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第二章
11.遠ざかる背中
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季節は夏の終わりへと向かい、体育大会の練習が本格化してきた。校内には笛の音と掛け声が響き、浮き足立った空気に満ちている。
相変わらず蓮からの接触の機会は少ない。
教室の前で偶然見かけても、軽く会釈をするだけですぐに視線を外し、別の方向へと歩いていく。
放課後に誘っていた勉強会も、「今日は用事があって」と何度も断られた。
メッセージの返信は返ってくるにはくる。けれど、以前のような軽快さや絵文字はめっきり減り、どこか言葉を選んでいるような、よそよそしさが滲んでいた。
(……避けられてる?)
たまたまだと思えないほど、蓮の変化はあまりにも分かりやすかった。
そんな中、浩太は何度も蓮に話しかける機会を探していた。
ある日の放課後、グラウンドの隅で蓮のクラスがリレーのバトンパスの練習をしていた。
チームで何度も繰り返される受け渡し。その様子を見ながら、浩太は意を決して近づこうとした。
──そのときだった。
蓮がふいに振り返り、偶然にも浩太と目が合った。
けれど、その瞬間、彼はすっと視線を逸らした。まるで、最初から見なかったかのように。
(……今の、気のせいじゃないよな)
次の瞬間には、蓮は同級生の男子と談笑を始めていた。けれど、その笑顔も、言葉も、どこかぎこちなくてほんのわずかに、浩太から距離を取っているのが分かった。
気づかないふりをしている。
そう思ってしまうのは、浩太の心が敏感になりすぎているからだろうか。
──でも。
ついこの前まで、自分の作ったうどんを美味しそうに頬張って、「浩太先輩、かっこいいです」なんて、少し照れたように笑っていたのに。
(……何があったんだよ、蓮)
直接聞いてしまえば、きっと蓮は笑って「なんでもありません」と言うだろう。
その笑顔をもう信じきれなくなりそうで、浩太は問いただすこともできなかった。
気づけば、浩太の方が蓮の「避けたい空気」に合わせてしまっていた。
◇
数日後の夕暮れ、部活の帰り道。
校門を出ようとしたとき、向かい側の歩道に見覚えのある後ろ姿が見えた。
蓮だった。
けれど、彼のすぐ隣には女の子がいた。
この前、蓮を囲んでいたクラスメイトのひとり──浩太のことを冷やかすような目で見てきた子だ。
ふたりは並んで歩きながら何かを話していた。蓮は少し俯き加減だったが、その顔には微笑みが浮かんでいたようにも見える。
(……俺のこと、見えてないわけじゃないよな)
それでも蓮は、こちらに目を向けなかった。
視線が合うことを避けるように、浩太の存在ごと見過ごして通り過ぎていく。
──わざとだ。そう、思った。
「……なんでだよ」
ぽつりとこぼれた言葉に、答えるものは何もない。
問いただすほどの関係じゃないのかもしれない。
だけど、ただの“後輩”と“先輩”で済ませられるほど、気持ちは浅くなかった。
浩太は知っている。
蓮が時折見せる、不器用な優しさ。
誰かに頼るのが下手なこと。
何かを背負ってしまうと、一人で処理しようとする癖があること──。
(迷惑だって……そう思ってるのか、あいつ)
そんなふうに思われたくなかった。
どんなに頼りなく見えても、自分は蓮のことをちゃんと見ていたし、支えたいと思っていたのに。
なのに、あの笑顔が。
あのまっすぐなまなざしが、遠ざかっていく。
手を伸ばせば届くはずの距離が、今はやけに遠い。
「……はあ」
ため息をついた浩太の頬を、夕暮れの風がそっとなでた。
蝉の声はもう聞こえず、空には少しずつ秋の匂いが混じり始めていた。
相変わらず蓮からの接触の機会は少ない。
教室の前で偶然見かけても、軽く会釈をするだけですぐに視線を外し、別の方向へと歩いていく。
放課後に誘っていた勉強会も、「今日は用事があって」と何度も断られた。
メッセージの返信は返ってくるにはくる。けれど、以前のような軽快さや絵文字はめっきり減り、どこか言葉を選んでいるような、よそよそしさが滲んでいた。
(……避けられてる?)
たまたまだと思えないほど、蓮の変化はあまりにも分かりやすかった。
そんな中、浩太は何度も蓮に話しかける機会を探していた。
ある日の放課後、グラウンドの隅で蓮のクラスがリレーのバトンパスの練習をしていた。
チームで何度も繰り返される受け渡し。その様子を見ながら、浩太は意を決して近づこうとした。
──そのときだった。
蓮がふいに振り返り、偶然にも浩太と目が合った。
けれど、その瞬間、彼はすっと視線を逸らした。まるで、最初から見なかったかのように。
(……今の、気のせいじゃないよな)
次の瞬間には、蓮は同級生の男子と談笑を始めていた。けれど、その笑顔も、言葉も、どこかぎこちなくてほんのわずかに、浩太から距離を取っているのが分かった。
気づかないふりをしている。
そう思ってしまうのは、浩太の心が敏感になりすぎているからだろうか。
──でも。
ついこの前まで、自分の作ったうどんを美味しそうに頬張って、「浩太先輩、かっこいいです」なんて、少し照れたように笑っていたのに。
(……何があったんだよ、蓮)
直接聞いてしまえば、きっと蓮は笑って「なんでもありません」と言うだろう。
その笑顔をもう信じきれなくなりそうで、浩太は問いただすこともできなかった。
気づけば、浩太の方が蓮の「避けたい空気」に合わせてしまっていた。
◇
数日後の夕暮れ、部活の帰り道。
校門を出ようとしたとき、向かい側の歩道に見覚えのある後ろ姿が見えた。
蓮だった。
けれど、彼のすぐ隣には女の子がいた。
この前、蓮を囲んでいたクラスメイトのひとり──浩太のことを冷やかすような目で見てきた子だ。
ふたりは並んで歩きながら何かを話していた。蓮は少し俯き加減だったが、その顔には微笑みが浮かんでいたようにも見える。
(……俺のこと、見えてないわけじゃないよな)
それでも蓮は、こちらに目を向けなかった。
視線が合うことを避けるように、浩太の存在ごと見過ごして通り過ぎていく。
──わざとだ。そう、思った。
「……なんでだよ」
ぽつりとこぼれた言葉に、答えるものは何もない。
問いただすほどの関係じゃないのかもしれない。
だけど、ただの“後輩”と“先輩”で済ませられるほど、気持ちは浅くなかった。
浩太は知っている。
蓮が時折見せる、不器用な優しさ。
誰かに頼るのが下手なこと。
何かを背負ってしまうと、一人で処理しようとする癖があること──。
(迷惑だって……そう思ってるのか、あいつ)
そんなふうに思われたくなかった。
どんなに頼りなく見えても、自分は蓮のことをちゃんと見ていたし、支えたいと思っていたのに。
なのに、あの笑顔が。
あのまっすぐなまなざしが、遠ざかっていく。
手を伸ばせば届くはずの距離が、今はやけに遠い。
「……はあ」
ため息をついた浩太の頬を、夕暮れの風がそっとなでた。
蝉の声はもう聞こえず、空には少しずつ秋の匂いが混じり始めていた。
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