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第一章
9.ぬくもり(蓮視点)
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「……ん……」
目が覚めると自分のベッドで寝ていた。
額の熱っぽさはだいぶ引いており、頭の重さも和らいでいる。
(……あれ。俺……)
瀬川蓮は、ぼうっとしながら天井を見つめた。頭の中では、熱で寝込んだ記憶とその中に現れた人物の姿が思い浮かんだ。
(浩太先輩……来てくれたんだっけ)
起き上がろうとして、身体の上にかけられた毛布のぬくもりに気づいた。
パジャマのシャツは替えられていて、肌に触れる布が気持ち良かった。誰が替えさせてくれたかは──ぼんやりとした記憶でも明らかだった。
(うわ……思い出したら顔が熱い……)
まだ熱が残っているのかと錯覚するほど、頬にじわっと火照りが戻る。
部屋のドアを開けたそのとき──ふわりと出汁のいい香りが漂ってきた。
(……うどん?)
くぅ、とお腹が鳴る。
昨日はゼリーしか口に含んでいない。
蓮はリビングの方へと足を運ぶ。足取りは少しふらつくが、空腹と好奇心が背中を押してくれた。
ドアをそっと開けると──そこには、キッチンに立つ浩太の後ろ姿があった。エプロンをしていないにも関わらず、妙に似合っている。
鍋の前で湯気に包まれたその姿は、蓮の目にまぶしく映った。
「……先輩」
掠れた声で名前を呼ぶと、浩太が振り返る。
「お、起きたか。もうちょっとで出来るぞ」
「……うどん、ですか?」
「お前が連絡してきただろ?胃に優しいやつにしたから」
あたたかい声で答える浩太の顔を見て、蓮の胸の奥がぎゅっとなるのを感じた。
「とりあえず座ってろ。すぐに持ってくから」
「……はい」
ダイビングの椅子に腰を下ろすと、すぐに器が置かれた。湯気を立てたうどんの上には、やさしく火を通した卵と刻んだねぎがのっている。
透明感のあるつゆの中で、麺がふわりと浮かんでいた。
「いただきます……」
一口啜ると、出汁の優しい味が口の中に広がる。風邪を引いた身体が内側から溶けていくようだった。
「……すっごくおいしいです」
「それならよかった」
浩太は湯呑みを手にしながら隣の椅子に腰掛けた。少し眠たげな目で蓮を見守る様子が、なんだか心地よく感じた。
「なんでそんなに料理できるんですか?」
「ネットを見ながらやっただけだよ」
「そうだったとしても、すごいです!……かっこいいです。俺も先輩に作ってみたいなぁ」
「え、蓮って料理できたっけ?」
「……これから勉強します」
浩太がふっと吹き出す。
「何年かかるんだよ……まあ、楽しみにしてるわ」
その笑顔に、蓮の胸がまたきゅっと締め付けられる。
眠っている間に、少しだけ気づいてしまった。いや、ずっと前から薄々分かっていたのかもしれない。
──自分が浩太に惹かれていること。
放課後にご飯を食べて、何度も勉強会をして、そして花火大会で距離が近づいて。
頭で言い訳しても、気持ちのほうがもう隠せなくなっていた。
(俺……やっぱり先輩のこと……)
まだこの気持ちをはっきりとは伝えられていない。だけど、どうしようもなく惹かれていく自分を止められない。
「……俺、ちゃんと元気になったらまたご飯に行きたいです」
「いいぞ。今度は奢らないけどな」
「じゃあ……俺が作ってきます」
「うん?それは怖いな。この家、爆発するんじゃねえか?」
「ひどい……」
浩太が笑って、蓮も笑い返す。
何気ない会話でも蓮の心は少しずつあたたかくなっていく。
蓮は器を抱えながら、浩太の横顔をもう一度見つめた。
その背中に、ぬくもりに、どうしようもなく恋してしまう。
──そんな時間だった。
◇
午後の光がリビングに差し込んでいた。
エアコンの冷気が静かに回る中、蓮は毛布にくるまりながらぼんやりとソファに座っていた。
熱は下がったものの、まだ本調子とは言えない。
そんな様子を見て、浩太は黙ってキッチンに立ち、昼食の食器を洗い終えるとそっとリビングに戻ってきた。
「何か飲む?麦茶でいい?」
「……あ、お願いします」
少し擦れた声で蓮が返す。浩太はグラスに麦茶を注ぎ、それをそっと手渡した。
「ありがとうございます……」
「無理すんなよ。まだフラつくだろ」
そんな会話を交わしていたところに──
「ピンポーン」
玄関のインターホンが鳴った。
画面に映ったのは、宅配業者の制服を着た男性の姿。
「……あ」
蓮が小さく声を漏らす。
その反応に、浩太はすぐに視線を向けた。
「お前のところの荷物?」
「……はい。たぶん……」
「動くな。俺が受け取ってくる」
「い、いえ、自分で行きます」
「いや、無理すんなって。荷物、重いかもしれないだろ?」
「でも……」
「玄関先で立ちくらみでも起こされたら、俺が宅配のお兄さんに怒られるわ」
そう言い残し、浩太はすでに玄関へと向かっていた。
浩太が蓮の家に来てから数時間。
蓮の体調を気遣い、浩太はさりげなく甲斐甲斐しく世話をしてくれていた。
料理や洗濯まで気を配る姿を見て、蓮は何度も「好き」が込み上げそうになるのを堪えてきた。
(よりによって、今日か……!)
蓮は軽く天を仰ぐ。
間もなく、浩太が荷物を抱えて戻ってきた。
「蓮……これ、なかなか重いぞ。俺が取りに行って正解だな」
リビングに戻ると、段ボールを床に置いて伝票を覗き込む。
「なになに?ちゃんとお前宛てだな。何頼んだんだよ?」
「……そ、それは……秘密です」
「へえ、秘密?」
浩太はいたずらっぽい顔で蓮の方へ身を寄せた。
「人に言えないようなもんか?」
「ち、違います!でも、ちょっと恥ずかしくて……」
「恥ずかしい?」
「だから、笑わないって……誓ってくれたら、開けます」
「わかったわかった。笑わない、笑わないって」
蓮は一瞬、迷ったあと、ゆっくりと段ボールを開けた。
「……え?ダンベル?」
ごとり。
中から現れたのは、金属の光を放つダンベルのセットだった。
「筋トレ……しようと思って……」
「筋トレ?」
「……花火大会の日に……晶さんに会ったじゃないですか」
「……ああ。会ったな」
「……晶さん、筋肉質な人だったから……」
浩太は思わずまばたきした。
「それで、筋トレ?」
「……ああいう人を見てたら、自分、ひょろすぎるなって思って。……浩太先輩、ムキムキの人がタイプが好みなのかなって……」
「いや、それは……」
「帰り道、スマホで“初心者 筋トレ 器具”って調べて、勢いでポチりました……」
小さな声で呟いた蓮の言葉に、浩太は思わず噴き出しそうになったのを慌てて口元を手で覆っていた。
それでも目の端がどうしても緩んでいるのが蓮には分かった。
「別に、お前がひょろいなんて思ったことないけどな」
「……でも、俺は気にしたんです」
蓮の声は少しだけ低い。
「……浩太先輩が、昔から憧れてる人って感じで話していましたから。なんか、焦りました」
浩太は言葉を失っていた。
蓮はダンベルを抱きかかえて、毛布の上でうずくまる。
その姿は真面目で、一途で、でもちょっとズレてる様を表していた。
そんな蓮の姿を見ながら浩太は口を開いた。
「……笑うつもりなんてなかったけど、思ったよりも真剣なんだな」
「真剣です」
蓮はむすっとした表情で言い切った。
浩太は苦笑しながら、ダンベルを箱の中へそっと戻し、段ボールを閉じた。
「じゃあ、体調戻ったら一緒にトレーニングでもするか?」
「……え?」
「どうせ使い方とかよくわかってないんだろ?」
「……たしかに、腕立てと腹筋ぐらいしか浮かばなかったです……」
「だろうな。筋肉は裏切らないけど、無計画だと腰痛めるぞ?」
「こ、怖い……!」
浩太に笑われながら、蓮の頭はくしゃっと撫でられた。
その手にはやはり優しさが滲み出ている。
(……やっぱり、先輩には敵わないな……)
そう思いながらも、言葉には出さない。
今はまだ、その一線を超えるわけにはいかない気がして。
「ありがとな」
「……え?」
「そうやって、思ってくれたの。素直に嬉しいよ」
蓮は一瞬きょとんとして、顔を少し赤くしながら、頷いた。
「……よかったです」
しん、と静まったリビング。
夏の終わり、秋の入り口。
ほんの短い静寂が、心地よく流れていく。
◇
そんな中、リビングの時計が午後七時を回った頃。
玄関のドアが開いた。
「ただいま~……」
「お母さん!」
蓮が立ち上がると、スーツ姿の蓮の母がリビングに現れた。浩太の姿を見つけると、驚いたように目を見開いた。
「えっ、浩太くん!?……え、どうしてここに?」
「すみません。蓮くんから連絡が来て……間違えて送っちゃったらしいんですけど、ちょっと熱が高かったみたいなので、心配で」
浩太が立ち上がって頭を下げると、蓮の母は状況を察して目を丸くしたあと、ふっと笑った。
「そうだったのね。ありがとう、ほんとに助かりました。仕事で戻れなくて……」
「いえ、俺もたいしたことしてませんし……」
「ぜんっぜん!すっごく助かりました!先輩のおかげで俺、もう元気です!」
蓮が嬉しそうに間に入る。
「浩太くん、勉強会だけじゃなくて蓮の体調も見ててくれたの……蓮のこと、いつもありがとうね」
「いえ、お礼を言われるようなことしてないので……」
浩太はちょっと照れたように頬をかいた。
「じゃあ、そろそろ帰るわ。また学校でな」
「……はい。また明日」
「お気をつけて。ほんとにありがとうね」
蓮の母に見送られながら、浩太は静かに家を出ていった。
その背中を見送る蓮の胸には、熱とは別の火照りがまだ残っていた。
◇
翌朝。
制服に袖を通した蓮は、ベッドの横に置かれた紙コップの袋を見つめた。
中には昨日使われた体温計と、飲み残したスポドリ。
そして、テーブルの上にはひとこと。
『完治祝いはうどんじゃなくていいからな。ちゃんと食えよ。──浩太』
不器用な字なのに、どこか優しい。
メモを折って、鞄にそっとしまう。
外に出ると、朝の空気がまだ少し湿っていて、蝉の声が遠くで聞こえていた。
その中で、蓮は前より少しだけ軽くなった足取りで、学校へと向かった。
目が覚めると自分のベッドで寝ていた。
額の熱っぽさはだいぶ引いており、頭の重さも和らいでいる。
(……あれ。俺……)
瀬川蓮は、ぼうっとしながら天井を見つめた。頭の中では、熱で寝込んだ記憶とその中に現れた人物の姿が思い浮かんだ。
(浩太先輩……来てくれたんだっけ)
起き上がろうとして、身体の上にかけられた毛布のぬくもりに気づいた。
パジャマのシャツは替えられていて、肌に触れる布が気持ち良かった。誰が替えさせてくれたかは──ぼんやりとした記憶でも明らかだった。
(うわ……思い出したら顔が熱い……)
まだ熱が残っているのかと錯覚するほど、頬にじわっと火照りが戻る。
部屋のドアを開けたそのとき──ふわりと出汁のいい香りが漂ってきた。
(……うどん?)
くぅ、とお腹が鳴る。
昨日はゼリーしか口に含んでいない。
蓮はリビングの方へと足を運ぶ。足取りは少しふらつくが、空腹と好奇心が背中を押してくれた。
ドアをそっと開けると──そこには、キッチンに立つ浩太の後ろ姿があった。エプロンをしていないにも関わらず、妙に似合っている。
鍋の前で湯気に包まれたその姿は、蓮の目にまぶしく映った。
「……先輩」
掠れた声で名前を呼ぶと、浩太が振り返る。
「お、起きたか。もうちょっとで出来るぞ」
「……うどん、ですか?」
「お前が連絡してきただろ?胃に優しいやつにしたから」
あたたかい声で答える浩太の顔を見て、蓮の胸の奥がぎゅっとなるのを感じた。
「とりあえず座ってろ。すぐに持ってくから」
「……はい」
ダイビングの椅子に腰を下ろすと、すぐに器が置かれた。湯気を立てたうどんの上には、やさしく火を通した卵と刻んだねぎがのっている。
透明感のあるつゆの中で、麺がふわりと浮かんでいた。
「いただきます……」
一口啜ると、出汁の優しい味が口の中に広がる。風邪を引いた身体が内側から溶けていくようだった。
「……すっごくおいしいです」
「それならよかった」
浩太は湯呑みを手にしながら隣の椅子に腰掛けた。少し眠たげな目で蓮を見守る様子が、なんだか心地よく感じた。
「なんでそんなに料理できるんですか?」
「ネットを見ながらやっただけだよ」
「そうだったとしても、すごいです!……かっこいいです。俺も先輩に作ってみたいなぁ」
「え、蓮って料理できたっけ?」
「……これから勉強します」
浩太がふっと吹き出す。
「何年かかるんだよ……まあ、楽しみにしてるわ」
その笑顔に、蓮の胸がまたきゅっと締め付けられる。
眠っている間に、少しだけ気づいてしまった。いや、ずっと前から薄々分かっていたのかもしれない。
──自分が浩太に惹かれていること。
放課後にご飯を食べて、何度も勉強会をして、そして花火大会で距離が近づいて。
頭で言い訳しても、気持ちのほうがもう隠せなくなっていた。
(俺……やっぱり先輩のこと……)
まだこの気持ちをはっきりとは伝えられていない。だけど、どうしようもなく惹かれていく自分を止められない。
「……俺、ちゃんと元気になったらまたご飯に行きたいです」
「いいぞ。今度は奢らないけどな」
「じゃあ……俺が作ってきます」
「うん?それは怖いな。この家、爆発するんじゃねえか?」
「ひどい……」
浩太が笑って、蓮も笑い返す。
何気ない会話でも蓮の心は少しずつあたたかくなっていく。
蓮は器を抱えながら、浩太の横顔をもう一度見つめた。
その背中に、ぬくもりに、どうしようもなく恋してしまう。
──そんな時間だった。
◇
午後の光がリビングに差し込んでいた。
エアコンの冷気が静かに回る中、蓮は毛布にくるまりながらぼんやりとソファに座っていた。
熱は下がったものの、まだ本調子とは言えない。
そんな様子を見て、浩太は黙ってキッチンに立ち、昼食の食器を洗い終えるとそっとリビングに戻ってきた。
「何か飲む?麦茶でいい?」
「……あ、お願いします」
少し擦れた声で蓮が返す。浩太はグラスに麦茶を注ぎ、それをそっと手渡した。
「ありがとうございます……」
「無理すんなよ。まだフラつくだろ」
そんな会話を交わしていたところに──
「ピンポーン」
玄関のインターホンが鳴った。
画面に映ったのは、宅配業者の制服を着た男性の姿。
「……あ」
蓮が小さく声を漏らす。
その反応に、浩太はすぐに視線を向けた。
「お前のところの荷物?」
「……はい。たぶん……」
「動くな。俺が受け取ってくる」
「い、いえ、自分で行きます」
「いや、無理すんなって。荷物、重いかもしれないだろ?」
「でも……」
「玄関先で立ちくらみでも起こされたら、俺が宅配のお兄さんに怒られるわ」
そう言い残し、浩太はすでに玄関へと向かっていた。
浩太が蓮の家に来てから数時間。
蓮の体調を気遣い、浩太はさりげなく甲斐甲斐しく世話をしてくれていた。
料理や洗濯まで気を配る姿を見て、蓮は何度も「好き」が込み上げそうになるのを堪えてきた。
(よりによって、今日か……!)
蓮は軽く天を仰ぐ。
間もなく、浩太が荷物を抱えて戻ってきた。
「蓮……これ、なかなか重いぞ。俺が取りに行って正解だな」
リビングに戻ると、段ボールを床に置いて伝票を覗き込む。
「なになに?ちゃんとお前宛てだな。何頼んだんだよ?」
「……そ、それは……秘密です」
「へえ、秘密?」
浩太はいたずらっぽい顔で蓮の方へ身を寄せた。
「人に言えないようなもんか?」
「ち、違います!でも、ちょっと恥ずかしくて……」
「恥ずかしい?」
「だから、笑わないって……誓ってくれたら、開けます」
「わかったわかった。笑わない、笑わないって」
蓮は一瞬、迷ったあと、ゆっくりと段ボールを開けた。
「……え?ダンベル?」
ごとり。
中から現れたのは、金属の光を放つダンベルのセットだった。
「筋トレ……しようと思って……」
「筋トレ?」
「……花火大会の日に……晶さんに会ったじゃないですか」
「……ああ。会ったな」
「……晶さん、筋肉質な人だったから……」
浩太は思わずまばたきした。
「それで、筋トレ?」
「……ああいう人を見てたら、自分、ひょろすぎるなって思って。……浩太先輩、ムキムキの人がタイプが好みなのかなって……」
「いや、それは……」
「帰り道、スマホで“初心者 筋トレ 器具”って調べて、勢いでポチりました……」
小さな声で呟いた蓮の言葉に、浩太は思わず噴き出しそうになったのを慌てて口元を手で覆っていた。
それでも目の端がどうしても緩んでいるのが蓮には分かった。
「別に、お前がひょろいなんて思ったことないけどな」
「……でも、俺は気にしたんです」
蓮の声は少しだけ低い。
「……浩太先輩が、昔から憧れてる人って感じで話していましたから。なんか、焦りました」
浩太は言葉を失っていた。
蓮はダンベルを抱きかかえて、毛布の上でうずくまる。
その姿は真面目で、一途で、でもちょっとズレてる様を表していた。
そんな蓮の姿を見ながら浩太は口を開いた。
「……笑うつもりなんてなかったけど、思ったよりも真剣なんだな」
「真剣です」
蓮はむすっとした表情で言い切った。
浩太は苦笑しながら、ダンベルを箱の中へそっと戻し、段ボールを閉じた。
「じゃあ、体調戻ったら一緒にトレーニングでもするか?」
「……え?」
「どうせ使い方とかよくわかってないんだろ?」
「……たしかに、腕立てと腹筋ぐらいしか浮かばなかったです……」
「だろうな。筋肉は裏切らないけど、無計画だと腰痛めるぞ?」
「こ、怖い……!」
浩太に笑われながら、蓮の頭はくしゃっと撫でられた。
その手にはやはり優しさが滲み出ている。
(……やっぱり、先輩には敵わないな……)
そう思いながらも、言葉には出さない。
今はまだ、その一線を超えるわけにはいかない気がして。
「ありがとな」
「……え?」
「そうやって、思ってくれたの。素直に嬉しいよ」
蓮は一瞬きょとんとして、顔を少し赤くしながら、頷いた。
「……よかったです」
しん、と静まったリビング。
夏の終わり、秋の入り口。
ほんの短い静寂が、心地よく流れていく。
◇
そんな中、リビングの時計が午後七時を回った頃。
玄関のドアが開いた。
「ただいま~……」
「お母さん!」
蓮が立ち上がると、スーツ姿の蓮の母がリビングに現れた。浩太の姿を見つけると、驚いたように目を見開いた。
「えっ、浩太くん!?……え、どうしてここに?」
「すみません。蓮くんから連絡が来て……間違えて送っちゃったらしいんですけど、ちょっと熱が高かったみたいなので、心配で」
浩太が立ち上がって頭を下げると、蓮の母は状況を察して目を丸くしたあと、ふっと笑った。
「そうだったのね。ありがとう、ほんとに助かりました。仕事で戻れなくて……」
「いえ、俺もたいしたことしてませんし……」
「ぜんっぜん!すっごく助かりました!先輩のおかげで俺、もう元気です!」
蓮が嬉しそうに間に入る。
「浩太くん、勉強会だけじゃなくて蓮の体調も見ててくれたの……蓮のこと、いつもありがとうね」
「いえ、お礼を言われるようなことしてないので……」
浩太はちょっと照れたように頬をかいた。
「じゃあ、そろそろ帰るわ。また学校でな」
「……はい。また明日」
「お気をつけて。ほんとにありがとうね」
蓮の母に見送られながら、浩太は静かに家を出ていった。
その背中を見送る蓮の胸には、熱とは別の火照りがまだ残っていた。
◇
翌朝。
制服に袖を通した蓮は、ベッドの横に置かれた紙コップの袋を見つめた。
中には昨日使われた体温計と、飲み残したスポドリ。
そして、テーブルの上にはひとこと。
『完治祝いはうどんじゃなくていいからな。ちゃんと食えよ。──浩太』
不器用な字なのに、どこか優しい。
メモを折って、鞄にそっとしまう。
外に出ると、朝の空気がまだ少し湿っていて、蝉の声が遠くで聞こえていた。
その中で、蓮は前より少しだけ軽くなった足取りで、学校へと向かった。
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