【完結】君の笑顔を信じたい

加賀ユカリ

文字の大きさ
29 / 36
第五章

29.再会

しおりを挟む
 春休みの後半、三月の終わり。
 桜がようやく蕾を開きはじめたある日。
 浩太と蓮は、久々に二人きりで街へ出かけていた。

 大学の準備やバイト探し、引っ越しの手伝い──
 慌ただしい毎日だったが、今日は貴重な“予定のない日曜日”だった。どこかに行こうという明確な目的もない。けれど、だからこそ貴重で、なんでもないこの時間が特別だった。

「浩太先輩、あの……」

 信号待ちの横断歩道で、蓮がぽつりと声を出した。少しだけ早足になっていた浩太のコートの袖を、控えめにぎゅっと引っ張る。

 浩太が後ろへ視線を向けると、蓮のもう一方の手が、さりげなく差し出されていた。
 その仕草が意味するものを、浩太はすぐにわかった。

(……手、繋ごうってことか)

 ほんの数秒の沈黙。
 浩太は手元を見つめたまま、視線をすぐに逸らす。

「……人、多いからさ。あとで」

 蓮は「そうですか」と小さく笑って手を引っ込めた。その横顔は笑っていたけれど、どこか寂しげだった。

 浩太は、それに気づいていた。
 今日の蓮が、少しだけ“期待していた”ことも、ちゃんとわかっていた。

 だけど──人目があることが、なぜか妙に気になってしまう。
 街の中で、堂々と「恋人らしいこと」をするのが、なぜかまだほんの少しだけ恥ずかしかった。
 そんな自分に、心の中で舌打ちしたくなる。

(何やってんだ俺……)

 言い訳にしか聞こえない断り方だったと、自分でも思う。


 歩道橋を渡って、川沿いの桜並木へと足を向けたときだった。

「──あれ、浩太?」

 聞き覚えのある声が、後ろから声が飛んできた。

 振り返ると、やや大柄な男が手を振っていた。
 筋肉質な体格に爽やかな笑顔、髪はやや明るめの茶。

「あ、晶先輩……!」

 浩太の中学時代の先輩、晶だった。
 蓮も一度会っている。花火大会の夜──浩太が自分の過去を少しだけ蓮に明かした、あのとき。

「ひさしぶり。元気にしてた?」
「ええ、まあ。晶先輩こそ」
「お、そっちの子……あのときの?」

 蓮は軽く会釈した。

「こんにちは。あのときはどうも」

 晶は笑って「いやいや、こっちこそ」と手を振った。

「もしかして……デート中だった?」

 その言葉に、浩太の中で何かが引っかかった。
 ここでごまかすこともできる。でも、振り返ったとき、さっきの蓮の表情がよぎる。

 だから、浩太はまっすぐ晶を見て言った。

「はい。こいつ、俺の恋人です」

 蓮が、ぴくっと反応した。

「へえ!そうなんだ。そっか、そっか……よかったな!」

 晶の笑顔は、からかうようでいて、真剣なものだった。
 中学時代のことを知っている人に、ちゃんと「今」を伝えられたことに、浩太は少しだけ肩の荷が下りた気がした。

「じゃ、ふたりとも楽しんでな。……大事にしろよ、浩太」
「……はい」

 晶が去っていくのを見送って、浩太は静かに息を吐いた。

 その横で、蓮がじっとこちらを見ていた。

「……今の」
「うん」
「“恋人です”って、言ってくれて、うれしかったです」

 蓮の頬が少しだけ赤くなっている。
 その顔を見て、浩太はようやく向き合えた気がした。

「あのさ、さっき……手、繋ごうとしただろ」
「はい……でも、無理にとは」
「……ごめん。あのとき、変に気にしちゃって」
「……気にしないでいいですよ。俺も、急にでしたし」
「でも、今は──」

 浩太は言葉を切って、ゆっくり蓮の手を取った。
 やわらかくて、少しひんやりした指先。

「もう、誰に見られても平気だ」
「浩太先輩……」
「俺の恋人なんだから、堂々としてろよ」
「……はい」

 蓮はうれしそうに頷いて、浩太の手をぎゅっと握り返した。

 周りには人がいたけれど、不思議ともう気にならなかった。
 春の風がふたりの間をふわりと通り抜けていく。

 満開にはまだ早い桜の木の下で、ふたりは手を繋いで歩き出す。

 ──ひと足早い春が、そこにあった。



 駅の改札をくぐる前、ふたりは少し歩道の脇に寄って立ち止まった。
 人通りは多く、夕方のざわめきが周囲を包む中で、蓮はふいに口を開いた。

「浩太先輩」
「ん?」
「俺、浩太先輩との関係──周りには秘密でもいいですよ。……むしろ、そうしたいです」

 浩太が一瞬、驚いたように目を見開く。

「……なんで? そんな、恥ずかしいとか?」
「違いますよ」

 蓮はふっと笑った。
 けれどその目は、いつもより真っ直ぐに浩太を見ていた。

「……だって、俺の隣にいるときの浩太先輩が、一番可愛いですから」
「……っ!?」

 一瞬で顔が熱くなるのが分かった。
 この子はときどき、突然爆弾みたいなことを言ってくる。
 しかも真顔で。

「か、可愛いとか言うなよ……!」
「可愛いです。さっき手をつなぐときも、俺には全部わかるんですよ」

 蓮の声は低く、でもどこか楽しげだった。

「そんな可愛い浩太先輩の顔なんて、俺だけが知っていればいいんですよ?」
「……お前、ほんと、ずるい」
「何がですか?」
「そうやって……俺をドキドキさせてばっかで」

 蓮はにやりと笑い、そっと手を伸ばして、浩太の指先にふれた。

「それは、浩太先輩のことが好きだから、ですよ」
「……っ」

 そう言われるたびに、浩太は思う。

 ──自分なんかじゃ足りない、そう思っていた過去の自分に、
 今この手のあたたかさを伝えてやりたい、と。

 蓮はもう何も隠さない。
 だから、浩太もきっと、ちゃんと向き合っていかなきゃいけない。

「……俺も好きだよ、お前が」

 その言葉に、蓮の笑みが少しやわらいだ。

 ふたりの距離は、春の空気の中で、静かに、でも確かに近づいていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!? 学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。 ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。 智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。 「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」 無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。 住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!

なぜかピアス男子に溺愛される話

光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった! 「夏希、俺のこと好きになってよ――」 突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。 ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

真面目学級委員がファッティ男子を徹底管理した結果⁉

小池 月
BL
☆ファッティ高校生男子<酒井俊>×几帳面しっかり者高校男子<風見凛太朗>のダイエットBL☆  晴青高校二年五組の風見凛太朗は、初めて任された学級委員の仕事を責任を持ってこなすために日々頑張っている。  そんなある日、ホームルームで「若者のメタボ」を注意喚起するプリントが配られた。するとクラス内に「これって酒井の事じゃん」と嘲笑が起きる。  クラスで一番のメタボ男子(ファッティ男子)である酒井俊は気にした風でもないが、これがイジメに発展するのではないかと心配する凛太朗は、彼のダイエットを手伝う決意をする。だが、どうやら酒井が太っているのには事情がありーー。 高校生活の貴重なひと時の中に、自分を変える出会いがある。輝く高校青春BL☆ 青春BLカップ参加作品です!ぜひお読みくださいませ(^^♪ お気に入り登録・感想・イイネ・投票(BETボタンをポチ)などの応援をいただけると大変嬉しいです。 9/7番外編完結しました☆  

初恋ミントラヴァーズ

卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。 飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。 ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。 眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。 知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。 藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。 でも想いは勝手に加速して……。 彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。 果たしてふたりは、恋人になれるのか――? /金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/ じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。 集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。 ◆毎日2回更新。11時と20時◆

無口なきみの声を聞かせて ~地味で冴えない転校生の正体が大人気メンズアイドルであることを俺だけが知っている~

槿 資紀
BL
 人と少し着眼点がズレていることが密かなコンプレックスである、真面目な高校生、白沢カイリは、クラスの誰も、不自然なくらい気にしない地味な転校生、久瀬瑞葵の正体が、大人気アイドルグループ「ラヴィ」のメインボーカル、ミズキであることに気付く。特徴的で魅力的な声を持つミズキは、頑ななほどに無口を貫いていて、カイリは度々、そんな彼が困っているところをそれとなく助ける毎日を送っていた。  ひょんなことから、そんなミズキに勉強を教えることになったカイリは、それをきっかけに、ミズキとの仲を深めていく。休日も遊びに行くような仲になるも、どうしても、地味な転校生・久瀬の正体に、自分だけは気付いていることが打ち明けられなくて――――。

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶
BL
優等生×地味メンの学生BL。キスからはじまるすれ違いラブ。アオハル! 穂高千雪は勉強だけが取り柄の高校一年生。優等生の同クラ、藤代永輝が嫌いだ。自分にないものを持つ彼に嫉妬し、そんな器の小さい自分のことも嫌になる。彼のそばにいると自己嫌悪に襲われるのだ。 なのに、ひょんなことから脅されるようにして彼の恋人になることになってしまって…。 藤代には特異な能力があり、キスをした相手がいいなりになるのだという。 自分はそんなふうにはならないが、いいなりのふりをすることにした。自分が他者と同じ反応をすれば、藤代は自分に早く飽きるのではないかと思って。でも藤代はどんどん自分に執着してきて??

処理中です...