【完結】死に戻り8度目の伯爵令嬢は今度こそ破談を成功させたい!

雲井咲穂(くもいさほ)

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chapter.8 / 遠い日の記憶

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 群青色に染まり始めた空よりも濃く深い色彩を纏って、街の明かりが一つ、二つと灯り始めた。

 壮麗さと厳格さを凝縮したような個性様々な邸宅が立ち並ぶ貴族街の一角にある、自宅に戻ってから三日。エヴァンゼリンやデルフィーネ達との会合が終わり、いくつかの決め事の確認のために書簡を受け取って、確認するなどしてあっという間に日数が経ってまった。

 明後日はいよいよ婚約式本番だと思うと、さらに気が重くなってくる。

 固く閉じられたバルコニーへ通じる窓から外の様子を眺めながら、アンテリーゼは軽く羽織った薄手のショールを引き寄せた。

「今回はうまくいくかしら」

 磨き上げられた窓ガラスに映りこむ、薄ぼんやりとした自分の姿がひどく所在なくてまるで幻のようだと自嘲しながらアンテリーゼは独りごちた。

 結局マルセルと婚約の指輪を受け取りに行けないままで数日経ち、あちらからは面会を求める手紙や訪問があったとユイゼルゼから聞かされてはいるものの、正直なところどんな顔をして会えばいいのかわからない。

 婚約式を取りやめて、婚約を解消したいという衝動に駆られるが、そのためにはそれに足る十分な理由が必要で、そのためにはまだ一番必要な証拠が集まっていなかった。デルフィーネやエヴァンゼリンたちは婚約式までに必ずその証拠を見つけ出すと約束をしてくれたのだが、正直なところどう転ぶか未だに気は抜けない。

 アンテリーゼは琥珀色の瞳をそっと閉じ、溶けて消えてしまいそうな声で問うた。

「あなたは本当に私と結婚する気があるの?」

 ぺたりと指先で窓に触れてみても、冷たい感触が言葉を返すことはない。

「あなたは、本当は誰を愛しているの?」

 家同士の繁栄のために取り交わされることが一般的な貴族同士の結婚という制度。それが嫌で女公爵や女伯爵として一生を終えた人物はいるが、長い歴史の中でも数人しかいない。それにそういう人たちは何か特別な才能や、生まれながらの地位が「社会的にわがままと言われる選択」を許している節もある。

「私は、無理ね」

 貴族の中では名門とは程遠く、財力も歴史も埋もれてしまうほど浅い。父は政治的野心も金銭的欲望も薄い性格で、母は質素で素朴な生活を好む。領地の安定が第一で、それ以上を望んでいないことは明白だ。

 いい意味で目立たない、地味といえば地味なこのマトヴァイユ家にマルセルのメルツァー家から正式な結婚の話があった際は、両親は何度も考え直すようにアンテリーゼを説得した。家格が違いすぎる、同じ伯爵家でもつり合いが取れないなどなどだ。

 本当のところ両親が彼をどう思っているのかはわからないが、それでもアンテリーゼが結婚を前提に交際をはじめると決めた時は、渋々ながらそれでも許してくれた記憶がある。その後は、順調といえば順調に交際を進め、求婚され、結婚の許しを得るために両親に面会し、許された。

 アンテリーゼもマルセルの領地に招かれ、未来の義母となる人や親族や兄弟を紹介され、少なくとも表面上は歓迎されたように感じたし、両家同士の顔合わせや内々での仮婚約もトントンと進んだ。正式な婚約が許され、婚約式のために加速度的に毎日が忙しくなった時には、マルセルの仕事が忙しいようでほとんど会えなかったが、婚約指輪やそれに続く結婚指輪の打ち合わせなどをして会う機会はあったので、アンテリーゼも寂しさを感じることはほとんどなかった。

「それなのに、どうしてかしらね」

 マルセルとは国王主催の春の花の式典で催された夜会で出会った。三日間国中の様々な貴族がその序列や功績などの関係なく顔を合わせ、会話とダンスを楽しむ貴族の春の式典だ。その頃のアンテリーゼは社交デビューを果たしたばかりで右も左もわからず、エヴァンゼリンはその優れた魔力と頭脳から王立魔術院に入学しており、この頃ほとんど接点がなかった。

 友人らしい友人はほとんどおらず、会話らしい会話もうまくできなくて、数度ダンスを誘われて踊ったけれどだんだん自信がなくなって、気が付いたら壁の花になっていたのだ。

 賑やかさに目が追い付かず、気後れしているところに声をかけてきたのが、マルセルだった。

 三つ年上ですでに王宮に勤めているというその青年は、見るからに真面目そうで、細かな気配りができる優しそうな人だと思った。そうしてすっかり夜会が終わるころには、彼に心惹かれていた自分を自覚した。

 こんなにあっさり誰かに心を開いて話せたことが初めてだったし、右も左もわからない未成熟な自分のような人物にも敬意を持って接してくれたのが嬉しかったのかもしれない。

 それから数日後、彼はあの真珠の首飾りと花束を手に交際を申し込むたびにこの家の扉を叩いたのだった。

「遠い昔の物語みたいだわ」

 アンテリーゼは床にゆっくりと腰を下ろし、足を横に流して空を見上げた。
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