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第一章
4.特別じゃない
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とある日の休み時間。
浩太は教室の窓辺にもたれて、ぼんやりと外を眺めていた。
運動場は体育の授業中らしく、下の学年がサッカーのミニゲームをしているらしい。そのなかで、ひときわ目立って動き回っている生徒がいた。
──蓮だった。
走るスピードもパスも、ゴールセンスも抜群。
浩太の知る、いつも明るくて、つかみどころのない笑顔の裏にこんな運動神経を隠していただなんて思わなかった。
「あ、蓮だ……」
浩太は思わず小さく呟いた声を、背後から聞きつけた者がいた。
「浩太~!なに見てんの?」
「あ、宗介」
話しかけてきたのは、クラスメイトの宗介だった。浩太と同じように窓の外を覗き込みながら、からかうように言う。
「なに?可愛い子でも見つけた?浩太の顔、ゆるんでたぞー」
「ちげーよ。ただの知り合い。最近話すようになった後輩の子がいてさ……ほら、今ゴール決めたやつ。あいつだよ」
「あー……あの子か。俺、名前聞いたことあるな。瀬川蓮くんだろ?」
「え、知ってんの?」
「部活の後輩がよく言ってるよ。“顔が天才”、“学年一モテる”って。かなり人気者らしい」
「……そりゃ、あのルックスじゃモテるだろうな」
浩太は再びグランドに視線を戻した。
活発に走り回る蓮の姿は、まぶしいほどに輝いている。
(……蓮は、ほんと人懐っこいよな)
蓮がゴールを決めた瞬間、チームメイトに囲われて笑っている。誰とでもすぐに仲良くなれて、その場にすぐに馴染む。きっと、それが彼にとっての“普通”なのだ。
彼にとって浩太は“特別”なんかじゃない。
(あんなふうに、なんの迷いもなく人に近づけるの、すごいな……)
不意に心の奥がちくりと傷んだ。
あの笑顔を見ると、どこか落ち着かない。触れたいようで、避けたいようで。
胸の奥がざわざわと波立つ。
(……だから何だよ。別に関係ないし)
浩太は視線をそらし、小さなため息をひとつついた。
そのとき──ふと、頭に浮かんだのは中学時代の記憶だった。
◇
「……先輩が好きなんです」
言葉を絞り出したあの日。
手のひらは汗で濡れ、鼓動は痛いほど早く、顔は焼けるように火照っていた。
けれど返ってきたのは、思ってもいなかった反応だった。
「……は?おまえ、冗談だろ?」
先輩はからかうように笑い、周囲の友達も面白がるように笑った。
「男子同士で?マジかよ~」
「お前、ノリいいな~!」
あのとき、自分の“好き”はこの人たちにとって“冗談”だったんだと思い知った。
浩太の言葉を誰も本気に受け取ってくれなかった。
◇
(もう、恋なんてしないって──)
あのとき、そう決めた。
誰かを好きになって、壊れてしまうくらいなら。
冗談だと笑われて消えたくなるくらいなら。
──誰も好きにならない方が、楽だ。
でも、蓮といると。
そのまっすぐな目線を、素直な言葉を向けられると──
(……揺れるな、俺)
無理やり視線を外して、腕を組み直す。
グランドにいる蓮は、またひとつゴールを決めていた。歓声が彼を包み込んでいる。
その中心にいる彼のまっすぐな笑顔がまぶしかった。
◇
「あ、もうすぐ花火大会だって」
「えー、今年どうする?浴衣着ちゃう?」
「いいねー!着よ着よ!」
クラスの女子たちの会話が自然と耳に入ってくる。
浩太の住む地域では花火大会があり、毎年多くの人で賑わっている。
(花火大会、か……)
浩太は小さくため息をついた。
(あの日以来、行ってないな……)
浩太が同じ部活の男先輩に告白したのも、花火大会の日だった。
思わずこぼれてしまったあの告白は、浩太にとっていい思い出ではない。
テレビ中継などで花火をみるたびに、あの時の苦い記憶がよみがえってしまうのだった。
◇
放課後。
授業がようやく終わり、浩太は急いで昇降口へと向かった。
今日は蓮と勉強会の約束をしていたが、授業の延長で少し遅れてしまっていた。
「……蓮!遅くなってごめ──」
そう声を掛けようとして、浩太は慌てて物陰に隠れた。
昇降口の柱の陰に、数人の女子が蓮を囲んでいた。
「ねえ、蓮!一緒に花火大会行こうよー!」
「他の男子も誘うからさ、楽しいよ?」
「……ごめん。もしかしたら他の人と行くかも」
「え~、それだったらその人たちも一緒に行こうよ~!」
「ほんと、ごめん」と蓮は穏やかに返していた。
その場は軽く流し、蓮は女子たちに笑顔で頭を下げた。
女子たちが蓮から離れていったところで、浩太は顔を出した。
蓮はすぐに浩太の姿に気がついた。
「あ、浩太先輩!」
「……遅くなってごめん」
「いえいえ、俺も遅れて来たので大丈夫です」
昇降口の壁には例の花火大会のポスターが何枚も貼られている。
浩太はそのポスターに目を向けた。
「……花火大会か」
「もう来週ですね。……浩太先輩は花火大会、誰かと行く予定ありますか?」
「いや、ないよ。……中学以来、行ってないし」
「あの……よかったら、一緒に行きませんか?花火大会」
「え?」
不意を突かれて浩太が立ち止まると、蓮は一気にまくしたてた。
「ほら……勉強を頑張っているご褒美的なあれです!」
「男二人で行って楽しいか?」
「楽しいですよ、絶対!」
「さっき、女子に誘われてたじゃん。その子たちとは行かないのか?」
「……見てたんですか?」
蓮は少しだけ目を丸くして、苦笑した。
「まあ、そういうのは他の子と行く方が盛り上がるだろ」
そう言いながらも、浩太は胸の奥にかすかな痛みが走ったのを感じた。
◇
花火大会の話を断ったあと、二人はいつものように蓮の家で勉強会をしていた。
けれど、蓮はどこかうわの空でなかなか集中できていなかった。
「蓮?その問題進んでないぞ」
「あ、はい、今やろうと思っていたところです……」
浩太は呆れたようにため息をつく。
「これ、明日提出なんだろ?しっかりやれって」
「……すみません」
しゅんとした顔でうつむく蓮を見て、浩太は内心苦く笑った。
(やっぱり、花火大会のこと引きずってるよな……)
浩太は視線を問題集に戻しながらも、ちらっと蓮の横顔を横目で見た。少し沈んだその表情に、なぜか胸の奥が締めつけられる。
意地悪を言うつもりはなかった。
(あんなふうに期待されたら、俺……)
(……いや、俺自身が怖いだけだ)
「なんでそんなに花火大会に行きたいんだ?」
浩太はふいに口を開いた。
蓮は少しだけ間を置いて答えた。
「……憧れなんです。誰かと浴衣着て行って、屋台を回って……花火を見る。そういうの、してみたくて」
「……」
「でも、誰でもいい訳じゃなくて……」
浩太は何も返せなかった。
言葉を飲み込んだまま、ペンを握りしめる。
まっすぐで、無邪気で素直で。だからこそ、断ったのに。
(行っても、いいのかもしれない)
少しだけそう思った。
浩太は教室の窓辺にもたれて、ぼんやりと外を眺めていた。
運動場は体育の授業中らしく、下の学年がサッカーのミニゲームをしているらしい。そのなかで、ひときわ目立って動き回っている生徒がいた。
──蓮だった。
走るスピードもパスも、ゴールセンスも抜群。
浩太の知る、いつも明るくて、つかみどころのない笑顔の裏にこんな運動神経を隠していただなんて思わなかった。
「あ、蓮だ……」
浩太は思わず小さく呟いた声を、背後から聞きつけた者がいた。
「浩太~!なに見てんの?」
「あ、宗介」
話しかけてきたのは、クラスメイトの宗介だった。浩太と同じように窓の外を覗き込みながら、からかうように言う。
「なに?可愛い子でも見つけた?浩太の顔、ゆるんでたぞー」
「ちげーよ。ただの知り合い。最近話すようになった後輩の子がいてさ……ほら、今ゴール決めたやつ。あいつだよ」
「あー……あの子か。俺、名前聞いたことあるな。瀬川蓮くんだろ?」
「え、知ってんの?」
「部活の後輩がよく言ってるよ。“顔が天才”、“学年一モテる”って。かなり人気者らしい」
「……そりゃ、あのルックスじゃモテるだろうな」
浩太は再びグランドに視線を戻した。
活発に走り回る蓮の姿は、まぶしいほどに輝いている。
(……蓮は、ほんと人懐っこいよな)
蓮がゴールを決めた瞬間、チームメイトに囲われて笑っている。誰とでもすぐに仲良くなれて、その場にすぐに馴染む。きっと、それが彼にとっての“普通”なのだ。
彼にとって浩太は“特別”なんかじゃない。
(あんなふうに、なんの迷いもなく人に近づけるの、すごいな……)
不意に心の奥がちくりと傷んだ。
あの笑顔を見ると、どこか落ち着かない。触れたいようで、避けたいようで。
胸の奥がざわざわと波立つ。
(……だから何だよ。別に関係ないし)
浩太は視線をそらし、小さなため息をひとつついた。
そのとき──ふと、頭に浮かんだのは中学時代の記憶だった。
◇
「……先輩が好きなんです」
言葉を絞り出したあの日。
手のひらは汗で濡れ、鼓動は痛いほど早く、顔は焼けるように火照っていた。
けれど返ってきたのは、思ってもいなかった反応だった。
「……は?おまえ、冗談だろ?」
先輩はからかうように笑い、周囲の友達も面白がるように笑った。
「男子同士で?マジかよ~」
「お前、ノリいいな~!」
あのとき、自分の“好き”はこの人たちにとって“冗談”だったんだと思い知った。
浩太の言葉を誰も本気に受け取ってくれなかった。
◇
(もう、恋なんてしないって──)
あのとき、そう決めた。
誰かを好きになって、壊れてしまうくらいなら。
冗談だと笑われて消えたくなるくらいなら。
──誰も好きにならない方が、楽だ。
でも、蓮といると。
そのまっすぐな目線を、素直な言葉を向けられると──
(……揺れるな、俺)
無理やり視線を外して、腕を組み直す。
グランドにいる蓮は、またひとつゴールを決めていた。歓声が彼を包み込んでいる。
その中心にいる彼のまっすぐな笑顔がまぶしかった。
◇
「あ、もうすぐ花火大会だって」
「えー、今年どうする?浴衣着ちゃう?」
「いいねー!着よ着よ!」
クラスの女子たちの会話が自然と耳に入ってくる。
浩太の住む地域では花火大会があり、毎年多くの人で賑わっている。
(花火大会、か……)
浩太は小さくため息をついた。
(あの日以来、行ってないな……)
浩太が同じ部活の男先輩に告白したのも、花火大会の日だった。
思わずこぼれてしまったあの告白は、浩太にとっていい思い出ではない。
テレビ中継などで花火をみるたびに、あの時の苦い記憶がよみがえってしまうのだった。
◇
放課後。
授業がようやく終わり、浩太は急いで昇降口へと向かった。
今日は蓮と勉強会の約束をしていたが、授業の延長で少し遅れてしまっていた。
「……蓮!遅くなってごめ──」
そう声を掛けようとして、浩太は慌てて物陰に隠れた。
昇降口の柱の陰に、数人の女子が蓮を囲んでいた。
「ねえ、蓮!一緒に花火大会行こうよー!」
「他の男子も誘うからさ、楽しいよ?」
「……ごめん。もしかしたら他の人と行くかも」
「え~、それだったらその人たちも一緒に行こうよ~!」
「ほんと、ごめん」と蓮は穏やかに返していた。
その場は軽く流し、蓮は女子たちに笑顔で頭を下げた。
女子たちが蓮から離れていったところで、浩太は顔を出した。
蓮はすぐに浩太の姿に気がついた。
「あ、浩太先輩!」
「……遅くなってごめん」
「いえいえ、俺も遅れて来たので大丈夫です」
昇降口の壁には例の花火大会のポスターが何枚も貼られている。
浩太はそのポスターに目を向けた。
「……花火大会か」
「もう来週ですね。……浩太先輩は花火大会、誰かと行く予定ありますか?」
「いや、ないよ。……中学以来、行ってないし」
「あの……よかったら、一緒に行きませんか?花火大会」
「え?」
不意を突かれて浩太が立ち止まると、蓮は一気にまくしたてた。
「ほら……勉強を頑張っているご褒美的なあれです!」
「男二人で行って楽しいか?」
「楽しいですよ、絶対!」
「さっき、女子に誘われてたじゃん。その子たちとは行かないのか?」
「……見てたんですか?」
蓮は少しだけ目を丸くして、苦笑した。
「まあ、そういうのは他の子と行く方が盛り上がるだろ」
そう言いながらも、浩太は胸の奥にかすかな痛みが走ったのを感じた。
◇
花火大会の話を断ったあと、二人はいつものように蓮の家で勉強会をしていた。
けれど、蓮はどこかうわの空でなかなか集中できていなかった。
「蓮?その問題進んでないぞ」
「あ、はい、今やろうと思っていたところです……」
浩太は呆れたようにため息をつく。
「これ、明日提出なんだろ?しっかりやれって」
「……すみません」
しゅんとした顔でうつむく蓮を見て、浩太は内心苦く笑った。
(やっぱり、花火大会のこと引きずってるよな……)
浩太は視線を問題集に戻しながらも、ちらっと蓮の横顔を横目で見た。少し沈んだその表情に、なぜか胸の奥が締めつけられる。
意地悪を言うつもりはなかった。
(あんなふうに期待されたら、俺……)
(……いや、俺自身が怖いだけだ)
「なんでそんなに花火大会に行きたいんだ?」
浩太はふいに口を開いた。
蓮は少しだけ間を置いて答えた。
「……憧れなんです。誰かと浴衣着て行って、屋台を回って……花火を見る。そういうの、してみたくて」
「……」
「でも、誰でもいい訳じゃなくて……」
浩太は何も返せなかった。
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