【完結】君の笑顔を信じたい

加賀ユカリ

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第四章

24.我慢(蓮視点)

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 年の瀬が近づき、校舎の廊下には冷たい風が吹き込むようになっていた。

 蓮は、図書館の窓際に座っていた。
 放課後の図書館は、静かで、人影もまばらである。
 数日前に雪がちらついたせいか、床の冷たさがじわりと足元から上がってくる。

 ──それでも、蓮はこの場所が好きだった。

 そこに、彼がいるからだ。

「……」

 そっと視線を向ければ、少し離れた席で、浩太が黙々とペンを走らせている。

 眉間に皺を寄せながら、問題集と向き合っているその背中。
 時々、首を回して肩を軽くほぐしている姿すら、無意識に見惚れてしまう。

(……かっこいい)

 思わずそんな感情が、胸の奥からじんわりと湧き出てくる。
 本人には絶対に言えない。けれど、確かにそこにあった。

 ◇

 浩太の勉強を邪魔したくなくて、蓮はあえて声をかけないまま、彼の近くでただ本を読むようになった。

 最初は意識していたわけじゃなかった。
 けれど、気づけば、足が勝手にこの場所に向いていた。

 ただ、近くにいるだけで、落ち着いた。
 静かに、安心できて心地よかった。

 でも、そんな平穏をかき乱すように、蓮の胸の奥で、別の気持ちが大きくなっていた。

(……言いたい)

 浩太に。
「好き」って。
 ちゃんと、言葉でまっすぐに伝えたい。

 文化祭が終わってから、浩太との距離は確かに縮まった。
 メッセージも、週に何度かは交わすし、たまに夜に電話をすることもある。

 けれど、それ以上のことは、何も進んでいない。

 それはきっと、浩太が受験に集中しているから。

(……だから、我慢しようって、決めたのに)

 でも、本当は毎日、伝えたくてたまらなかった。

「俺、先輩のこと好きです」
「ずっと、側にいたいです」
「受験が終わったら、一緒に……」

 ──けれど、言葉にした瞬間、浩太の中で“重荷”になってしまうんじゃないかと思うと、怖かった。

 浩太はきっと、優しいから。
 もし想いを伝えたら、きっと真剣に考えてくれて、でもそのぶん、迷わせてしまう。

 そう思うと、自分の想いを伝えることが、ただの“わがまま”に思えてしまった。

(……春まで、待とう)

 蓮は、何度も自分に言い聞かせた。

 どうせあと少し。たった数か月。
 それまでに自分も、きちんと“浩太先輩にふさわしい自分”になっておきたかった。

 ──浩太先輩の隣に、ちゃんと立てる自分に。

 ◇

 その日の放課後も、図書室には浩太の姿があった。

「……蓮」

 不意に名前を呼ばれて、蓮は顔を上げた。

 浩太は席を立ち、荷物をまとめていた。

「帰るけど……一緒に出るか?」
「はいっ」

 声が思ったよりも大きくなってしまって、蓮は少し恥ずかしくなる。

「……すみません、はい」

 浩太は笑って、先に図書室を出た。
 蓮はその後ろ姿を、少しだけ急いで追いかける。

 夕暮れの校舎。
 空には赤く染まった雲が流れていて、二人の影が長く伸びていた。

「最近、どうだ?二年の授業、難しくなってきただろ」

 浩太の言葉に、蓮は小さく頷いた。

「特に数学が……公式覚えても、問題になると混乱しちゃって」
「苦手なのか?」
「……嫌いじゃないです。でも、浩太先輩みたいにできないから、ちょっと悔しいです」
「別に俺だって最初からできてたわけじゃないし」
「……そう見えますけど」
「努力してんだよ、俺なりに」

 浩太は、照れ隠しのように頭をかいた。

 そんな姿が、たまらなく愛しくて。

(……今なら、言えるかもしれない)

 喉元まで言葉がせり上がってくる。

 けれど──蓮はそっと、それを飲み込んだ。

 やっぱり、今じゃない。

 今はまだ、“好き”じゃなくて“応援”の立場でいたい。

「……浩太先輩、風邪とかひかないようにしてくださいね。年末、いろいろ大事な模試もあるって聞きました」
「……おう、気をつける」
「……受験、絶対成功しますよ。俺、本気で願ってますから」

 その言葉だけは、どうしても言いたかった。

「ありがとな、蓮」

 その時、浩太の声がほんの少しだけ柔らかくなった気がして──
 蓮は自分の鼓動が、どくんと跳ねるのを感じた。

 ◇

 帰り道の別れ際。

 いつも通り、信号の前で二人は立ち止まる。

「じゃあ、また」
「……はい。また」

 浩太が手を振って歩き出す。

 蓮は、赤信号の前に立ち尽くしたまま、その背中をじっと見つめていた。

 言えなかった言葉が胸に残る。
 けれど、それが“いつか言える日が来る”と信じているからこそ、今日も言わずにいられた。

(浩太先輩が、合格した春)
(その時に──全部、言いますから)

 冷たい風が吹く。

 でも、蓮の中には、はっきりとした熱が宿っていた。

 次の季節に進むために。
 自分自身も、少しずつ前に進んでいこうと、そう心に決めた。
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