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第二章
8.君専用の記録者
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瑞樹の家族は皆、β性の人間である。
祖父母、従兄弟、両親も──全員がβ性。そのため瑞樹も当然、自分がβ性だと信じて疑わなかった。
だが、瑞樹が中学生の時に行われた第二性検査でΩであることが判明した。
その知らせを受けた親戚一同は大騒ぎだった。
『瑞樹にお見合い相手を──』と、瑞樹は立て続けにα性の人間を紹介された。
だが、新たなお見合い相手と会うたびにかけられる言葉は同じだった。
「こいつ、本当にΩなのか?」
瑞樹からΩフェロモンが一切感じ取れない、と。
その後、瑞樹はΩ内科にて“Ω性が未発達”との診断を受けた。
──Ωフェロモンの数値が著しく低い。
──β性の人間とほとんど変わらない。
──将来、α性の人間と番になれるかは保証できない。
瑞樹はいわゆる“欠陥Ω”と呼ばれる存在であった。
◇
慧が瑞樹のフェロモンを実況するようになって半年以上が経過した。
朝昼晩と欠かさず届く“フェロモン実況”はすっかり日常の一部になっていた。
『爽やかフェロモン。何か良いことあった?』
『いつもより数値が高いね! 僕と話したからかな?』
そして直接会った時には、首筋に顔を寄せられることさえある。
「いつもより少し濃い気がする……他のαが寄ってきたら困るから、少しマーキングしておこうか」
そう言って慧に抱き寄せられた時、瑞樹は反射的に彼を拒むことができなかった。
(お前以外にフェロモンを指摘されたことなんかないだろ……)
慧は瑞樹の小さな変化にも一喜一憂する。
その度に、自然と表情が緩んでしまうことがどこか悔しかった。
◇
ある日の放課後。
いつも通り並んで歩く帰り道、今日の慧は珍しく静かだった。
「あ、あのさ、瑞樹くん。ちょっと聞いてもいい?」
「……なに。気持ち悪いことだったら即却下だけど」
「いや……多分、気持ち悪くはない……はず」
「その前置きがすでに気持ち悪い……」
苦笑しながらも、慧は意を決したように口を開いた。
「……瑞樹くん、ヒート来たこと……ある?」
その一言に瑞樹の足はピタリと止まる。周囲をとりまく空気が一瞬で重たくなった。
「……は? 何それ。気持ち悪いことは聞くなって言っただろ」
「ごめん! 悪気はないんだ。ただ気になって……」
焦ったように慧は両手を上げる。だが、その言葉は止まらなかった。
「半年以上瑞樹くんのフェロモンを見てきたけど、瑞樹くんの数値はずっと安定してる。最初はそういう体質なのかなって思ってたけど……波がまったく来ないのは、やっぱり不自然で──」
(……気づいてる。俺が“まともなΩじゃない”ってこと)
「……答える必要ないだろ」
瑞樹は踵を返そうとしたが、慧がその腕を掴んだ。
「待って! 本当にごめん。僕の言い方が悪かった。瑞樹くんを責めたいわけじゃないんだ」
「だったら黙れよ」
「……でも、瑞樹くんがそれで自分を否定しているなら、僕は嫌なんだ」
その声はいつもの冗談交じりではない。慧の表情も真剣そのものだった。
「フェロモンが薄くても、ヒートが来なくたって、いい。……でもそれで“欠けてる”って思うなら、“違う”って言いたい」
「……」
瑞樹は慧の顔を見上げた。
慧は確かに変態だ。初対面で瑞樹のマスクを奪おうとするし、毎日フェロモンの実況をしてくる訳の分からない人間だ。
だが、こういうときだけは妙に真っすぐで、胸に突き刺さるような言葉を放つ。
「瑞樹くんのフェロモンはすごく綺麗だよ。半年間、毎日記録してきた僕が言うんだから、間違いない」
慧が軽くかがみ、瑞樹の肩に手を置いた。そこから温かさがじんわりと広がる。
瑞樹は慧から視線を逸らしながらも、喉の奥から絞り出すようにして口を開いた。
「……ない。一度も、ヒートなんて来たことない」
慧の瞳が揺れる。
「医者からは『発現しない体質の可能性がある』とか『個人差』とか言われた。数値的にはβとほとんど変わらないって」
「……」
「……別に気にしてないし」
その声がわずかに震えていることに瑞樹自身も気づいていた。
「……じゃあ、僕が気にする」
「は?」
「瑞樹くんがどんな状態でも、誰に何を言われても、僕が『瑞樹くんはΩだ』って伝え続ける。勝手に」
「何様なんだ、お前……」
「僕は瑞樹くん専用の記録者だよ。フェロモン実況歴半年のプロです」
「半年でプロを名乗るな」
「大丈夫だよ! これからずっと更新し続けていくから!!」
無邪気に笑いながら、慧は瑞樹の手を取った。
この日の帰り道はいつもよりもずっと静かだった。
だが、胸の奥には確かに温かさが残っていた。
祖父母、従兄弟、両親も──全員がβ性。そのため瑞樹も当然、自分がβ性だと信じて疑わなかった。
だが、瑞樹が中学生の時に行われた第二性検査でΩであることが判明した。
その知らせを受けた親戚一同は大騒ぎだった。
『瑞樹にお見合い相手を──』と、瑞樹は立て続けにα性の人間を紹介された。
だが、新たなお見合い相手と会うたびにかけられる言葉は同じだった。
「こいつ、本当にΩなのか?」
瑞樹からΩフェロモンが一切感じ取れない、と。
その後、瑞樹はΩ内科にて“Ω性が未発達”との診断を受けた。
──Ωフェロモンの数値が著しく低い。
──β性の人間とほとんど変わらない。
──将来、α性の人間と番になれるかは保証できない。
瑞樹はいわゆる“欠陥Ω”と呼ばれる存在であった。
◇
慧が瑞樹のフェロモンを実況するようになって半年以上が経過した。
朝昼晩と欠かさず届く“フェロモン実況”はすっかり日常の一部になっていた。
『爽やかフェロモン。何か良いことあった?』
『いつもより数値が高いね! 僕と話したからかな?』
そして直接会った時には、首筋に顔を寄せられることさえある。
「いつもより少し濃い気がする……他のαが寄ってきたら困るから、少しマーキングしておこうか」
そう言って慧に抱き寄せられた時、瑞樹は反射的に彼を拒むことができなかった。
(お前以外にフェロモンを指摘されたことなんかないだろ……)
慧は瑞樹の小さな変化にも一喜一憂する。
その度に、自然と表情が緩んでしまうことがどこか悔しかった。
◇
ある日の放課後。
いつも通り並んで歩く帰り道、今日の慧は珍しく静かだった。
「あ、あのさ、瑞樹くん。ちょっと聞いてもいい?」
「……なに。気持ち悪いことだったら即却下だけど」
「いや……多分、気持ち悪くはない……はず」
「その前置きがすでに気持ち悪い……」
苦笑しながらも、慧は意を決したように口を開いた。
「……瑞樹くん、ヒート来たこと……ある?」
その一言に瑞樹の足はピタリと止まる。周囲をとりまく空気が一瞬で重たくなった。
「……は? 何それ。気持ち悪いことは聞くなって言っただろ」
「ごめん! 悪気はないんだ。ただ気になって……」
焦ったように慧は両手を上げる。だが、その言葉は止まらなかった。
「半年以上瑞樹くんのフェロモンを見てきたけど、瑞樹くんの数値はずっと安定してる。最初はそういう体質なのかなって思ってたけど……波がまったく来ないのは、やっぱり不自然で──」
(……気づいてる。俺が“まともなΩじゃない”ってこと)
「……答える必要ないだろ」
瑞樹は踵を返そうとしたが、慧がその腕を掴んだ。
「待って! 本当にごめん。僕の言い方が悪かった。瑞樹くんを責めたいわけじゃないんだ」
「だったら黙れよ」
「……でも、瑞樹くんがそれで自分を否定しているなら、僕は嫌なんだ」
その声はいつもの冗談交じりではない。慧の表情も真剣そのものだった。
「フェロモンが薄くても、ヒートが来なくたって、いい。……でもそれで“欠けてる”って思うなら、“違う”って言いたい」
「……」
瑞樹は慧の顔を見上げた。
慧は確かに変態だ。初対面で瑞樹のマスクを奪おうとするし、毎日フェロモンの実況をしてくる訳の分からない人間だ。
だが、こういうときだけは妙に真っすぐで、胸に突き刺さるような言葉を放つ。
「瑞樹くんのフェロモンはすごく綺麗だよ。半年間、毎日記録してきた僕が言うんだから、間違いない」
慧が軽くかがみ、瑞樹の肩に手を置いた。そこから温かさがじんわりと広がる。
瑞樹は慧から視線を逸らしながらも、喉の奥から絞り出すようにして口を開いた。
「……ない。一度も、ヒートなんて来たことない」
慧の瞳が揺れる。
「医者からは『発現しない体質の可能性がある』とか『個人差』とか言われた。数値的にはβとほとんど変わらないって」
「……」
「……別に気にしてないし」
その声がわずかに震えていることに瑞樹自身も気づいていた。
「……じゃあ、僕が気にする」
「は?」
「瑞樹くんがどんな状態でも、誰に何を言われても、僕が『瑞樹くんはΩだ』って伝え続ける。勝手に」
「何様なんだ、お前……」
「僕は瑞樹くん専用の記録者だよ。フェロモン実況歴半年のプロです」
「半年でプロを名乗るな」
「大丈夫だよ! これからずっと更新し続けていくから!!」
無邪気に笑いながら、慧は瑞樹の手を取った。
この日の帰り道はいつもよりもずっと静かだった。
だが、胸の奥には確かに温かさが残っていた。
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