、こんな堂々と口にできるようになるなんて。
その成長ぶりと、舞台上の存在感に、浩太は不覚にも、誇らしさと少しの嫉妬を同時に覚えていた。
──幕が下りる。
盛大な拍手と歓声が湧き起こる中、舞台の上で一礼する蓮の姿が見えた。
浩太は胸の中で、ひとつ息を吐く。
(……立派だったよ、蓮)
◇
終演後、体育館の裏手で。
蓮は役を終え、衣装のマントを脱ぎながら、汗をぬぐっていた。
カーテンコールを終えたばかりで、まだ顔は赤く、息も落ち着いていない。
そこに、浩太が現れた。
「お疲れ」
「……浩太先輩」
蓮は少しだけ照れた顔を見せた。
「見てくれました?」
「うん。ばっちり。……かっこよかったよ」
その言葉に、蓮の耳がほんのり赤く染まった。
「……ほんとに、最初は全然できなくて。もう逃げたくなるくらいでしたけど」
「でも、逃げなかった」
「はい。……浩太先輩が、ずっと練習付き合ってくれたから」
「そんな大したことしてないだろ」
「してましたよ。俺、浩太先輩がいたから頑張れたんです。……あのときのセリフ、本当は、浩太先輩に言いたかったくらいで」
浩太は、目を見開く。
蓮は視線を逸らしながら、小さく呟いた。
「……“ずっとそばにいてほしい”って。劇のセリフですけど、半分くらい……本音でした」
風が、舞台裏に吹き込んで、二人の間に揺れる沈黙。
浩太は、ほんの数秒の間を置いて、笑う。
「……ずるいな。舞台の上で先に言っちゃうなんてさ」
蓮は、視線を戻し、静かに微笑んだ。
「浩太先輩にも、役をもらってもらえばよかったです」
「学年が違うだろ……何役だよ」
「……俺の相手役です」
その答えに、浩太はしばらく言葉を失い、そして──
「……まあ、検討しとくわ」
とだけ答えて、そっと蓮の頭を軽く撫でた。
蓮は、ゆっくりと目を伏せ、照れくさそうにその手を受け止める。
文化祭のざわめきの中。
二人の心は、確かに、ひとつの幕を越えた。
ステージ前には、開演を待つ生徒たちと保護者、教職員たちが集まり、ざわざわとした空気がホールを満たしていた。生徒会と先生方の協力のもと、簡易の照明や音響も用意され、体育館の舞台は、いつもよりほんの少しだけ“本物の劇場”らしさをまとっていた。
その最前列、左端──
浩太は客席に腰掛け、胸元で両手を組んで舞台を見つめていた。
(……蓮、緊張してないかな)
蓮が劇で主役を演じることになったのは、夏休み明けのクラス会議だった。美術部の活動と両立する中で、台本を読み込み、練習に参加し、セリフを覚え……彼は常に真面目だった。
浩太はその様子を、何度も付き合いながら見てきた。
(演技なんて、あいつ得意じゃなかったのに)
ぎこちない発声。身体の動きも最初は固かった。
だけど何度も失敗しては、悔しそうに唇をかみながら食らいついて──少しずつ、自分の“王子”を形にしていった。
──幕が上がる。
会場が静まり返る中、舞台の中央に現れたのは、白いシャツに深紅のマントを羽織った、王子役の蓮だった。
その瞬間、浩太の息が少しだけ止まった。
(……おお)
見慣れたはずの蓮の姿なのに、舞台の上で見ればまるで別人のようだった。
凛とした佇まい、舞台照明を受けて浮かび上がる真剣な眼差し。
セリフを発する声はやや緊張気味ながらも、芯が通っている。
「……どうか、この国のために──私に、力を貸してほしい」
彼の声が、体育館の奥まで響き渡る。
客席のあちこちで「かっこいい……」という小さなつぶやきが聞こえた。
浩太は微笑を浮かべながら、静かに頷いた。
(ちゃんと“王子様”やってんじゃん)
劇の内容は、架空の王国を舞台にした、王子と村娘の恋を描くファンタジー。
陰謀や誤解を乗り越えて、互いの気持ちを信じ合い、結ばれていく物語。
一つひとつの場面で、蓮は精いっぱい役を演じていた。
手を差し伸べる場面。怒りを表現する場面。優しく囁く場面。
ぎこちなさがゼロとは言えないけれど、それでも確実に“蓮の王子”になっていた。
──そして、クライマックス。
王子が村娘に、心を打ち明ける場面。
何度も劇練習をしたシーンだった。
「君が笑ってくれるなら、僕はどんな困難も越えていける。……だから、ずっとそばにいてほしい。君の手を、僕に預けてくれないか」
舞台の上の蓮は、まっすぐに相手役を見つめ、そう言った。
一瞬、照明の加減でその横顔が輝いたように見えた。
──ドキ、と胸が鳴る。
浩太は思わず背筋を伸ばした。
それはきっと、観客としての反応だったのかもしれない。
けれど、それ以上に、自分の中のどこかがざわついた。
(……ずるいな、お前)
そんなセリフ、あの蓮が、こんな堂々と口にできるようになるなんて。
その成長ぶりと、舞台上の存在感に、浩太は不覚にも、誇らしさと少しの嫉妬を同時に覚えていた。
──幕が下りる。
盛大な拍手と歓声が湧き起こる中、舞台の上で一礼する蓮の姿が見えた。
浩太は胸の中で、ひとつ息を吐く。
(……立派だったよ、蓮)
◇
終演後、体育館の裏手で。
蓮は役を終え、衣装のマントを脱ぎながら、汗をぬぐっていた。
カーテンコールを終えたばかりで、まだ顔は赤く、息も落ち着いていない。
そこに、浩太が現れた。
「お疲れ」
「……浩太先輩」
蓮は少しだけ照れた顔を見せた。
「見てくれました?」
「うん。ばっちり。……かっこよかったよ」
その言葉に、蓮の耳がほんのり赤く染まった。
「……ほんとに、最初は全然できなくて。もう逃げたくなるくらいでしたけど」
「でも、逃げなかった」
「はい。……浩太先輩が、ずっと練習付き合ってくれたから」
「そんな大したことしてないだろ」
「してましたよ。俺、浩太先輩がいたから頑張れたんです。……あのときのセリフ、本当は、浩太先輩に言いたかったくらいで」
浩太は、目を見開く。
蓮は視線を逸らしながら、小さく呟いた。
「……“ずっとそばにいてほしい”って。劇のセリフですけど、半分くらい……本音でした」
風が、舞台裏に吹き込んで、二人の間に揺れる沈黙。
浩太は、ほんの数秒の間を置いて、笑う。
「……ずるいな。舞台の上で先に言っちゃうなんてさ」
蓮は、視線を戻し、静かに微笑んだ。
「浩太先輩にも、役をもらってもらえばよかったです」
「学年が違うだろ……何役だよ」
「……俺の相手役です」
その答えに、浩太はしばらく言葉を失い、そして──
「……まあ、検討しとくわ」
とだけ答えて、そっと蓮の頭を軽く撫でた。
蓮は、ゆっくりと目を伏せ、照れくさそうにその手を受け止める。
文化祭のざわめきの中。
二人の心は、確かに、ひとつの幕を越えた。
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