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第五章
29.再会
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春休みの後半、三月の終わり。
桜がようやく蕾を開きはじめたある日。
浩太と蓮は、久々に二人きりで街へ出かけていた。
大学の準備やバイト探し、引っ越しの手伝い──
慌ただしい毎日だったが、今日は貴重な“予定のない日曜日”だった。どこかに行こうという明確な目的もない。けれど、だからこそ貴重で、なんでもないこの時間が特別だった。
「浩太先輩、あの……」
信号待ちの横断歩道で、蓮がぽつりと声を出した。少しだけ早足になっていた浩太のコートの袖を、控えめにぎゅっと引っ張る。
浩太が後ろへ視線を向けると、蓮のもう一方の手が、さりげなく差し出されていた。
その仕草が意味するものを、浩太はすぐにわかった。
(……手、繋ごうってことか)
ほんの数秒の沈黙。
浩太は手元を見つめたまま、視線をすぐに逸らす。
「……人、多いからさ。あとで」
蓮は「そうですか」と小さく笑って手を引っ込めた。その横顔は笑っていたけれど、どこか寂しげだった。
浩太は、それに気づいていた。
今日の蓮が、少しだけ“期待していた”ことも、ちゃんとわかっていた。
だけど──人目があることが、なぜか妙に気になってしまう。
街の中で、堂々と「恋人らしいこと」をするのが、なぜかまだほんの少しだけ恥ずかしかった。
そんな自分に、心の中で舌打ちしたくなる。
(何やってんだ俺……)
言い訳にしか聞こえない断り方だったと、自分でも思う。
歩道橋を渡って、川沿いの桜並木へと足を向けたときだった。
「──あれ、浩太?」
聞き覚えのある声が、後ろから声が飛んできた。
振り返ると、やや大柄な男が手を振っていた。
筋肉質な体格に爽やかな笑顔、髪はやや明るめの茶。
「あ、晶先輩……!」
浩太の中学時代の先輩、晶だった。
蓮も一度会っている。花火大会の夜──浩太が自分の過去を少しだけ蓮に明かした、あのとき。
「ひさしぶり。元気にしてた?」
「ええ、まあ。晶先輩こそ」
「お、そっちの子……あのときの?」
蓮は軽く会釈した。
「こんにちは。あのときはどうも」
晶は笑って「いやいや、こっちこそ」と手を振った。
「もしかして……デート中だった?」
その言葉に、浩太の中で何かが引っかかった。
ここでごまかすこともできる。でも、振り返ったとき、さっきの蓮の表情がよぎる。
だから、浩太はまっすぐ晶を見て言った。
「はい。こいつ、俺の恋人です」
蓮が、ぴくっと反応した。
「へえ!そうなんだ。そっか、そっか……よかったな!」
晶の笑顔は、からかうようでいて、真剣なものだった。
中学時代のことを知っている人に、ちゃんと「今」を伝えられたことに、浩太は少しだけ肩の荷が下りた気がした。
「じゃ、ふたりとも楽しんでな。……大事にしろよ、浩太」
「……はい」
晶が去っていくのを見送って、浩太は静かに息を吐いた。
その横で、蓮がじっとこちらを見ていた。
「……今の」
「うん」
「“恋人です”って、言ってくれて、うれしかったです」
蓮の頬が少しだけ赤くなっている。
その顔を見て、浩太はようやく向き合えた気がした。
「あのさ、さっき……手、繋ごうとしただろ」
「はい……でも、無理にとは」
「……ごめん。あのとき、変に気にしちゃって」
「……気にしないでいいですよ。俺も、急にでしたし」
「でも、今は──」
浩太は言葉を切って、ゆっくり蓮の手を取った。
やわらかくて、少しひんやりした指先。
「もう、誰に見られても平気だ」
「浩太先輩……」
「俺の恋人なんだから、堂々としてろよ」
「……はい」
蓮はうれしそうに頷いて、浩太の手をぎゅっと握り返した。
周りには人がいたけれど、不思議ともう気にならなかった。
春の風がふたりの間をふわりと通り抜けていく。
満開にはまだ早い桜の木の下で、ふたりは手を繋いで歩き出す。
──ひと足早い春が、そこにあった。
駅の改札をくぐる前、ふたりは少し歩道の脇に寄って立ち止まった。
人通りは多く、夕方のざわめきが周囲を包む中で、蓮はふいに口を開いた。
「浩太先輩」
「ん?」
「俺、浩太先輩との関係──周りには秘密でもいいですよ。……むしろ、そうしたいです」
浩太が一瞬、驚いたように目を見開く。
「……なんで? そんな、恥ずかしいとか?」
「違いますよ」
蓮はふっと笑った。
けれどその目は、いつもより真っ直ぐに浩太を見ていた。
「……だって、俺の隣にいるときの浩太先輩が、一番可愛いですから」
「……っ!?」
一瞬で顔が熱くなるのが分かった。
この子はときどき、突然爆弾みたいなことを言ってくる。
しかも真顔で。
「か、可愛いとか言うなよ……!」
「可愛いです。さっき手をつなぐときも、俺には全部わかるんですよ」
蓮の声は低く、でもどこか楽しげだった。
「そんな可愛い浩太先輩の顔なんて、俺だけが知っていればいいんですよ?」
「……お前、ほんと、ずるい」
「何がですか?」
「そうやって……俺をドキドキさせてばっかで」
蓮はにやりと笑い、そっと手を伸ばして、浩太の指先にふれた。
「それは、浩太先輩のことが好きだから、ですよ」
「……っ」
そう言われるたびに、浩太は思う。
──自分なんかじゃ足りない、そう思っていた過去の自分に、
今この手のあたたかさを伝えてやりたい、と。
蓮はもう何も隠さない。
だから、浩太もきっと、ちゃんと向き合っていかなきゃいけない。
「……俺も好きだよ、お前が」
その言葉に、蓮の笑みが少しやわらいだ。
ふたりの距離は、春の空気の中で、静かに、でも確かに近づいていた。
桜がようやく蕾を開きはじめたある日。
浩太と蓮は、久々に二人きりで街へ出かけていた。
大学の準備やバイト探し、引っ越しの手伝い──
慌ただしい毎日だったが、今日は貴重な“予定のない日曜日”だった。どこかに行こうという明確な目的もない。けれど、だからこそ貴重で、なんでもないこの時間が特別だった。
「浩太先輩、あの……」
信号待ちの横断歩道で、蓮がぽつりと声を出した。少しだけ早足になっていた浩太のコートの袖を、控えめにぎゅっと引っ張る。
浩太が後ろへ視線を向けると、蓮のもう一方の手が、さりげなく差し出されていた。
その仕草が意味するものを、浩太はすぐにわかった。
(……手、繋ごうってことか)
ほんの数秒の沈黙。
浩太は手元を見つめたまま、視線をすぐに逸らす。
「……人、多いからさ。あとで」
蓮は「そうですか」と小さく笑って手を引っ込めた。その横顔は笑っていたけれど、どこか寂しげだった。
浩太は、それに気づいていた。
今日の蓮が、少しだけ“期待していた”ことも、ちゃんとわかっていた。
だけど──人目があることが、なぜか妙に気になってしまう。
街の中で、堂々と「恋人らしいこと」をするのが、なぜかまだほんの少しだけ恥ずかしかった。
そんな自分に、心の中で舌打ちしたくなる。
(何やってんだ俺……)
言い訳にしか聞こえない断り方だったと、自分でも思う。
歩道橋を渡って、川沿いの桜並木へと足を向けたときだった。
「──あれ、浩太?」
聞き覚えのある声が、後ろから声が飛んできた。
振り返ると、やや大柄な男が手を振っていた。
筋肉質な体格に爽やかな笑顔、髪はやや明るめの茶。
「あ、晶先輩……!」
浩太の中学時代の先輩、晶だった。
蓮も一度会っている。花火大会の夜──浩太が自分の過去を少しだけ蓮に明かした、あのとき。
「ひさしぶり。元気にしてた?」
「ええ、まあ。晶先輩こそ」
「お、そっちの子……あのときの?」
蓮は軽く会釈した。
「こんにちは。あのときはどうも」
晶は笑って「いやいや、こっちこそ」と手を振った。
「もしかして……デート中だった?」
その言葉に、浩太の中で何かが引っかかった。
ここでごまかすこともできる。でも、振り返ったとき、さっきの蓮の表情がよぎる。
だから、浩太はまっすぐ晶を見て言った。
「はい。こいつ、俺の恋人です」
蓮が、ぴくっと反応した。
「へえ!そうなんだ。そっか、そっか……よかったな!」
晶の笑顔は、からかうようでいて、真剣なものだった。
中学時代のことを知っている人に、ちゃんと「今」を伝えられたことに、浩太は少しだけ肩の荷が下りた気がした。
「じゃ、ふたりとも楽しんでな。……大事にしろよ、浩太」
「……はい」
晶が去っていくのを見送って、浩太は静かに息を吐いた。
その横で、蓮がじっとこちらを見ていた。
「……今の」
「うん」
「“恋人です”って、言ってくれて、うれしかったです」
蓮の頬が少しだけ赤くなっている。
その顔を見て、浩太はようやく向き合えた気がした。
「あのさ、さっき……手、繋ごうとしただろ」
「はい……でも、無理にとは」
「……ごめん。あのとき、変に気にしちゃって」
「……気にしないでいいですよ。俺も、急にでしたし」
「でも、今は──」
浩太は言葉を切って、ゆっくり蓮の手を取った。
やわらかくて、少しひんやりした指先。
「もう、誰に見られても平気だ」
「浩太先輩……」
「俺の恋人なんだから、堂々としてろよ」
「……はい」
蓮はうれしそうに頷いて、浩太の手をぎゅっと握り返した。
周りには人がいたけれど、不思議ともう気にならなかった。
春の風がふたりの間をふわりと通り抜けていく。
満開にはまだ早い桜の木の下で、ふたりは手を繋いで歩き出す。
──ひと足早い春が、そこにあった。
駅の改札をくぐる前、ふたりは少し歩道の脇に寄って立ち止まった。
人通りは多く、夕方のざわめきが周囲を包む中で、蓮はふいに口を開いた。
「浩太先輩」
「ん?」
「俺、浩太先輩との関係──周りには秘密でもいいですよ。……むしろ、そうしたいです」
浩太が一瞬、驚いたように目を見開く。
「……なんで? そんな、恥ずかしいとか?」
「違いますよ」
蓮はふっと笑った。
けれどその目は、いつもより真っ直ぐに浩太を見ていた。
「……だって、俺の隣にいるときの浩太先輩が、一番可愛いですから」
「……っ!?」
一瞬で顔が熱くなるのが分かった。
この子はときどき、突然爆弾みたいなことを言ってくる。
しかも真顔で。
「か、可愛いとか言うなよ……!」
「可愛いです。さっき手をつなぐときも、俺には全部わかるんですよ」
蓮の声は低く、でもどこか楽しげだった。
「そんな可愛い浩太先輩の顔なんて、俺だけが知っていればいいんですよ?」
「……お前、ほんと、ずるい」
「何がですか?」
「そうやって……俺をドキドキさせてばっかで」
蓮はにやりと笑い、そっと手を伸ばして、浩太の指先にふれた。
「それは、浩太先輩のことが好きだから、ですよ」
「……っ」
そう言われるたびに、浩太は思う。
──自分なんかじゃ足りない、そう思っていた過去の自分に、
今この手のあたたかさを伝えてやりたい、と。
蓮はもう何も隠さない。
だから、浩太もきっと、ちゃんと向き合っていかなきゃいけない。
「……俺も好きだよ、お前が」
その言葉に、蓮の笑みが少しやわらいだ。
ふたりの距離は、春の空気の中で、静かに、でも確かに近づいていた。
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