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第二章
10.噂話
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蓮の家にお見舞いに行ったあの日から、数日が経過した。
残暑が色濃く残る朝。
青空の下、校門前には蝉の声が響いていた。
昇降口で上履きに履き替えていると、前方に見慣れた後ろ姿が目に入った。
「……蓮」
呼びかけると、彼──蓮はふいに振り返った。いつもと変わらない明るい笑顔がそこにあった。
「浩太先輩!おはようございます」
「もう体調は大丈夫なのか?」
「はい!おかげさまで、すっかり元気になりました!」
久々に見る蓮の姿は、どこか少しやせたようにも見えたけれど、顔色はよく、声には張りがあった。
「よかった。無理はするなよ」
「大丈夫です。……先輩、今日の授業、物理ですよね?予習しておいてくださいね、勉強会の時のために!」
「お前が言うな。……じゃあ、また放課後な」
そんな調子のいいやりとりに、浩太は自然と笑みがこぼれる。蓮と並んで廊下を歩き、階段の手前で別れた。
浩太の教室は二階、蓮の教室は三階。蓮は軽やかな足取りで階段を上がっていった。
その背中を見送りながら、浩太はなぜか胸の奥にぽっと灯るものを感じていた。
言葉にするには少し照れくさいけれど、それはきっと嬉しさだった。
けれど、背後から届いた複数の声が、浩太の耳を引き戻した。
「えっ、蓮だ」
「あ、復活してる!たしか風邪だったんでしょ?」
「学校つまんないよね~、蓮がいないと!」
聞き覚えのある声だった。何気なく振り返った浩太の目に、二年生の女子たちが映った。
(……あの子たち、花火大会の時……蓮を誘ってたやつらか)
蓮はその声に気づかないまま、階段の上へと消えていく。
残された女子たちは、談笑しながら蓮の話を続けていた。
「ねえ、聞いた? 蓮、花火大会にいたんだって」
「えっ、そうなの? 誘っても来てくれなかったのに~」
「しかもさ、男の先輩といたって」
その瞬間、周辺の空気が凍りつくように静まり返った。
浩太が違和感を覚えて振り向いたときには──女子たちの視線が、まっすぐ自分に向けられていることに気づいた。
「……あれ? もしかして、蓮が言ってた“浩太先輩”って……この人?」
「うわ……なんか普通っていうか……思ってたより地味じゃない?」
遠慮のない視線が、浩太を頭のてっぺんから足先まで舐めるように通り抜ける。
まるで、「なんでそんな人と一緒に?」と顔に書いてあるようなあからさまな目つきだった。
(……これ、完全に冷やかされてるな)
「いや……あの、蓮とはただの知り合いだから……。すみません」
居心地の悪さに耐えきれず、浩太はその場を早足で離れた。
後ろからくすくすと笑うような声が聞こえた気がしたけれど、浩太は振り返ることはしなかった。
◇
それから、浩太が廊下を歩いていると、どこからかちらちらと視線を感じることが増えた。
主に二年生──蓮の学年の生徒たちだった。
すれ違いざまにひそひそと会話が交わされ、浩太の存在が話題に上っているのが分かる。
(ま、気にするほどじゃない……か)
そう自分に言い聞かせていたものの、胸の奥には重く引っかかる感情が残った。
“蓮の周囲”というフィルターを通すと、急に自分が場違いな存在のように思えてしまう。
放課後、勉強会をしようとメッセージを送ったが──既読がついたきり、蓮からの返事はなかった。
◇
翌日。
朝の昇降口で再び蓮を見かけた。
声をかけようとしたが、彼は周囲の友人と話しており、浩太には気づいていないようだった。
……いや、気づいていても気づかないふりをしている、そんな気もした。
放課後になっても、蓮からの連絡はなかった。
少し遅れて教室を覗いたが、彼の席はすでに空だった。
(もしかして──避けられてる?)
はっきりとそう確信したのは、週末前の金曜日の放課後。
教室の前でばったり会った蓮は、明らかに驚いた顔をして立ち止まった。
「お、お疲れさまです」
「ああ……お前、最近全然メッセージ返さねーじゃん。忙しかったか?」
「……すみません。ちょっと……いろいろ、あって」
浩太が明るく声を掛けても、俯いたままの蓮の声は、どこかぎこちなく、距離を測るようなものだった。
その背後に、クラスメイトらしき女子たちの笑い声が聞こえてくる。
蓮はそれを気にしてか、早口で言葉を継いだ。
「また、落ち着いたら連絡します。じゃあ!」
「……あ、蓮!」
呼び止めたつもりだったが、蓮は振り返らなかった。
(……あいつ、完全に距離置こうとしてるな)
けれど、なぜ?
浩太にはわからなかった。
むしろ、あの夜──看病したときの蓮の姿、熱に浮かされたまま自分に寄りかかってきたあのぬくもりが、今も指先に残っているのに。
あんな顔、あんな弱さ、浩太にしか見せていないはずなのに。
(もしかして……俺が、迷惑だったのか?)
どうしても答えが見えず、もやもやとした思いだけが胸に残る。
その日、帰り道の空はどこまでも青く澄んでいた。
だけど、心はなぜか重く、足取りは晴れないままだった。
残暑が色濃く残る朝。
青空の下、校門前には蝉の声が響いていた。
昇降口で上履きに履き替えていると、前方に見慣れた後ろ姿が目に入った。
「……蓮」
呼びかけると、彼──蓮はふいに振り返った。いつもと変わらない明るい笑顔がそこにあった。
「浩太先輩!おはようございます」
「もう体調は大丈夫なのか?」
「はい!おかげさまで、すっかり元気になりました!」
久々に見る蓮の姿は、どこか少しやせたようにも見えたけれど、顔色はよく、声には張りがあった。
「よかった。無理はするなよ」
「大丈夫です。……先輩、今日の授業、物理ですよね?予習しておいてくださいね、勉強会の時のために!」
「お前が言うな。……じゃあ、また放課後な」
そんな調子のいいやりとりに、浩太は自然と笑みがこぼれる。蓮と並んで廊下を歩き、階段の手前で別れた。
浩太の教室は二階、蓮の教室は三階。蓮は軽やかな足取りで階段を上がっていった。
その背中を見送りながら、浩太はなぜか胸の奥にぽっと灯るものを感じていた。
言葉にするには少し照れくさいけれど、それはきっと嬉しさだった。
けれど、背後から届いた複数の声が、浩太の耳を引き戻した。
「えっ、蓮だ」
「あ、復活してる!たしか風邪だったんでしょ?」
「学校つまんないよね~、蓮がいないと!」
聞き覚えのある声だった。何気なく振り返った浩太の目に、二年生の女子たちが映った。
(……あの子たち、花火大会の時……蓮を誘ってたやつらか)
蓮はその声に気づかないまま、階段の上へと消えていく。
残された女子たちは、談笑しながら蓮の話を続けていた。
「ねえ、聞いた? 蓮、花火大会にいたんだって」
「えっ、そうなの? 誘っても来てくれなかったのに~」
「しかもさ、男の先輩といたって」
その瞬間、周辺の空気が凍りつくように静まり返った。
浩太が違和感を覚えて振り向いたときには──女子たちの視線が、まっすぐ自分に向けられていることに気づいた。
「……あれ? もしかして、蓮が言ってた“浩太先輩”って……この人?」
「うわ……なんか普通っていうか……思ってたより地味じゃない?」
遠慮のない視線が、浩太を頭のてっぺんから足先まで舐めるように通り抜ける。
まるで、「なんでそんな人と一緒に?」と顔に書いてあるようなあからさまな目つきだった。
(……これ、完全に冷やかされてるな)
「いや……あの、蓮とはただの知り合いだから……。すみません」
居心地の悪さに耐えきれず、浩太はその場を早足で離れた。
後ろからくすくすと笑うような声が聞こえた気がしたけれど、浩太は振り返ることはしなかった。
◇
それから、浩太が廊下を歩いていると、どこからかちらちらと視線を感じることが増えた。
主に二年生──蓮の学年の生徒たちだった。
すれ違いざまにひそひそと会話が交わされ、浩太の存在が話題に上っているのが分かる。
(ま、気にするほどじゃない……か)
そう自分に言い聞かせていたものの、胸の奥には重く引っかかる感情が残った。
“蓮の周囲”というフィルターを通すと、急に自分が場違いな存在のように思えてしまう。
放課後、勉強会をしようとメッセージを送ったが──既読がついたきり、蓮からの返事はなかった。
◇
翌日。
朝の昇降口で再び蓮を見かけた。
声をかけようとしたが、彼は周囲の友人と話しており、浩太には気づいていないようだった。
……いや、気づいていても気づかないふりをしている、そんな気もした。
放課後になっても、蓮からの連絡はなかった。
少し遅れて教室を覗いたが、彼の席はすでに空だった。
(もしかして──避けられてる?)
はっきりとそう確信したのは、週末前の金曜日の放課後。
教室の前でばったり会った蓮は、明らかに驚いた顔をして立ち止まった。
「お、お疲れさまです」
「ああ……お前、最近全然メッセージ返さねーじゃん。忙しかったか?」
「……すみません。ちょっと……いろいろ、あって」
浩太が明るく声を掛けても、俯いたままの蓮の声は、どこかぎこちなく、距離を測るようなものだった。
その背後に、クラスメイトらしき女子たちの笑い声が聞こえてくる。
蓮はそれを気にしてか、早口で言葉を継いだ。
「また、落ち着いたら連絡します。じゃあ!」
「……あ、蓮!」
呼び止めたつもりだったが、蓮は振り返らなかった。
(……あいつ、完全に距離置こうとしてるな)
けれど、なぜ?
浩太にはわからなかった。
むしろ、あの夜──看病したときの蓮の姿、熱に浮かされたまま自分に寄りかかってきたあのぬくもりが、今も指先に残っているのに。
あんな顔、あんな弱さ、浩太にしか見せていないはずなのに。
(もしかして……俺が、迷惑だったのか?)
どうしても答えが見えず、もやもやとした思いだけが胸に残る。
その日、帰り道の空はどこまでも青く澄んでいた。
だけど、心はなぜか重く、足取りは晴れないままだった。
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