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第一章
5.花火大会①
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花火大会当日。
浩太は自室で浴衣の着付け動画をスマホで再生しながら、慣れない手つきで帯を結んでいた。
鏡の前に立ち、自分の姿をじっと見つめる。
「……本当に、行くのか。俺」
そう呟いた声は、自分でも驚くほど小さかった。
勉強会の後、蓮に「やっぱり行くことにした」とだけメッセージを送った。
余計な言葉は要らないと思った。けれど、その一文に対して、蓮からはすぐに『やったー!』と元気なスタンプが返ってきた。
バカみたいに素直で、バカみたいに嬉しそうで。
……悪くないな、と思ってしまう自分がいた。
◇
駅前は、会場へ向かう人たちで賑わっている。
カラフルな浴衣を着た人々の波に、夏のざわめきが混じる。
その中で、一際目立つ存在がいた。
「……蓮」
「浩太先輩!」
浴衣姿の蓮が手を振りながら、こちらへ駆け寄ってくる。
紺地に麻の葉模様の入った浴衣が驚くほどよく似合っていた。
少し整えられた髪に、落ち着いた雰囲気。いつもよりどこか大人びて見える。
「浩太先輩、浴衣すごく似合ってます!」
「……ああ。まあ、動画見ながらなんとか」
「俺もです!帯、全然上手くいかなくて……途中で挫けそうになりましたよ」
「……似合ってるよ」
思わずこぼれた浩太の言葉に、蓮の目がぱっと輝いた。
「え、本当ですか!?」
「……本当」
「浩太先輩に褒められるなんて……今日、来てよかったです」
照れたように笑うその横顔を見ながら、浩太は思った。
(こうして、少しずつでも……近づいていけたら)
まだ、怖い。
でも、それでも。
その隣にいたいと思ってしまった。
◇
「浩太先輩、何食べます?俺、めっちゃお腹空きました」
会場に着くと、屋台がずらりと並んでいた。
焼きそば、かき氷、チョコバナナ、りんご飴。
どこも人で溢れかえっていて、すれ違うのもやっとである。
「いろいろあるな……蓮は?」
「うーん……あの唐揚げの屋台、行きませんか?」
指差した先には、大きめの紙カップに唐揚げがぎっしりと入った屋台。
串に刺さっていて、食べ歩きにはちょうどいい。
「めっちゃ美味しそう……」
「ですよね!浩太先輩、行きましょ!」
二人で並んでいると、揚げたての香ばしい匂いが風に乗って鼻をくすぐった。
「浩太先輩、もうすぐですよ!俺、限界です……」
「俺も腹減った……」
ようやく順番が来て店主に金を払い、唐揚げを受け取るとその熱が指先から伝わってくる。
「どっか、食べやすいとこ探すか」
「ですね!」
その後も、二人でいろんな屋台を巡った。
焼きとうもろこしに、イカ焼き、わたあめ。
いい場所を探しながら、買っては食べ、また歩いて──
最終的には芝生の上に並んで座っていた。
「いや~、色々買いましたね!」
「多いと思ったけど……意外と食えたな」
「俺たち男子高校生ですよ? 胃袋のポテンシャルなめちゃダメです」
そう言って、笑う蓮の横顔を見つめる。
柔らかな灯りに照らされた笑顔に、胸の奥がじわりと熱くなった。
(……今日、来てよかった)
◇
「あの屋台、射的ありますよ! 先輩、やっていきませんか?」
蓮が指差したのは、駄菓子やおもちゃがぎゅっと詰まった射的屋。
「え、ああ……そんなに欲しいもんあんのか?」
「俺、射的得意なんです。見ててくださいね、絶対当てますから!」
なぜかやたら張り切る蓮に押されて、浩太もついていく。
「へい坊や、五発で五百円だよ」
店主の渋い声に、蓮は小銭を差し出し、エアガンを構えた。
その横顔は、さっきまで屋台に夢中になっていた人とは思えないほど真剣で。
まるで、試合を前にした選手のようだった。
「……狙いを定めて──」
パンッ。
一発目。スナック菓子に当たったものの、びくともしない。
「……くっ」
二発目、三発目は軽いおもちゃの箱に当たるも、倒れず。
「まあまあ、そんなにうまくいくもんじゃ──」
パンッ!
四発目。お菓子の箱がぐらりと揺れ、そのまま、コトンと倒れた。
「やった……!」
店主が「お見事!」と手を叩き、チョコバーを手渡す。
その瞬間、蓮の顔がぱあっと輝いた。
「浩太先輩、見ました!?俺、倒しましたよ!」
「お、おう。すげえな」
「俺、こういう集中力だけはあるんです!」
「……勉強の集中力は?」
「それは別腹です!」
そう言って笑う蓮に、思わず浩太も吹き出していた。
「で、その駄菓子どうすんだよ」
「浩太先輩にあげます」
「は?」
「花火大会、誘ってくれたお礼です」
ちょっと照れたように、チョコレートのお菓子を差し出してくる。
どこにでもある安い駄菓子。
なのに、なぜだろう。手に乗せたそれは、やけに重く感じた。
「……あー、ありがと」
そのあと、調子に乗った蓮に釣られて、浩太も射的を試した。
浩太が予想以上に当たって、蓮もつられて何度も挑戦し、手元には二人分では多すぎるくらいの駄菓子が残った。
◇
「浩太先輩」
「ん?」
「こうして夏祭り来るの、何年ぶりですか?」
「……たぶん、中学のとき以来」
「楽しいですね」
蓮がにこっと笑う。
足元を照らすのは屋台の灯だけなのに、その笑顔は妙にくっきり見えた。
「……楽しいな」
ぽつりと返した自分の声に、少しだけ驚く。
蓮が射的で手に入れたのは、ありふれたチョコレートのお菓子だった。
だけど、浩太の胸に残ったのは、駄菓子じゃない。
あの一生懸命な横顔。
屈託ない笑顔。
そして、差し出された手のあたたかさ。
(この夜のことを、きっと俺はずっと忘れない)
そして、いつか思い出すだろう。
駄菓子を受け取ったとき、自分の心臓がひどくうるさかったことを。
浩太は自室で浴衣の着付け動画をスマホで再生しながら、慣れない手つきで帯を結んでいた。
鏡の前に立ち、自分の姿をじっと見つめる。
「……本当に、行くのか。俺」
そう呟いた声は、自分でも驚くほど小さかった。
勉強会の後、蓮に「やっぱり行くことにした」とだけメッセージを送った。
余計な言葉は要らないと思った。けれど、その一文に対して、蓮からはすぐに『やったー!』と元気なスタンプが返ってきた。
バカみたいに素直で、バカみたいに嬉しそうで。
……悪くないな、と思ってしまう自分がいた。
◇
駅前は、会場へ向かう人たちで賑わっている。
カラフルな浴衣を着た人々の波に、夏のざわめきが混じる。
その中で、一際目立つ存在がいた。
「……蓮」
「浩太先輩!」
浴衣姿の蓮が手を振りながら、こちらへ駆け寄ってくる。
紺地に麻の葉模様の入った浴衣が驚くほどよく似合っていた。
少し整えられた髪に、落ち着いた雰囲気。いつもよりどこか大人びて見える。
「浩太先輩、浴衣すごく似合ってます!」
「……ああ。まあ、動画見ながらなんとか」
「俺もです!帯、全然上手くいかなくて……途中で挫けそうになりましたよ」
「……似合ってるよ」
思わずこぼれた浩太の言葉に、蓮の目がぱっと輝いた。
「え、本当ですか!?」
「……本当」
「浩太先輩に褒められるなんて……今日、来てよかったです」
照れたように笑うその横顔を見ながら、浩太は思った。
(こうして、少しずつでも……近づいていけたら)
まだ、怖い。
でも、それでも。
その隣にいたいと思ってしまった。
◇
「浩太先輩、何食べます?俺、めっちゃお腹空きました」
会場に着くと、屋台がずらりと並んでいた。
焼きそば、かき氷、チョコバナナ、りんご飴。
どこも人で溢れかえっていて、すれ違うのもやっとである。
「いろいろあるな……蓮は?」
「うーん……あの唐揚げの屋台、行きませんか?」
指差した先には、大きめの紙カップに唐揚げがぎっしりと入った屋台。
串に刺さっていて、食べ歩きにはちょうどいい。
「めっちゃ美味しそう……」
「ですよね!浩太先輩、行きましょ!」
二人で並んでいると、揚げたての香ばしい匂いが風に乗って鼻をくすぐった。
「浩太先輩、もうすぐですよ!俺、限界です……」
「俺も腹減った……」
ようやく順番が来て店主に金を払い、唐揚げを受け取るとその熱が指先から伝わってくる。
「どっか、食べやすいとこ探すか」
「ですね!」
その後も、二人でいろんな屋台を巡った。
焼きとうもろこしに、イカ焼き、わたあめ。
いい場所を探しながら、買っては食べ、また歩いて──
最終的には芝生の上に並んで座っていた。
「いや~、色々買いましたね!」
「多いと思ったけど……意外と食えたな」
「俺たち男子高校生ですよ? 胃袋のポテンシャルなめちゃダメです」
そう言って、笑う蓮の横顔を見つめる。
柔らかな灯りに照らされた笑顔に、胸の奥がじわりと熱くなった。
(……今日、来てよかった)
◇
「あの屋台、射的ありますよ! 先輩、やっていきませんか?」
蓮が指差したのは、駄菓子やおもちゃがぎゅっと詰まった射的屋。
「え、ああ……そんなに欲しいもんあんのか?」
「俺、射的得意なんです。見ててくださいね、絶対当てますから!」
なぜかやたら張り切る蓮に押されて、浩太もついていく。
「へい坊や、五発で五百円だよ」
店主の渋い声に、蓮は小銭を差し出し、エアガンを構えた。
その横顔は、さっきまで屋台に夢中になっていた人とは思えないほど真剣で。
まるで、試合を前にした選手のようだった。
「……狙いを定めて──」
パンッ。
一発目。スナック菓子に当たったものの、びくともしない。
「……くっ」
二発目、三発目は軽いおもちゃの箱に当たるも、倒れず。
「まあまあ、そんなにうまくいくもんじゃ──」
パンッ!
四発目。お菓子の箱がぐらりと揺れ、そのまま、コトンと倒れた。
「やった……!」
店主が「お見事!」と手を叩き、チョコバーを手渡す。
その瞬間、蓮の顔がぱあっと輝いた。
「浩太先輩、見ました!?俺、倒しましたよ!」
「お、おう。すげえな」
「俺、こういう集中力だけはあるんです!」
「……勉強の集中力は?」
「それは別腹です!」
そう言って笑う蓮に、思わず浩太も吹き出していた。
「で、その駄菓子どうすんだよ」
「浩太先輩にあげます」
「は?」
「花火大会、誘ってくれたお礼です」
ちょっと照れたように、チョコレートのお菓子を差し出してくる。
どこにでもある安い駄菓子。
なのに、なぜだろう。手に乗せたそれは、やけに重く感じた。
「……あー、ありがと」
そのあと、調子に乗った蓮に釣られて、浩太も射的を試した。
浩太が予想以上に当たって、蓮もつられて何度も挑戦し、手元には二人分では多すぎるくらいの駄菓子が残った。
◇
「浩太先輩」
「ん?」
「こうして夏祭り来るの、何年ぶりですか?」
「……たぶん、中学のとき以来」
「楽しいですね」
蓮がにこっと笑う。
足元を照らすのは屋台の灯だけなのに、その笑顔は妙にくっきり見えた。
「……楽しいな」
ぽつりと返した自分の声に、少しだけ驚く。
蓮が射的で手に入れたのは、ありふれたチョコレートのお菓子だった。
だけど、浩太の胸に残ったのは、駄菓子じゃない。
あの一生懸命な横顔。
屈託ない笑顔。
そして、差し出された手のあたたかさ。
(この夜のことを、きっと俺はずっと忘れない)
そして、いつか思い出すだろう。
駄菓子を受け取ったとき、自分の心臓がひどくうるさかったことを。
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