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side伊織
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「好きだから、付き合って。ね、お願い」
ちゃらりと綺麗なピアスを揺らして笑い、軽くそう言った彼。
罰ゲームかノリか、冗談で言ってるんじゃないか。その告白は、そう思えるほど軽い物だった。だから俺は適当に返事を返した。どうせすぐ別れるだろうと。
「別にいーけど」
ブレザーのポケットに片手を突っ込みながらそう言った俺に、彼はパッと明るい表情をすると「ほんと?」と嬉しそうに笑った。ほんのりと頬は赤く染まっている。
そんな彼の様子に俺は小首を傾げる。何だろう、告白が受けられるかという賭けをしていたりしたのか。賭けに勝てて喜んでいるのだろうか。
そう考えていると、バッと腕を広げた彼にぎゅぅっと抱き締められる。まるで壊れ物を扱うようにこちらを気遣う抱き締め方だ。俺はされるがままで彼の背中に腕を回すなんて考えもせず、ぶらんと腕は下げたまま。
この俺を抱き締めている人物の名前は霜月慧弥。学園内でもチャラいと有名なイケメンだった。一軍男子で放課後はよくカラオケやボウリングを同じ一軍達と遊びに行っていると話すような陽キャである。更に家は金持ち、αとして生まれ勝ち組。モテる要素満載の彼だけれど不思議な事に女関係やΩ関係の話は全く聞いたことがない。
そんな彼から告白され驚きもしたが、まあこの関係ももって1ヶ月だろう。早かったら明日にでも別れを切り出されるかもしれない。
そんな悠長な事を考えているうちに3ヶ月が経っても、未だに俺は霜月と付き合っている。別れようと言われる事もなく、自然消滅する事もなく。
霜月は毎日のように東棟にあるαクラスから間反対の西棟にあるβクラスまで足を運んできた。現に今も俺のクラスの俺の席に霜月は座り膝の上に俺を座らせている。最初はクラスメイトに見られるという恥ずかしさから逃げていたが、霜月が泣きそうな顔をするから座ってやる事にしたらそのうち慣れた。最初はαがβと付き合っているという事に隣のクラスからも見物に来ている人達が居たが、今はそれよりもαである霜月の側近にしてもらおうという人の方が多い。
「霜月様、おっしゃっていたケーキをお持ちしました」
「霜月様、お飲み物を持って参りました」
「霜月様、今日は冷えます。毛布をどうぞ」
「霜月様、座り心地のよい椅子がございます。それに変えましょう」
「霜月様っ」「霜月様」「霜月様!」「霜月様ぁ」「霜月様」────
普通に木の板で作られている椅子がふかふかの一人用ソファーに変えられ、目の前の机には数種類のケーキとジュースが置かれた。膝には何処から持ってきたのか毛布が掛けられる。
正直、この環境にはいい加減うんざりしていた。周りから注目され友人からはよそよそしくされ、騒がしくても落ち着く事ができた教室は今では不気味な程に静まり返っている。
3ヶ月経った、そろそろ潮時だろう。早くこんな環境から解放されたい。
そう思い俺は体を捻って霜月を目に映した。彼は黒い髪をさらりと揺らし蕩ける笑みを浮かべて、振り向いた俺にこてりと首を傾げている。俺はそんな彼をじっと見つめ、息を吸って、声を出した。
「霜月、そろそろ別れよう」
「……え……」
先程までの幸せそうな表情から一変、霜月はさーっと青ざめた顔をした。俺はそれまで腹に回されていた彼の手が緩んだ事に気付き、これ以上居たら気が迷いそうだと振り払うように立ち上がる。そんな俺の決意の証である行動に、霜月は愕然と俺を見上げてきた。
「な、え、……なん、で……?」
もっと言いたい事はあるのだろう。パクパクと声にならないまま口を動かしていた霜月は、微かに聞こえる声でそう言った。泣きそうな彼の表情に俺は頭をかきながら、視線を反らして言葉を紡ぐ。
「いや、だって、俺達付き合い始めてからもう3ヶ月だろ。もういいんじゃないかって。お前と居ると色々疲れるし」
俺がそう言うと、言い返してくるかと思った霜月からはしばらく経っても何も言葉が帰って来ない。不思議に思ってちらっとそちらを見ると、彼はぽろぽろと涙を溢して真っ青な表情をしただこちらを見つめてきていた。霜月の青い目と目が合い、うっと罪悪感からつい呻き声が出る。
だが彼はαだ。俺と付き合うより同じαか可愛いΩと付き合った方が親御さんも納得だろう。3ヶ月も付き合えたんだ、結構長い方だと思う。これは霜月の為でもあるんだ。
周りからの視線も痛く、これ以上ここに居たくはないなと保健室でサボる気で俺は「そんじゃ…」と霜月に背を向けて教室の扉へと歩き出した。しんっと静まり返った教室では扉を開ける音も大きく聞こえ、俺は気まずさを感じながら教室を出て廊下を歩く。
αクラスのある東棟やΩクラスのある南棟と違い、この西棟は床にカーペットなんて敷かれていない。所々ひび割れた冷たい白のタイルの上を歩き、少し肌寒い廊下にぶるりと肩を震わせながら俺はポケットに両手を突っ込む。ぼーっとタイルのひびを見つめていると、それに集中していた為後ろから迫る人物に気付かず、突然誰かに足元へ抱き付かれ俺は驚き「うわぁ!」と大声を上げた。膝の間接らへんに頭を埋められぐりぐりと押し付けられながら、下からすすり泣く声が聞こえる。
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら俺の足元にすがり付く正体は霜月だった。見ずとも声だけで分かる。それだけ3ヶ月で彼の存在は俺の中で大きくなっていた。
ぐすんぐすんと泣く声が下から聞こえるという奇妙な出来事に俺は困惑しながら、何とか振り返ってしゃがみこむ霜月を見下ろす。しゃがみこんでβの足にしがみ付くなんて、とてもαとは思えない。そんなに俺から別れを切り出されるのでプライドが傷付いたのか。俺はそう考えながら眉を寄せて震える霜月の艶のある黒髪の頭を見つめた。
ちゃらりと綺麗なピアスを揺らして笑い、軽くそう言った彼。
罰ゲームかノリか、冗談で言ってるんじゃないか。その告白は、そう思えるほど軽い物だった。だから俺は適当に返事を返した。どうせすぐ別れるだろうと。
「別にいーけど」
ブレザーのポケットに片手を突っ込みながらそう言った俺に、彼はパッと明るい表情をすると「ほんと?」と嬉しそうに笑った。ほんのりと頬は赤く染まっている。
そんな彼の様子に俺は小首を傾げる。何だろう、告白が受けられるかという賭けをしていたりしたのか。賭けに勝てて喜んでいるのだろうか。
そう考えていると、バッと腕を広げた彼にぎゅぅっと抱き締められる。まるで壊れ物を扱うようにこちらを気遣う抱き締め方だ。俺はされるがままで彼の背中に腕を回すなんて考えもせず、ぶらんと腕は下げたまま。
この俺を抱き締めている人物の名前は霜月慧弥。学園内でもチャラいと有名なイケメンだった。一軍男子で放課後はよくカラオケやボウリングを同じ一軍達と遊びに行っていると話すような陽キャである。更に家は金持ち、αとして生まれ勝ち組。モテる要素満載の彼だけれど不思議な事に女関係やΩ関係の話は全く聞いたことがない。
そんな彼から告白され驚きもしたが、まあこの関係ももって1ヶ月だろう。早かったら明日にでも別れを切り出されるかもしれない。
そんな悠長な事を考えているうちに3ヶ月が経っても、未だに俺は霜月と付き合っている。別れようと言われる事もなく、自然消滅する事もなく。
霜月は毎日のように東棟にあるαクラスから間反対の西棟にあるβクラスまで足を運んできた。現に今も俺のクラスの俺の席に霜月は座り膝の上に俺を座らせている。最初はクラスメイトに見られるという恥ずかしさから逃げていたが、霜月が泣きそうな顔をするから座ってやる事にしたらそのうち慣れた。最初はαがβと付き合っているという事に隣のクラスからも見物に来ている人達が居たが、今はそれよりもαである霜月の側近にしてもらおうという人の方が多い。
「霜月様、おっしゃっていたケーキをお持ちしました」
「霜月様、お飲み物を持って参りました」
「霜月様、今日は冷えます。毛布をどうぞ」
「霜月様、座り心地のよい椅子がございます。それに変えましょう」
「霜月様っ」「霜月様」「霜月様!」「霜月様ぁ」「霜月様」────
普通に木の板で作られている椅子がふかふかの一人用ソファーに変えられ、目の前の机には数種類のケーキとジュースが置かれた。膝には何処から持ってきたのか毛布が掛けられる。
正直、この環境にはいい加減うんざりしていた。周りから注目され友人からはよそよそしくされ、騒がしくても落ち着く事ができた教室は今では不気味な程に静まり返っている。
3ヶ月経った、そろそろ潮時だろう。早くこんな環境から解放されたい。
そう思い俺は体を捻って霜月を目に映した。彼は黒い髪をさらりと揺らし蕩ける笑みを浮かべて、振り向いた俺にこてりと首を傾げている。俺はそんな彼をじっと見つめ、息を吸って、声を出した。
「霜月、そろそろ別れよう」
「……え……」
先程までの幸せそうな表情から一変、霜月はさーっと青ざめた顔をした。俺はそれまで腹に回されていた彼の手が緩んだ事に気付き、これ以上居たら気が迷いそうだと振り払うように立ち上がる。そんな俺の決意の証である行動に、霜月は愕然と俺を見上げてきた。
「な、え、……なん、で……?」
もっと言いたい事はあるのだろう。パクパクと声にならないまま口を動かしていた霜月は、微かに聞こえる声でそう言った。泣きそうな彼の表情に俺は頭をかきながら、視線を反らして言葉を紡ぐ。
「いや、だって、俺達付き合い始めてからもう3ヶ月だろ。もういいんじゃないかって。お前と居ると色々疲れるし」
俺がそう言うと、言い返してくるかと思った霜月からはしばらく経っても何も言葉が帰って来ない。不思議に思ってちらっとそちらを見ると、彼はぽろぽろと涙を溢して真っ青な表情をしただこちらを見つめてきていた。霜月の青い目と目が合い、うっと罪悪感からつい呻き声が出る。
だが彼はαだ。俺と付き合うより同じαか可愛いΩと付き合った方が親御さんも納得だろう。3ヶ月も付き合えたんだ、結構長い方だと思う。これは霜月の為でもあるんだ。
周りからの視線も痛く、これ以上ここに居たくはないなと保健室でサボる気で俺は「そんじゃ…」と霜月に背を向けて教室の扉へと歩き出した。しんっと静まり返った教室では扉を開ける音も大きく聞こえ、俺は気まずさを感じながら教室を出て廊下を歩く。
αクラスのある東棟やΩクラスのある南棟と違い、この西棟は床にカーペットなんて敷かれていない。所々ひび割れた冷たい白のタイルの上を歩き、少し肌寒い廊下にぶるりと肩を震わせながら俺はポケットに両手を突っ込む。ぼーっとタイルのひびを見つめていると、それに集中していた為後ろから迫る人物に気付かず、突然誰かに足元へ抱き付かれ俺は驚き「うわぁ!」と大声を上げた。膝の間接らへんに頭を埋められぐりぐりと押し付けられながら、下からすすり泣く声が聞こえる。
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら俺の足元にすがり付く正体は霜月だった。見ずとも声だけで分かる。それだけ3ヶ月で彼の存在は俺の中で大きくなっていた。
ぐすんぐすんと泣く声が下から聞こえるという奇妙な出来事に俺は困惑しながら、何とか振り返ってしゃがみこむ霜月を見下ろす。しゃがみこんでβの足にしがみ付くなんて、とてもαとは思えない。そんなに俺から別れを切り出されるのでプライドが傷付いたのか。俺はそう考えながら眉を寄せて震える霜月の艶のある黒髪の頭を見つめた。
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