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「トルナ侯爵家の別邸にエリカさんも遊びにこないか?」というルパートの招待は、最初は却下されそうになっていた。
「エリカは人見知りですので」とそっけなく叔母は断ろうとしていたが。
「トルナの領地は田舎でね。素朴なところだよ。周囲には人どころか動物しかいない。あるのは侯爵家の別邸だけなんだ」
とルパートが言うと、エリカ自身が「私、鹿が見てみたいわ。野生のリスも!」と目を輝かせたので、渋々折れていた。
(叔母様は、エリカを誰かと交流させようとしているのを嫌がっている?)
何度もトルナの領地の様子をルパートから聞いて確認している叔母の様子がなんとなく怪しく、アンジェリカはその様子をじっと見つめていた。
* * *
「トルナ侯爵領までは遠いから、そこに着くまでお友達のおうちに泊まらせていただくから、ちゃんとご挨拶してね」
アンジェリカがそう言えばエリカは「そうなの?」と素直に信じている。
まともな教育を受けていれば、すぐにおかしいと気づくレベルの常識すらエリカは欠けている……とアンジェリカは勘づいたが顔には出さない。身分の高い爵位の者の領地は王都から近い順に割り当てられるのだ。だから侯爵領がそう遠いはずもないと貴族の娘ならわかるのだ。
ルパートはとある基準を持つ友人らに、あらかじめ根回しをして順番に泊まらせてもらうよう交渉していた。
その基準とは、エリカと同じか下の年齢を持つ子供のいる家。
もちろん、マナーができていないエリカの話はあらかじめそれとなく伝えてはいたが、それを誰もとがめたりはしないような人を選んで。
最初の三日くらいはエリカはなんとも思っていないようだった。
しかし、行く家、行く家全てで出会う同じ年頃……いや、年下の子ですらエリカより行儀がよく、テーブルマナーも完璧なのを見れば、我が身を振り返って感じるものがあったようだ。
もっとも彼らは特別だったのだが。
幼い時から王宮に出入りを許されて、将来的に王族の近侍となるような家系の子たちのため、厳しい訓練を受けてきている。
しかしそんなことを知らないエリカは、「貴族の子は全員、この程度はできるのだ」という風に受け止めた。
美しい礼をし、食事をする時は音も立てず姿勢も崩さない。
真似しようとしても練習すらしたことのない身ではふらつくし、ぎこちない。
大人になればできる、その気になれば見様見真似でできる。いざとなれば……そうエリカは思っていたのだ。
しかし、身についていない動きは様にならない。
夜、ベッドでエリカは泣いていた。
そんなエリカをアンジェリカは抱きしめる。
「どうして泣いてるの? 誰かが貴方を悪く言ったの?」
「いいえ」
「自分を恥ずかしく思ったのね」
「…………」
エリカは姉が日々、悲壮感と焦りを持って自分に言っていたことは事実だったとようやく感じ入った。
行く家全てで自分の行いが全否定されていたら、さすがに自分が間違っていると気づく。
そして、アンジェリカにとっては嬉しい誤算があった。
旅先という知らない人しかいないところでは、エリカはアンジェリカについてまわるしかない。
自然と姉の側に付きっ切りになり、その目で貴族としての振る舞いをつぶさに観察することになったのだ。
一週間後にトルナ侯爵の別荘に入ると、婚約者であるアンジェリカは未来のルパートの妻として皆に扱われた。
その中には将来の侯爵家に連なる者におもねる気持ちもあっただろうけれど、皆、アンジェリカをほめそやす。なんと美しくも優雅な人だろう、さすが侯爵家に縁が続くにふさわしい人だ、と。
それまでは、どこか口うるさく煙たいだけとしか思っていなかった姉は、皆にかしずかれる淑女なのだということをエリカは知ったのだ。
ずっとエリカはどこかで勘違いしていた。
叔母夫婦が言うように可愛い自分は王子妃に、何もしなくてもなれるのだと。
そして自分は王子妃になって、姉より身分の高い人に嫁ぐのだから姉より上なのだと、根拠のないプライドがあったのだ。
しかし姉の貴族らしい立ち居振る舞いや、立ち回りは裏に重ねられた静かな努力のたまものだし、容姿だけでなく、そういう努力が選ばれたと理解したのだ。
「お姉さま……私、お姉さまのようになりたい。どうすればいいのかな」
旅行の最終日、アンジェリカの寝室でエリカは思いつめた顔をしてアンジェリカに思いを打ち明けた。
アンジェリカは妹のその真剣な表情を見て微笑む。
「ならば、うちに帰ってくる? しっかりと教えてあげるわ。貴方が大きくなるまでに身に着けければならなかったことを、今から覚えるのだからとても大変なことよ」
「うん」
エリカはまっすぐに姉を見て頷いた。
「貴方なら、本当に王子妃になれるかもしれないわ。ちゃんと自分で気づけた貴方ならね」
アンジェリカはエリカの両手を包むように握りしめた。
「エリカは人見知りですので」とそっけなく叔母は断ろうとしていたが。
「トルナの領地は田舎でね。素朴なところだよ。周囲には人どころか動物しかいない。あるのは侯爵家の別邸だけなんだ」
とルパートが言うと、エリカ自身が「私、鹿が見てみたいわ。野生のリスも!」と目を輝かせたので、渋々折れていた。
(叔母様は、エリカを誰かと交流させようとしているのを嫌がっている?)
何度もトルナの領地の様子をルパートから聞いて確認している叔母の様子がなんとなく怪しく、アンジェリカはその様子をじっと見つめていた。
* * *
「トルナ侯爵領までは遠いから、そこに着くまでお友達のおうちに泊まらせていただくから、ちゃんとご挨拶してね」
アンジェリカがそう言えばエリカは「そうなの?」と素直に信じている。
まともな教育を受けていれば、すぐにおかしいと気づくレベルの常識すらエリカは欠けている……とアンジェリカは勘づいたが顔には出さない。身分の高い爵位の者の領地は王都から近い順に割り当てられるのだ。だから侯爵領がそう遠いはずもないと貴族の娘ならわかるのだ。
ルパートはとある基準を持つ友人らに、あらかじめ根回しをして順番に泊まらせてもらうよう交渉していた。
その基準とは、エリカと同じか下の年齢を持つ子供のいる家。
もちろん、マナーができていないエリカの話はあらかじめそれとなく伝えてはいたが、それを誰もとがめたりはしないような人を選んで。
最初の三日くらいはエリカはなんとも思っていないようだった。
しかし、行く家、行く家全てで出会う同じ年頃……いや、年下の子ですらエリカより行儀がよく、テーブルマナーも完璧なのを見れば、我が身を振り返って感じるものがあったようだ。
もっとも彼らは特別だったのだが。
幼い時から王宮に出入りを許されて、将来的に王族の近侍となるような家系の子たちのため、厳しい訓練を受けてきている。
しかしそんなことを知らないエリカは、「貴族の子は全員、この程度はできるのだ」という風に受け止めた。
美しい礼をし、食事をする時は音も立てず姿勢も崩さない。
真似しようとしても練習すらしたことのない身ではふらつくし、ぎこちない。
大人になればできる、その気になれば見様見真似でできる。いざとなれば……そうエリカは思っていたのだ。
しかし、身についていない動きは様にならない。
夜、ベッドでエリカは泣いていた。
そんなエリカをアンジェリカは抱きしめる。
「どうして泣いてるの? 誰かが貴方を悪く言ったの?」
「いいえ」
「自分を恥ずかしく思ったのね」
「…………」
エリカは姉が日々、悲壮感と焦りを持って自分に言っていたことは事実だったとようやく感じ入った。
行く家全てで自分の行いが全否定されていたら、さすがに自分が間違っていると気づく。
そして、アンジェリカにとっては嬉しい誤算があった。
旅先という知らない人しかいないところでは、エリカはアンジェリカについてまわるしかない。
自然と姉の側に付きっ切りになり、その目で貴族としての振る舞いをつぶさに観察することになったのだ。
一週間後にトルナ侯爵の別荘に入ると、婚約者であるアンジェリカは未来のルパートの妻として皆に扱われた。
その中には将来の侯爵家に連なる者におもねる気持ちもあっただろうけれど、皆、アンジェリカをほめそやす。なんと美しくも優雅な人だろう、さすが侯爵家に縁が続くにふさわしい人だ、と。
それまでは、どこか口うるさく煙たいだけとしか思っていなかった姉は、皆にかしずかれる淑女なのだということをエリカは知ったのだ。
ずっとエリカはどこかで勘違いしていた。
叔母夫婦が言うように可愛い自分は王子妃に、何もしなくてもなれるのだと。
そして自分は王子妃になって、姉より身分の高い人に嫁ぐのだから姉より上なのだと、根拠のないプライドがあったのだ。
しかし姉の貴族らしい立ち居振る舞いや、立ち回りは裏に重ねられた静かな努力のたまものだし、容姿だけでなく、そういう努力が選ばれたと理解したのだ。
「お姉さま……私、お姉さまのようになりたい。どうすればいいのかな」
旅行の最終日、アンジェリカの寝室でエリカは思いつめた顔をしてアンジェリカに思いを打ち明けた。
アンジェリカは妹のその真剣な表情を見て微笑む。
「ならば、うちに帰ってくる? しっかりと教えてあげるわ。貴方が大きくなるまでに身に着けければならなかったことを、今から覚えるのだからとても大変なことよ」
「うん」
エリカはまっすぐに姉を見て頷いた。
「貴方なら、本当に王子妃になれるかもしれないわ。ちゃんと自分で気づけた貴方ならね」
アンジェリカはエリカの両手を包むように握りしめた。
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