【完結】君の笑顔を信じたい

加賀ユカリ

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第三章

22.打ち上げ

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 文化祭のすべての出し物が終わり、夕方、校内では撤収と片付け作業が進んでいた。

 拍手と笑い声の余韻がまだ残る中、各クラスでは「お疲れ会」と称した小さな打ち上げが始まろうとしていた。

 浩太のクラスも例外ではなく、飾りつけが一部残った教室に、買い出し班が次々と戻ってきていた。

「ピザとポテト買ってきたー!」
「ジュースはここに並べといてー!」
「紙皿とコップ、もうちょいある?」

 まだ制服のままのクラスメイトたちが、軽やかに動き回っている。
 どこか解放感と達成感の入り混じった空気が、教室をやさしく満たしていた。

 浩太は、クラスの隅で紙コップを並べる手を動かしながら、ちらりと時計を見た。

(……そろそろ蓮の劇も片付いたころか)

 演劇担当の二年生たちは、午後の劇が終わったあと、道具や衣装の整理に追われていた。
 蓮も、その中で最後まで責任をもって片付けているはずだった。

「浩太ー!こっちのテーブル、人数足りないからこっち来てくれー!」
「おーい、高橋、ジュースの栓抜いてくれー!」

 そんな声が飛び交う中で、浩太がふと教室のドアの方を見ると──

「あっ……」

 そこには、王子様衣装のままの蓮の姿があった。後ろには蓮のクラスメイトも数人いる。
 どうやら、クラスメイトの部活の後輩たちが差し入れと称して、何人か浩太のクラスに遊びに来たらしい。

「……遅くなりました」

 浩太の目が自然と細くなる。

「ちゃんと間に合ったじゃん。お疲れ」
「はい。お疲れ様です」

 蓮はぺこりと頭を下げて、手にしていたトレーを机に置いた。どうやら、劇の差し入れで余ったクッキーやお茶を持ってきたようだった。

 それを見たクラスメイトのひとりが嬉しそうに声を上げた。

「おっ、差し入れ!? やるじゃん!」
「もしかして、王子の手作り?」
「いや、それは違いますけど……クラスメイトたちが焼いてくれたやつです」

 そんなふうに言いつつも、蓮の表情はどこか満たされていた。

 文化祭の劇で主役を務めたこと。最後まで役目を果たしたこと。そして、クラスメイトたちに少しずつ心を開き始めていること──

 どこか、ほんの少しだけ自信が宿っているように見えた。

 ◇

 やがて、お疲れ会が本格的に始まる。

「かんぱーい!!」
「お疲れ~~!!」

 コップを合わせ、ピザにかぶりつき、スナック菓子の袋が次々と空いていく。
 男女問わず机を囲んで笑い合うその空間は、普段の教室とはまるで違う顔を見せていた。

 浩太と蓮も、隣同士の席に座っていた。

「こっちのジュース、飲みます?」
「ありがと……ってか、さっきからやたら気がきくな。王子さま」
「舞台降りたので、今はただの一般市民です」
「……言い方が真面目すぎるんだよ、ほんと」

 そんなふうに、互いの表情が自然と崩れていく。

 宗介や他の男子たちも交えて話す中で、クラスの女子のひとりが唐突に言った。

「そういえばさ、瀬川くん、文化祭の劇ほんとによかったよね。王子っていうより、正統派のイケメンだった」
「わかる~!もう、セリフが刺さった……『ずっとそばにいてほしい』とか、普通にドキッとしたし」
「それな。それ言われて倒れない村娘、鋼メンタルだよね」
「いやいや……俺は別に……っ」

 蓮が赤くなりながらしどろもどろになる中、浩太は吹き出しそうになるのを必死でこらえた。

「ほら、人気者じゃん。王子さま」
「……もう、からかわないでください……」
「誰もからかってないぞ? なあ、みんな?」
「そうそう。むしろ正直者!」
「来年もぜひ主演で!」
「や、来年は俺受験生ですから!」

 わいわいと笑い声が広がっていく中、蓮はふと、浩太の横顔を見上げた。

 いつもと変わらない、優しい笑顔。
 でもその表情が、自分のことを嬉しそうに見ている──そんなふうに感じた。

 蓮は、胸の奥に小さな灯りがともるのを感じながら、紙コップを手にとった。

「……浩太先輩」
「ん?」
「今日、来てくれてありがとうございました。……すごく、嬉しかったです」
「……そっか」

 浩太は少し驚いたように目を丸くしてから、ゆっくりと頷いた。

「それなら、行ったかいがあったな。……蓮、すげえかっこよかったよ」

 蓮の顔が、ぱっと赤くなる。

「っ……それ、今言わなくても……」
「照れてんのか?」
「……照れてないです」

 けれどその耳は真っ赤で、浩太は思わずふっと笑った。

 ◇

 打ち上げも終盤にさしかかり、誰かがカメラを取り出し、記念撮影が始まった。

「瀬川くんたちも一緒に撮ろうぜ!」
「い、いや、俺は学年が違いますし……」
「いいじゃん、後輩たちとの記念写真!」

 逃げ腰の蓮の腕を、浩太が軽く引いた。

「ほら、撮っとけ」
「……せ、先輩……」
「別に、俺らも文化祭やりきった組だろ?」
「……はい」

 シャッター音とともに、笑顔が一瞬切り取られた。

 ◇

 打ち上げの帰り道、校門を出て歩く夕暮れの歩道。
 二人きりになった瞬間、蓮がぽつりと呟いた。

「……浩太先輩って、ずるいです」
「は?」
「人のこと平気で照れさせて、自分は涼しい顔してるところ、です」
「涼しいって……いや、俺もちゃんとドキドキしてるぞ?」
「それは、それでずるいです」
「……じゃあ、おあいこってことで」
「……はい、おあいこです」

 風が吹き抜ける秋の夜道。

 一歩、また一歩。二人の距離は、誰にも気づかれないほどゆっくりと、でも確かに近づいていた。
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