【完結】変態αのフェロモン観測記録

加賀ユカリ

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第一章

7.病み上がりα、お惚気け全開(慧視点)

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 その日、神代慧は絶好調だった。

 熱も完全に下がり、身体のだるさもない。
 いや、それどころか、人生でいちばん絶好調かもしれない。

 理由はただひとつ──

「瑞樹くんが! ずっと僕のそばにいてくれた!」

 研究室のドアを開けた瞬間、慧の大声が廊下に響き渡った。コーヒーを口にしていた教授が、盛大に吹き出す。

「ゴホッ……! ……おい神代、朝っぱらから何の報告だ」
「惚気です!」
「いらんわ、そんな報告!」

 研究室内の空気が、一瞬でカオスと化す。
 助手の机では書類がひらひら舞い、ゼミ生は凍り付いた笑顔でフリーズしている。


 だが、慧のテンションは誰にも止められなかった。
 慧の脳内は、昨夜の瑞樹で満たされていた。

 ──瑞樹が、あんなに優しくしてくれた。
 ──おでこを拭いてくれた。
 ──「大丈夫?」って何度も声をかけてくれた。
 ──寝かしつけまでしてくれた。


「教授~! 聞いてくださいよ~!」

 慧が机に両手をつき、瞳を輝かせる。

「昨日、あの瑞樹くんが! 僕に! 氷枕を取り替えてくれたんです!」
「……赤ん坊かお前は」
「しかも! おかゆまで! スプーンで食べさせてくれたんですよ!? 『熱いからフーフーして』って!」
「幻覚でも見たんだろ」
「幻覚じゃありません! だって瑞樹くん、『どこにも行かないよ』って言ったんですよ!」
「それお前が言ったんじゃないのか?」
「いえ!! 彼のほうから!! 『変態でも好きだよ』って!!」


 慧は発熱すると記憶を捏造する悪い癖があった。


 教授は呆れた顔で、慧の顔を見るとぼそっとつぶやいた。

「……まだ熱下がってないな」


 教授が手元のプリントで慧をぱたぱた扇ぎはじめた。ゼミ生たちは息をひそめ、机の下で震えている。

 だが、慧の饒舌は止まらなかった。

「僕、この先どんな試練があっても生きていけます……! 風邪も、学会も、ぜーんぶ“瑞樹くんがいる”って思えば乗り越えられるんです!」
「……神代、お前……本当に熱下がったのか? 脳が沸いてないか?」
「これが恋の体温です!」
「……末期だな」

 慧は勢いよく立ち上がり、白衣を翻した。

「じゃあ、教授! 僕、これから瑞樹くんに惚気てきます!」
「ここでも惚気てたろ!? 帰れ!」
「はーい!」

 満面の笑みで研究室を飛び出していく慧。
 残された教授は、天を仰いでため息をついた。

「……あいつ、風邪より恋のほうが重症だな」

 ◇

 廊下を歩きながら、慧はスマホの画面を見つめ、にやけが止まらなかった。
 瑞樹からの『おかゆちゃんと食べろ』という短いメッセージを、スクリーンショットで何十枚も保存した。

「僕のΩちゃんは、ほんとに可愛すぎる……」

 独り言のようにつぶやいたその声は、どこか本気の祈りにも似ていた。



 ◇◇◇


 次から第二章に入ります。
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