【完結】君の笑顔を信じたい

加賀ユカリ

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第二章

12.視線の片隅には

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 朝の空気に、夏の名残と秋の気配が入り混じる季節となった。

 浩太の通う高校では体育大会が目前に迫り、校内には一段と熱気が満ちていた。
 放課後のグラウンドでは、あちこちのクラスが練習をしており、笛の音や声援が絶え間なく響いている。

「浩太ー、バトン練習もう一回いくぞ!」
「了解」

 額の汗を手の甲でぬぐいながら、浩太は軽くうなずいてスタート位置に戻った。背後には、リレーのチームメイトたちが楽しげに談笑している。

 浩太のクラスは、クラス対抗リレーのメンバーに彼を選出していた。スタートダッシュに定評のある陸上部の男子と、体力に自信のある生徒数名。そして、アンカーにはバスケ部の女子が選ばれた。

 ──浩太は、二走目。

 地味なポジションではあるが、だからこそバトンパスの正確さと安定感が求められる。

(任されたなら、やるしかないよな)

 浩太は何度もトラックを走り、バトンの受け渡しを繰り返した。
 タイミング、手の出し方、声のかけ方──地味で細かい部分まで丁寧に。

 隣のトラックでは、別のクラスが円陣を組んで盛り上がっていた。声を上げて気合を入れるその姿に、少しだけ胸があつくなる。

(……こんなふうに、誰かと本気で協力するのって、久しぶりだな)

 受験を控えた三年生にとって、体育大会は残り少ない『全員で何かを成し遂げる』イベントでもある。それぞれの目標は違えど、『今この瞬間の全力』が、確かにここにはあった。

 特別な思いがあるわけじゃない。けれど、仲間と声をかけ合い、全力で走る今この時間には、確かに心が動いていた。

「浩太、バトン受け渡しスムーズだったな!あれでいこうぜ!」
「うん、テンポは悪くなかったと思う。前の子と少し距離詰めた方が、走り出しやすいかも」

 自然に、クラスメイトとの会話も増えた。
 普段は話す機会の少ないクラスメイトとも、走ることで距離が縮まる感覚があった。

(なんだ、やればできんじゃん、俺たち)

 ほんの少し、そんな風に思えた矢先。

 ふと、視線の先に、蓮のクラスが視界に入った。

 ──リレー練習。
 同じようにバトンを繋ぎながら走る蓮の姿があった。

 軽やかなフォーム。
 真剣な横顔。

 けれど、見てしまったその瞬間に、また胸の奥が痛む。

 蓮の隣には、あの時の女子──自分のことを品定めするように見てきた子がいた。
 彼女は笑いながら蓮に話しかけ、蓮も無理に作ったような笑顔で応えている。

(……距離を置くなら、せめて普通にしてくれよ)

 胸の内に、言葉にならないもやが渦を巻いた。

「浩太!次、タイム計ってみて!」
「ああ、いいよ」

 浩太は笑顔を作って、再びトラックへ戻っていった。
 掛け声、走る音、風の匂い。
 全てが目の前にあるはずなのに、どこか現実感が薄れているような、そんな気がした。

 返事をしながらも、気持ちは少しだけ沈んでいた。

 走る。声を出す。笑う。
 今、この場に集中しようと思っても──

 どうしても、視線の端で蓮を追ってしまう自分がいた。

(どうして、あいつは何も言ってくれないんだ)

 すれ違いの理由が分からないまま、日々だけが進んでいく。

 汗が首筋をつたって落ちていく。
 その冷たさに紛れるようにして、胸の内にある熱だけが、静かに、確かに、滲んでいく。
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