別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾

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side伊織

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ふと、目の前から霜月が消えた。いや、消えたんじゃない。兄に吹っ飛ばされたんだ。だって今俺の前には、グレアを剥き出しにした兄が立っているから。
左を見ると、体制を崩して座り込んでいる霜月が目に映った。げほげほと胸を押さえて苦しそうに咳き込んでいる。俺は大きく目を見開き驚きに声も出せないでいると、強く霜月を睨んでいた兄はギリッと音が聞こえる程強く歯を食いしばった。

「……ふざけるな……、ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!!!伊織は、僕の弟は、ぼくの物だ!彼が生まれた時からずっと!」

誰がお前の物だと思いながらも、こんなに近くに上位αのグレアがある為に震えが止まらない。今にも膝から崩れ落ちそうだ。
怖い、立ってなきゃ、助けて、怖い、動け、αは絶対だ、足が震える、怖い、声が出ない、行かなきゃ、嫌だ、怖い、助けて、霜月……。
まるで重力に押し潰されるかのような感覚に、顔が俯き始めた時、俺はどうせならと力を振り絞って重たい口を開いた。

「……あ、……んた、は……、おれの事……なんて、愛してないだろ……」

「………、は?」

ふっ、とグレアが消えた。あまりに突然の事に、俺は驚いて腰がぬけ尻餅をつく。兄は唖然とした表情で、俺を上から見下ろしていた。俺と同じ橙色の髪が、さらりと揺れる。

「伊織、何を言っているんだい?僕は常に貴方を愛しているし、弟としてとても大切にしている。今だってほら!良い香りにしてあげた、制服も与えた、生徒会室への入室も許可したし、伊織に危害は与えていない。僕は伊織を愛している!弟だよ、大切だよ、宝物だよ。僕の、僕だけの……」

「………、お、れは、お前の人形なんかじゃない」

「っ……」

兄が言葉に詰まった様子を見て、俺は彼を警戒しながらズボンについた埃を払いながら立ち上がる。そして軽くなった足で霜月の元へ駆け寄った。未だに苦しそうに座り込んでいる彼の元に膝をつき、手を差し伸べる。

「大丈夫か、霜月。早くここから出よう。あいつも人前なら下手に手出しは出来ないはず」

「伊織が、僕を心配してくれてる……?ゆめ、これ夢かな。だって僕を心配してくれてるって事は、つまり僕に好意を抱いてるって事だよね?可愛いっ、可愛い可愛い伊織!大好きだよぉぉっ♡」

「ぐっ……。い、今はそんな事してる場合じゃないだろ!相も変わらず気色悪いなっ、早く立て」

頬を赤らめはあはあと呼吸を荒くする霜月に若干引きながら、無理矢理彼の手を掴み引き上げる。兄に止められる前に退出しなければと、俺は霜月を引っ張りながら走って生徒会室の扉を開けた。部屋から出て扉を閉めようとした時、絶望したかのような表情で呆然と宙を見つめる兄を、俺は見た。

◇◇◇◇◇

生徒会室に1人残された伊月は、十数分経った後、ようやく言葉を発した。乾いた声だった。

「僕が伊織を人形だなんて思ってるわけがない。だって僕はこんなに伊織を愛しているんだもの」

誰に言う訳でもない。ただの一人言、ただ自分に言い聞かせるような言葉。それはその発言だけに留まらず、彼の口からボロボロと言葉が溢れていく。

「そうだ、そうだよ。綺麗にしてあげたし、壊れないよう守ったし、食事も水分も与えた。ほら、愛してる。誰も異論なんてないはずだ。僕は伊織を愛してる、愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる!!!……そう、愛してる……」

普段なら絶対に上げない大きな声を出し、伊月は麗しの瞳が溢れそうな程目を見開いて崩れ落ちた。しゃがみこむ気力もなく、彼は生徒会室の床に横たわる。掃除されているそこは埃もなく美しいが、生徒会長様が横になる程綺麗でもなかった。そんな事を気にも止めず彼はぼそ、と呟く。

「愛って、何なんだよ……。……ねぇ、教えてよ、伊織……。……いおり……どこ……?……おねがい、ちかくにいて……。おねがい、おねがいだから、ぼくからはなれないで……。………おねがい………」

まるで子供のような小さな声と共に、床に数滴の水が落ちた。

◇◇◇◇◇

生徒会室から出てしばらく走った俺らは、兄が追いかけて来ない事にほっとして保健室に足を運んでいた。高位αに急所を蹴られたんだ、いくら霜月でも人溜まりもないだろう。保健室にはいつもいる養護教諭の先生は居らず、「少し空けます、待っててにゃ♡」と書かれた紙が置かれていた。ちなみに養護教諭は50代前半のおじはんである。αな。

「霜月、取り敢えずそこの椅子に座ってろ。応急手当くらいなら俺でも出来る」

「伊織が優しい……♡困難を乗り越えて2人は結ばれました、的な?でも僕、生徒会長に蹴飛ばされた活躍しかしてないから、惚れてもらえなかっただろうけど。あーー、マジ許さない、あの暴君。離縁した方がいいよ伊織、そんでもって僕の弟になりなよ」

「ならない。それに安心しろ、俺はお前に惚れたから」

「んえー、それはざんね………ん?」

首を傾げた霜月のブラウスをめくりあげ、青アザが出来ている彼の腹にジュッと消毒液を吹き掛ける。「痛ァ!」と声が聞こえたが無視して取り敢えず絆創膏を張っておいた。アザの範囲が広い為、軽く10枚くらいは張っておく。

「ちょ、張りすぎじゃなぁい?伊織。……いやそうじゃなくて!え、今さ、惚れたって言った?伊織が僕に」

「あぁ、言ったな」

「……え……っ?えぇ?!!え、え、え!!ほんとに?!そ、それってもしかしなくても、僕の事好きって事だよね?僕に恋してたって事だよね?!!」

「うるさいな……。そうだよ、お前と同じ気持ちだよ。慧弥」

彼の青色の目を見てそう言った俺に、霜月は白い綺麗な肌をぼっ!と顔を赤くさせた。まるで茹でタコである。

「えっ、なっ、あっ、じゃ、じゃあ!ぼ、僕と、これからも付き合ってくれるって事?」

「そうだって言ってるだろ。俺を愛してくれるお前の側は、心地いいしな」

そう言って、先程の霜月の言葉を思い返す。
お願い、僕を愛して。他でもない、君が。
そう言った彼はきっと、兄とは違って俺を見てくれるんだろう。俺を、愛してくれるんだろう。それを知って思った。好きだ、と。
これでフラれてはざまあないな、と思いながらちらっと恐る恐る霜月の方を見ると、ぷるぷると震えながら涙目でこちらを見つめてきていた。

「……嬉しいっ……。嬉しい嬉しい嬉しい!!!これからも宜しくね!伊織」

ちゅうぅぅぅ♡
霜月の言葉と共に、目の前に付き出された綺麗な顔と、破廉恥な音。
?!?!?!
きっと俺の顔は今真っ赤になっているだろう。こいつ、何の断りもなく!
怒りと恥ずかしさのまま、俺は霜月の頬に自分の手を振りかざしたのだった。


◇◇◇◇◇

『別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた』side伊織編、無事完結です。
これまで読んでくださり、ありがとうございました。
これからも気が向いたら、今度はside慧弥編をポツポツと投稿していく予定ですので、宜しければそちらもご覧ください。
本当にありがとうございました。どうか新作も読んでいただけると幸いです。
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