【完結】君の笑顔を信じたい

加賀ユカリ

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第四章

26.大学受験

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 夜明け前の空はまだ重たく、街は冷えきっていた。

 浩太は玄関のドアを開けて、ひとつ深く息を吐いた。
 吐いた息が白く曇って、ああ冬なんだと、改めて感じた。

 ──受験当日。

(ついに、ここまで来たか)

 真新しい使い捨てカイロをポケットにねじ込み、マフラーをぐるぐると巻きなおす。

(落ち着け。今さらジタバタしてもしょうがない)

 頭ではそう思っていても、心の中は静かにざわついていた。

 不安、緊張、そして──期待。
 これまで積み重ねてきた時間の全てが、この一日に懸かっている。

(行こう)

 靴音が冷たいアスファルトを叩くたび、少しずつ現実味を増していく。

 ◇

 電車に乗って、試験会場のある大学に着くころには、陽はすっかり昇っていた。

 駅には同じような受験生たちがいて、誰もが無言で参考書を眺めてあり、それぞれの胸に何かを抱えているのは明らかだった。

(俺だけじゃない)

 それが妙な安心感になる。

 だけど、それ以上に心を支えてくれたのは──スマホに届いた、たった一通のメッセージだった。

『浩太先輩。いってらっしゃい。自分を信じて、全力でぶつかってください!』

 送り主は、蓮。
 受験前日の夜に届いたものだった。

(……あいつ、俺のことちゃんと見てくれてるんだな)

 受験会場に向かう坂道を歩きながら、浩太はそっとスマホの画面を閉じた。

 心が少しだけ、軽くなる。

(ありがとう。今日だけは、余計なこと考えずにやり切ってくる)

 ◇

 会場は広くて、無機質だった。

 壁際の時計と、規則正しく並んだ机、ざわつく空気と、鉛筆を転がす音。
 どこまでも現実的で、静かな戦場。

 試験用紙が配られる瞬間、手のひらにじっとりと汗を感じた。

(大丈夫。大丈夫)

 何度も心の中で唱えるようにして、ペンを握る。

(俺はやれる。やってきた。……ちゃんと、積み重ねてきたんだ)

 ◇

 午前の科目が終わり、昼休憩。
 食欲はなかったけれど、無理やりおにぎりを口に押し込んだ。

 頭の中では、さっきの問題を思い返す自分と、午後の試験に備えようとする自分がせめぎ合っている。

(落ち着け。目の前のことに集中しろ)

 スマホは試験前に電源を切ってロッカーに入れてある。
 だから、蓮の声も、文字も、届かない。

 けど──不思議と、顔が浮かぶ。

「先輩なら、大丈夫です」

 そう言って笑った、あの時の蓮の横顔。

(あいつの前で、カッコ悪い姿は見せたくねぇしな)

 それが、自分をもう一度支えてくれた。

 午後の試験が始まる。
 鉛筆を握り直し、試験用紙をめくる。

 問題が目に飛び込んできた瞬間──身体の中に火がつく感覚があった。

(これ、やったことある)

 見覚えのある形式。
 何度も見直したものだ。
 思考が滑らかに動き、ペン先も迷わず進む。

 集中するうちに、緊張はどこかへ消えていた。

(いける。やれる)

 迷っていた問題にも、答えを出す勇気が持てた。

 最後のページまで辿り着いた時──浩太はようやく、長い呼吸を吐いた。

 ◇

 全ての試験が終わり、会場を出たのは夕方近く。

 空はうっすらと赤く染まりはじめていて、冬の一日が終わりに向かっていた。

 改札の前、スマホの電源を入れると、何件かの通知の中に、見慣れた名前があった。

『お疲れさまでした。どうでしたか?』
『今、帰りですか?無理しないで、ちゃんとあったかくしてくださいね!』

 浩太は思わず、ふっと笑った。

 たったそれだけの言葉なのに、肩の力が抜けた。

(ああ、終わったんだ)

 受験という長く険しい道が、いま、ひとつの区切りを迎えた。
 それを誰よりも先に祝ってくれたのは──蓮だった。

 浩太は短く返事を打った。

『終わった。ありがとう。めっちゃ助かった。』
『今度、なんか奢るわ。』

 数秒後。

『ほんとですか?期待して待ってます』

 そんな返信に、自然と笑みがこぼれた。

 スマホをポケットにしまい、ホームに滑り込んできた電車へと乗り込む。

 窓の外に広がる夕暮れの街並みをぼんやり眺めながら、浩太は思った。

(やっぱり、春になったら──)

 “俺から、ちゃんと伝えたいな”

 そんな決意を、心の奥で静かに灯した。

 ──受験が終わった今。
 次は、自分の気持ちを、未来へ向けてぶつける番だ。
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