【完結】君の笑顔を信じたい

加賀ユカリ

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第二章

13.迷惑(蓮視点)

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 昼休み。
 教室の窓際で、お弁当のふたを開けながら蓮はふと視線を遠くに向けた。

 グラウンドでは、三年生が体育大会の練習をしている。
 その中に、見慣れた背中──浩太の姿があった。
 ユニフォーム姿で、クラスメイトと声を掛け合いながらリレーのバトン練習をしている。

(……やっぱり、かっこいいな)

 真剣な眼差し、仲間を気遣う穏やかな笑顔。
 気を抜いた瞬間にくしゃっと崩れる表情も好きだった。

 ──だけど。

「ねえ、瀬川くん。ちょっと聞いてもいい?」

 突然、背後から声をかけられた。
 同じクラスの女子──中村が、蓮の隣に腰を下ろす。

「……なに?」
「この前の花火大会の話なんだけどさ。浩太先輩といたって、ほんと?」
「……うん。偶然会って……それだけ」
「ふうん。でも、うちのクラスの女子で言ってた子がいてさ。『あんな地味な先輩と一緒にいたなんて、なんかガッカリ』って」

 ──ガッカリ。

 その言葉が、音もなく胸に刺さった。

「……別に、そういうつもりじゃなかった」
「わかってるよ。瀬川くんって、人に優しいし。だから、つい頼られやすいんだろうけど……。でもね、浩太先輩って、なんか“いけ好かない”って思ってる子、多いみたい」
「……なんで?」

 中村は肩をすくめて、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

「たぶん、“近寄りがたい”って思われてるのかな。優秀で真面目すぎる感じとか、言葉少ないとこも。何考えてるか分かんないって。あと──」
「あと?」
「“あの瀬川くんが仲良くしてる相手”ってことで、余計に注目されてる感じ。やっかみっていうか……ね?」

 中村は小さくため息をついて、立ち上がった。

「ごめん、変なこと言って。でも気をつけたほうがいいかも。瀬川くんまで変な風に思われたらイヤでしょ?」

 ──変な風に。

 中村の言葉が教室を出たあとも、蓮の胸の中でざわつき続けていた。

(……先輩のこと、そんなふうに思われてるなんて)

 想像もしていなかった。

 浩太先輩は、優しい。
 真面目で、真っ直ぐで、いつだって周囲のことを考えてる人だ。
 それを「わかりにくい」「地味」「いけ好かない」なんて──

(俺のせいで、そんな目で見られてる)

 家に来てくれたことも、熱を測ってくれたことも、あのうどんの味も。
 全部、蓮にとっては特別な思い出だった。
 でも、それを口にしたせいで、先輩がこんな視線を浴びることになるなんて思わなかった。

(軽率だった……)

 だから、蓮は避けていた。

 浩太に声をかけない。
 目を合わせない。
 勉強会も断る。メッセージも素っ気なく返す。

 ──これ以上、迷惑をかけたくない。

 それでも。

(本当は、話したい)
(近くにいたい。笑ってほしい)
(でも……俺が近くにいると、先輩が笑いにくくなるなら──)

 悩むほどに、足は遠のいていった。

 ◇

 体育大会の練習が本格的になったある日、グラウンドでの合同練習が行われた。

 二年と三年が同じスペースで練習をする。
 蓮のクラスはリレーの並走チェックをしていて、グラウンドの中央では浩太のクラスが騎馬戦の隊列を作っていた。

 蓮はスタート地点でバトンを構えながら、自然と浩太の方に目を向けた。

 すると、ある女子が近くにいた友達とこそこそと話しているのが耳に入った。

「ねえ、あの人が浩太先輩?」
「うん、なんか地味じゃない? 蓮くんと全然釣り合ってないって感じ」
「蓮くん、前はもっとさっぱりしてたのに~。なんか、最近ちょっと冷たい感じになってない?」

 ──釣り合ってない。冷たい。

(……俺がそうさせた)

 胸の奥がぎゅっとつまった。

 浩太先輩は、何も悪くない。
 ただ、優しくしてくれただけ。
 それを勝手に「特別だ」と思い込んで、嬉しくなって、気づかれたくて、誰かに話してしまった。

 結果、それがこんな形で広まって──

(俺、何やってるんだ……)

 リレーが始まり、バトンを受け取る直前だった。
 けれど、胸の動悸が止まらなかった。
 足が、ほんのわずか震えている。

 走り出したはずなのに、風を感じなかった。

 ただひたすら、自分の選んだ言葉の重さに潰されそうだった。

 ◇

 その日の帰り道。
 蓮はグラウンド脇の水道で顔を洗っていた。

 タオルで顔を拭いてふと顔を上げると、遠くに浩太の姿が見えた。
 蓮のクラスメイトに話しかけられ、少し困ったように笑っている。

 それだけで、胸が痛んだ。

(先輩、苦笑いしてる。……俺のせいなのに)

 声をかけたい。謝りたい。
「ごめんなさい」「迷惑をかけてすみません」って。

 でも、その言葉をかけたら、また周囲の誰かに見られてしまう。

(どうすれば、いいんだろう)

 蓮は立ち尽くしたまま、汗とともにこぼれた涙を拭った。

 ──好きだった。

 今でも、きっと変わらずに。

 だからこそ、これ以上、誰かの視線で壊れてしまうのが怖かった。
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