【完結】君の笑顔を信じたい

加賀ユカリ

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第二章

14.体育大会

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 体育大会当日。
 夏の終わりを告げるような、強い陽射しがグラウンド一面に降り注いでいた。

 開会式の直前。
 生徒たちがスタンドに整列し、ざわめきの波が広がる中、浩太はふと視線を二年生の方へと向けた。

 すぐに、見慣れた後ろ姿が目に入る。

 ──蓮がいる。
 けれど、彼は浩太の方には目を向けず、隣のクラスメイトと笑顔で何かを話していた。

(……楽しそうにしてる)

 そう思った直後、胸の奥がわずかに痛んだ。

 無理をしている──そんなふうに見えるのは、気のせいだろうか。
 あるいは、ただ浩太が彼を「そう見たい」と思っているだけなのか。

 そうだとしても。

 もう、何日もまともに目を合わせていない。
 すれ違うたびに笑ってはくれるけれど、その笑顔は、どこか薄くて──まるで距離を測るような、探るようなものだった。

(あのとき……)

 浩太は、あの言葉を思い出していた。
 同級生の女子に「普通すぎ」と言われた日。

 ──もし、蓮も同じようなことを言われたのだとしたら。

(……気にしてるのか。そんなことで、俺が怒ると思ったのか)

 誰かに笑われることも、何かを言われることも、全く気にならないと言えば嘘になる。
 けれど、蓮が自分を避けるようになった理由が、そこにあるのだとしたら。

(……言葉にしなきゃ、伝わらないか)

 浩太は、静かに息を吐いた。

「よし」

 小さくつぶやいて、意を固めた。

 ◇

 競技は順調に進み、太陽が西へ傾き始める頃、午後のリレー種目が近づいていた。

 スタンドに戻った三年生たちの間から、誰かの声が聞こえる。

「瀬川くんって、二年のリレーのアンカーなんだってな」

 浩太は反応するふりもせず、自然に視線をグラウンドへ向ける。

 蓮はトラックの内側、待機エリアで腕をぐるりと回していた。
 姿勢はいつも通りの柔らかさを保っている。
 ──けれど、どこか空気が張り詰めていた。

(大丈夫か……?)

 スタートのピストルが鳴り、二年生のリレーが始まった。
 バトンが順に手渡され、歓声と砂煙が交差する中、蓮の順番がやってくる。

 バトンが渡された、その瞬間──

「っ……!」

 蓮の足が、わずかにもつれた。
 大きく転ぶことはなかった。けれど、確かに一瞬、動きが鈍った。

(……っ!)

 周囲の声援が続く中、浩太は立ち上がっていた。
 胸騒ぎが、理性よりも先に足を動かしていた。

 浩太はスタンドを抜け出し、グラウンドの裏手へと駆けていく。

 ◇

 給水所のベンチ。
 ペットボトルの水を口に含みながら、蓮は顔をしかめていた。

 浩太が駆け寄ってくると、蓮は一瞬驚いた表情を見せたが──すぐに、目を伏せた。

「浩太先輩……」
「……足、大丈夫か?」

 蓮は一呼吸おいてから、小さく首を縦に振った。

「ちょっと足首、ひねっただけです。たいしたことないです……」
「たいしたことないって顔じゃなかった」

 浩太は少し語気を強めた。

「それに──お前、俺のこと避けてるだろ」

 その言葉に、蓮の肩が明らかにぴくりと動いた。

「……俺、浩太先輩に迷惑かけたくなかったんです」

 俯いたまま、ぽつぽつと蓮が言葉を紡ぐ。

「家に来てもらって、あんなに優しくしてもらったのに……俺、浮かれて、嬉しくなって……。でも、それが噂になって……先輩が変な目で見られて……」

 その声はかすれていた。

「俺のせいで、先輩が笑われるの、嫌だった。だから……離れた方がいいと思ったんです」
「……バカ」

 浩太は思わず言っていた。

「俺がそんなこと気にするかよ」

 蓮がはっと顔を上げる。

「誰に何を言われても、お前がどう思ってくれてたかの方が、よっぽど大事だ」
「……でも」
「お前が俺を避ける方が、よっぽど嫌だった」

 静かに、けれど確かな思いを込めて浩太は言う。
 蓮は、もう反論できなかった。

「俺……本当は」

 唇が震えながら、蓮は続けた。

「もっと……浩太先輩に頼りたかったです。側にいてほしかった。でも、それって自分勝手だって思って……」
「……それくらい、頼れよ」

 浩太は、優しく笑った。

「俺は、お前の先輩なんだから」

 その言葉に、蓮の目が潤んだ。

「……はい」

 かすれた声だったが、それは確かに届いた返事だった。

 ◇

 夕暮れが近づくグラウンド。
 全競技が終了し、生徒たちがそれぞれの教室へ戻っていく。

 昇降口でシューズを履き替えていた浩太に、静かな声がかかった。

「……先輩」
「ん?」
「帰り……一緒に帰ってもいいですか?」

 浩太は、自然に微笑んで頷いた。

「もちろん」

 校門を出て並んで歩く二人の距離は、前よりもずっと自然だった。
 少しだけ、蓮の足が遅れていたのは、足首のせいか──それとも、照れ隠しか。

 夕暮れの風が、ゆるやかに吹いていた。

 前を向いたその背に、今度はやさしく追い風が吹いている。
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