【完結】君の笑顔を信じたい

加賀ユカリ

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第一章

8.お見舞い

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『すみません、体調崩しちゃいました……。明日の勉強会は中止でお願いします』

 花火大会の翌日。
 蓮からそんなメッセージが届いた。

 (花火大会のが響いたのかな……)

 ──、というのは。
 蓮が、小さな子どもが持っていた水風船を浴びてしまった出来事。

 ◇

「大変混雑しています!ゆっくりと前へお進みください!」

 放送が何度も鳴り響き、人でごった返す駅前。前へ進むのも一苦労であった。

 少しでも涼しい風が吹けばいいと思っていたのに、夜風は肌寒さを連れてきた。濡れた浴衣のせいで蓮の身体は余計に冷えてしまったのだろう。


『大丈夫か?今日は日曜だし、ゆっくり休めよ』

 浩太はスマホをじっと見つめ、いくつか候補を消しては打ち直し、結局この一文だけを送った。

 ◇

 翌朝。

 蓮は学校を休んでいた。

 教室の席に座りながら、浩太はスマホを開いたり閉じたりを繰り返す。画面には、蓮からの返信が映っている。

『ありがとうございます。熱がなかなか引かなくて……喉も痛くて。今日は大人しく寝てます』

(……けっこうヤバそうだな)

「はぁ……」

 思わず出たため息に、横から声がかかった。

「浩太~?どうしたんだよ、ため息なんかついて」
「あ、宗介」

 クラスメイトの宗介が、隣の席にドカッと腰を下ろす。

「お前、土曜日に花火大会に行ったって言ってなかったか?楽しかったんじゃねーの?」
「まあな……」
「知り合いとか会った?」

 一瞬、浩太の頭の中に中学の先輩・晶の顔が浮かんだ。

「あ、ああ。中学の時の先輩にばったり会った」
「へえ~。卒業以来って感じ?」
「うん。お互い『久しぶりですね~』って感じでさ」

 浩太が笑って誤魔化すように言うと、宗介はふぅんと顎を引いた。

「……なんか他にも──」
「そ、そう!蓮が風邪引いたんだよ。だから心配でさ」

 浩太は、宗介の言葉を遮るように慌てて話題を変えた。

「瀬川くんが?風邪?」
「うん。熱が出て……喉も痛いんだってさ」

「そりゃ心配だな」という宗介の言葉とともに、授業開始のチャイムが教室に鳴り響いた。


 ◇

 放課後。
 授業を終え、校門をくぐったタイミングでスマホの通知が震えた。

 画面には蓮の名前が表示されている。

『熱、結構高くなってきた。薬とか飲み物、あとうどん食べたい』

 (え……?)

 メッセージの口調に、浩太は目を細めた。

 (なんかいつもより素直……いや、っていうか)

 その直後、もう一通通知が鳴る。

『あっ……ごめんなさい!!間違えました!!!』

 (親に送るつもりだったのか……)

 どうしてだろうか。
 その“間違い”がちょっとだけ嬉しかった。

 自分に向けて無防備な顔を見せたこと。
 いつもなら絶対にあり得ない口調で自分を頼ってくれたこと。

 (本当は間違いじゃなくても良かったのに……)

『分かった。今から行く』

 浩太はメッセージを送り、ドラッグストアへと向かった。

 ◇

 買い込んだ解熱剤とスポーツドリンク、そしてうどんを袋に詰めて、蓮の家の前へとたどり着いた。
 蓮の家は勉強会で何度か訪ねたことがある。白地の壁に青みがかった屋根が印象的である。

「……出ないな」

 インターホンを押しても反応はない。蓮のスマホに電話をかけると──すぐそばから着信音が聞こえた。

 (まさか……)

 ドアノブに手をかけると、意外にもドアは開いていた。

「蓮……?」

 中に入ると、廊下の先で倒れかけている蓮の姿が見えた。

「おい!蓮!!」

 浩太は慌てて駆け寄り、抱きかかえる。
 蓮の額に手を当てると、焼けるように熱かった。

「はぁ……浩太……先輩……?」
「お前、買い物行こうとしたのか?」
「ちょっとだけ……動けると思ったんですけど……ダメでした……」
「バカ……そんな状態で……」


 蓮を抱え上げ、寝室まで運ぶ。

 背は高いが、思ったよりも軽い。熱のせいか蓮の身体は全く力が入っていなかった。

「俺、重くないですか……?」
「いいから、大人しく運ばれてろ……」
「はい……」



 部屋に着き、浩太はそっと蓮をベッドに寝かせた。高熱のせいか、蓮の髪も襟元も汗でぐっしょりと濡れている。

「……ありが、とうございます……」

 かすれた声で蓮が言った。その声は力がなく、聞いているだけでも心配になるほどであった。

「……汗、気持ち悪いよな。身体、拭こうか?タオルとか借りるぞ?」

 蓮は小さく頷いた。返事が出来ないほど、しんどいらしい。


 浩太は静かに部屋を出て、洗面所から濡れタオルと体温計を用意し、買ってきたスポーツドリンクと薬を手に戻ってきた。
 ベッドの上では、蓮が毛布を抱え込むようにして丸まっている。

「蓮、水分とろう。少しずつでいいから」

 浩太はそっと背中に腕を回して支え、スポーツドリンクのキャップを開けた。蓮は言われるがまま、ほんの少しずつ口にする。

「薬も飲めるか?」
「……はい……」

 解熱剤を渡し、水で流し込ませる。だが、やはりその手元はおぼつかず、浩太はさっと手を添えた。

「……身体拭くからな。服、めくっていいか?」

 蓮は反射的にパジャマのボタンに手をかけるが、指先に力が入らないのか、うまく外れない。

「俺がするから、無理すんな。……リラックスしてろ」
「はい……」

 浩太がゆっくりと上半身のボタンを外し、パジャマの前を開く。
 濡れタオルで額、首筋、鎖骨あたりを優しく拭くと、蓮が微かに吐息を漏らした。

「……気持ち、いいです」
「そりゃこれだけ熱あったらな。ちゃんと汗拭かないと余計辛いだろ。……親御さんは?」
「朝は……まだ熱がそこまでじゃなかったから……大丈夫って言って……出勤してもらいました……」
「何時に帰って来る予定なんだ?」
「……夜七時くらい、です」

 浩太は一度、蓮の頬に触れるようにして体温を確かめた。

 (まだ高いな……)

 躊躇いもせず、静かに言った。

「それまで俺がいる。ひとりにさせられないからな」
「……え、でも……」
「間違えたとしても俺に連絡してきたんだろ?だったらちゃんと看病させてくれよ」

 蓮は驚いた顔のまま数秒黙っていたが、ほっとしたように呟いた。

「ありがとうございます……」

 上半身を拭き終え、替えのTシャツに着せ直した。

「じゃあ、少し寝ような。薬も飲んだし、しっかり休め」
「……はい……」

 そう言った直後、蓮の瞳は静かに閉じられた。安心したように、すぐに穏やかな寝息を立てはじめる。

 その寝息を聞きながら、浩太はそっと髪を撫でる。

 (間違いでも、頼られるのも悪くないな……)

 心のどこかでずっと蓮を遠ざけようとしていた。
 こうして、彼の無防備な姿を見るたびに──

 ほんの少しずつ、怖さが薄れていくのを感じた。
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