【完結】君の笑顔を信じたい

加賀ユカリ

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第一章

6.花火大会②

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 二人で屋台を歩き回っているうちに、空はすっかり暮れかけていた。
 群青の空に、ぽつぽつと星が滲み始める。

 気づけば、花火の打ち上げ時刻まで三十分を切っていた。

「人、増えてきたな……」

 浩太はぽつりとつぶやいた。
 人混みの流れはだんだんと川のようになっていて、意識していなければ簡単に流されてしまいそうだった。

「浩太先輩、迷子にならないでくださいね?」

 隣から蓮がからかうように言う。
 口ぶりは軽いが、その目はどこか真剣だった。

「スマホ持ってるからどうにかなるだろ」
「いやいや、これだけ人が多いとスマホも繋がりにくいですよ?」
「え、そうなのか?」

 浩太はポケットからスマホを取り出す。
 画面は、読み込み中のまま動かない。
 電波のマークは弱く、インターネットに接続できていない。

「……うわ、マジじゃん……」

 そうつぶやいた瞬間、ほんの少し背筋が冷える。
 この混雑の中でひとりになったら──
 想像するだけで、不安が胸を締めつけた。

 その時だった。

「……浩太先輩」

 蓮の声が、少しだけ低くなった。

「その、迷子にならないように──」

 そう言って、蓮はゆっくりと片手を差し出してきた。
 浴衣の袖がふわりと揺れ、白い指先がこちらを向いている。

「え……?」

 不意を突かれて、浩太の動きが止まる。

 蓮の顔は、さっきまでとは違っていた。
 優しく笑っているようで、でもどこか真剣。
 照れと緊張と、何か覚悟のようなものが滲んでいた。

「……迷子にならないためです」

 その言葉が、ゆっくりと胸に落ちてくる。
 嘘じゃない。けれど、それだけでもない。

 (……本当は、俺だって)

 怖いのは迷子になることじゃなくて、ひとりになることだ。

 浩太は、少し迷ってから、手を伸ばす。

 けれど、直に触れるのは、やっぱり気恥ずかしくて──
 彼は蓮の差し出した手を避けるように、袖の端だけをそっと摘んだ。

「……迷子にならないためなら、これでいいだろ……」
「離さないように、気をつけてくださいね」

 蓮は、少しだけ寂しそうに微笑んだ。

 浩太は、顔を正面に戻す。
 きっと、今の顔を見られたくなかった。
 鼓動が早くて、息が落ち着かなくて。
 いつも冷静なふりをしてきた自分が、少しずつ崩れていくのがわかった。

 袖越しの、手の温度。
 薄い布一枚の向こう側で、確かに命があると感じられる。

 この夜が終わったら、元に戻るかもしれない。
 でも今だけは、このぬくもりを、離したくなかった。

 ◇

 人混みの流れに任せながら、ふたりはゆっくりと歩いた。
 屋台の明かりが通りの両端に灯り、光と影が交互に移り変わっていく。

「なんか……不思議ですよね」

 蓮がぽつりとこぼす。

「何が?」
「今日みたいな日って、非日常みたいな空気じゃないですか。いつも通ってる駅前が、まったく別の街みたいに見える」
「……ああ、確かに」

 言われてみて、浩太も周囲を見渡した。
 提灯の灯り、浴衣姿の人々、流れる金魚すくいの水音、風に乗ってくる焼きそばの匂い。

 いつも通りの場所が、まるで夢の中みたいにきらめいている。
 それはきっと、隣にいる人が変わったから──

「でも、きっとまた普通の駅前に戻っちゃうんですよね」

 蓮の言葉に、ほんの少しだけ影がさす。

「……戻ったって、記憶は残るだろ」
「……そっか」
「むしろ……戻っちゃうからこそ、残るっていうか」
「じゃあ、今日のことも……残りますか?」

 蓮は、そっと聞いてきた。

 振り返ると、蓮がまっすぐこちらを見ていた。
 夜風に髪が揺れて、提灯の明かりが頬を照らしていた。
 子どもみたいに素直で、だけど大人びたまなざし。

「……残るよ。たぶん、ずっと」

 浩太は、素直に言葉を出していた。
 嘘じゃない。たぶん、本当にそう思っていた。

 この感情が何か、まだはっきりしない。
 でも、胸に刻まれていく気配だけは確かだった。

 ◇

 そして──その時だった。

「……浩太?」

 突然、背後から声がかかる。

 不意に、手を離しかける。
 でもその声に聞き覚えがあって、動きが止まった。

「え?」

 振り返ると、そこにいたのは──

あきら……先輩?」

 中学のとき、確かに“好き”だった人。
 そして、告白して、振られて、それきりだった人。
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