別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾

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side伊織

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にこにこ麗しく微笑みながら俺とぶつかった所を手で払う兄に、俺はげんなりする。その態度はないだろ。けれど今は文句言う時間も惜しい。ただでさえ遅刻しているのに長話するのも面倒だ、会釈し彼の隣をすり抜けようとすると、ブレザーの袖の端を強く掴まれ兄に引き留められた。

「……臭いな……」

自身のハンカチで口元を多いながらじとりとこちらを見つめてくる麗しき兄に、バッと兄の後ろに居たα達は自分達の匂いを嗅ぎ始めた。その様子を見て俺は思わず小さく失笑してしまう。
そもそも俺はαがそんなに好きではない。αとはプライドの高い生き物だ、そんな人達と長時間一緒に居るととてつもなく疲れる。冗談でちょっとでも貶すと威圧グレアされ面倒な事になるし。
だから兄とさえもあまり長く共に居たくはない俺は頼まれてでも東棟には行かないようにしていた。霜月が西棟に来るようになって少しずつストレスも溜まってはいたが、何故か甲斐甲斐しく俺の世話をしようとするから他のα達より気を使わずにすんで少し楽に感じていた事もある。
まあそんな俺だから、家でもあまり兄と会わないようにはしているのだが、この兄は何やらフェロモンが嫌いだそうでβである無味無臭の俺を好んでいた。匂いフェチというより匂いのほぼ全てが嫌いなようで、花の香りも甘いお菓子の香りもフルーツ系の香りも嫌いで、好きなのは石鹸くらい。
汗の匂いでもつけてるとぐちぐち口うるさく言われるから今日も朝風呂して石鹸で全身洗ったのに、俺の何処が臭いんだ。まさか霜月の家の車の匂いでも服に付いたのだろうか。首を傾げる俺に、笑みを浮かべながら俺と同じ緑色の瞳の奥は笑わない兄は、俺の兄とは思えない、これまた端正な唇を動かし口を開いた。

「その匂い、αが番に付けるマーキングと同種だね。これまでも嫌だったが、今回は酷いな…」

そう低い声で言った兄は、そのまま強く俺の袖をひっぱり何処へか歩き始める。αの力に、平々凡々とした筋力しか持たないβである俺が敵うはずもなく、俺は何度かバランスをくずし転びそうになりながら兄に付いていった。
連れていかれた先は普段兄達が作業するだろう生徒会室の奥の部屋。そこには脱衣場と普通の3倍程の広さがある湯船があった。服を脱ぐ事も許されずその中に放り込まれる。べっちょりと纏わりつく気持ち悪い布の感触と、鼻から水を吸い込んでしまった痛みと、体制を崩した中で浸かる水への恐怖。
全てが非現実的で非日常、そんな状況でパニックになった俺はバシャバシャと両手両足を暴れさせ、特に深くもない風呂で溺れた。暴れた事によってがぽがぽと顔に水が被さりそれをまた飲み込んでどんどんどんどん、溺れていく。
苦しい、くるし、ぐるしい、くる……じ……ぁ……。
ついに呼吸が止まり暴れる事も出来なくなって、風呂に沈んでいった時、腕を強く掴まれ引っ張りあげられ、湯船の中で優しく抱き締められた。口から入ってきた酸素と体内から出てくる水に激しくむせて咳ごむ俺に、抱き締めてきた人はとんとんと俺の背中を叩いてくる。

「うん、だいぶ匂いがとれたね。後は石鹸で全部洗い流したらもう大丈夫。伊織、服を脱ぎなさい。僕が洗ってあげる」

制服を着たまま、にこりと微笑み兄は俺の制服のボタンに手を掛ける。彼の濡れた橙色の髪から雫が一滴溢れ落ち、ぴちょんと湯船に波紋を作った。
息苦しさから抵抗する余裕もなく、俺が咳き込むのが落ち着いた頃にはブラウスのボタンは全て外され、ズボンも脱がされて、今やパンツ一丁に前の開いたブラウスと変態的な姿でお湯に浸かっている。兄はそんな俺を満足そうに見下ろし優しげな笑みを浮かべながら、真っ白い新品石鹸を持った手でブラウスを剥がしにかかってきた。流石に焦り俺は兄を突き飛ばす。その時、兄の顔に浮かんでいた笑みが一瞬で消えた。

「……は……?何するの」

「っ……、風呂は1人で入る。兄さんは出ていってくれ」

「何で?安心していいよ、優しくしてあげるから。さっきはごめんね、沈めてしまって。匂いを取るのに一番効率がいいんだよ。体内の匂いを普通に取るのは難しいからね」

そう言ってまたにこりと微笑む兄は、ゆっくりと俺の頭を撫でるとバッと俺からブラウスを取り上げられた。あっ、と言う間もなく。
そしてとても弟に向ける物とは思えないとろんとした目でこちらにすらりとした手を伸ばしてくる兄にひ、と喉でひきつった声を上げた俺は、幼い頃に兄から逃れる為、兄の機嫌をとる為に身につけた言葉を口に出した。頬が片方不自然に上がり目に恐怖の色が浮かんだ下手くそな笑みを浮かべて。

「はっ、恥ずかしいから…ぁ…。い、伊月さんに見られるのは恥ずかしい、から……。だから、出ていってくれないか……」

「っ」

足を山方に折り畳み出来る限り見せる肌の面積を少なくしようと俺が奮闘している間に、どうやら兄の機嫌はすっかり直っていた。にこにこ笑って俺の頬を何度もその手で撫でてくる。

「そっか、そっか。僕だから恥ずかしいんだね、可愛い伊織。いいよ、出ていってあげる。しっかりその石鹸で体を洗うんだよ」

「……あ、あぁ……」

鼻唄でも歌いそうなほど上機嫌に浴室を立ち去っていく兄を戦々恐々と見送った後、ようやく俺は安心して体を洗う事ができた。



◇◇◇◇◇

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