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第4話 森に暮らす者
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森の中、苔むした倒木を頼りに歩き続けた末、俺は道を見失っていた。
陽はすでに傾き、木々の葉の隙間から差し込む薄明かりも、森の濃い緑に吸い込まれていく。
足は泥に取られ、息は白く曇っていた。喉の奥は乾き、背負った荷の重さが肩にずしりとのしかかる。
倒木に背を預け、力尽きて膝をついた時だった。
「動くな!」
ピンと張り詰めた空気が背中を走った。見上げれば、褐色の衣に身を包んだ若者たちが、枝の間から静かに姿を現していた。手には見事にしなった弓。矢尻は真っ直ぐ俺の胸を狙っている。
「名を名乗れ。ここに踏み込んだ理由を話せ」
言葉は鋭く、だが怯えや敵意というより、慎重さと警戒の中に鍛えられた規律が感じられた。必死に呼吸を整えながら、俺は旅の経緯をたどたどしく語った。襲撃された村のこと、妖精の影を追っていること...何をどこまで話すべきか迷いつつも、できる限り真摯に伝えた。
若者たちは無言のまま顔を見合わせると、やがて一人が弓を下ろした。
「まったく、厄介な旅人だな。だが、まぁ良い。ついて来い。父祖の掟に従う」
彼らは俺を森の奥へと導いた。鹿道のような細い道を行く。倒木をまたぎ、霧のたちこめる谷を越える。
やがて、巨大な根が複雑に絡み合った大樹のもとへたどり着いた。
その根の間には、苔に覆われた扉があり、静かに開かれると、温かな灯りと香ばしい匂いが流れてきた。
そんな住まいが幾つかあった。
俺が案内された家の中は、木と土で作られた素朴な空間だった。壁は樹皮を編んで作られており、ところどころに花や木の実が飾られていた。
炉の火がやわらかく赤く揺れている。
そこにいた女たちは、驚いた目でこちらを見つめたが、若者たちの合図を受けると直ぐに表情を和らげ食卓の用意を始めた。
木の実と薬草を煮込んだスープは、ほのかな苦みの奥に温かく優しい味がした。
焼きたての栗パンは皮が香ばしく、割けば熱い湯気とともに甘い香りが広がる。
添えられた蜂蜜と花のジャムは森で採れたものだろう。華やか過ぎず、それでいてどこか懐かしい香りがした。
炉の周りでは子どもたちが遊んでいた。俺の背負ってきた旅の道具に興味津々で、手製の斧や小道具類を指さしては目を輝かせる。
母親たちは手を止めながらも温かく目を細め、編み物の手を動かしていた。
囲炉裏のそばでは、年老いた男が槍の穂先を削っており、若い娘は薬草を干していた。
村の男たちは、まだいくらか距離を取っていたが、俺の言葉や仕草に耳を傾け、少しずつ緊張を緩めているように見えた。
夕暮れ時、丁寧な造形の木のジョッキに飲み物が注がれた。森の果実で作った素朴な酒だった。薄い緑色をしたその酒は蜂蜜のような甘みと草の香りが絶妙に混ざり、口に含めばスッと体が軽くなるようだった。
「月の光をはじく蒼銀の衣をまとう者達を見たことは?」
ふと、炉の火を見つめながら尋ねてみた。
一瞬、場に静けさが落ちた。だが、それは緊張というより、何か古い記憶を辿るような沈黙だった。
「それは『月影の人』だ」
ゆっくりと口を開いたのは、編み物をしていた白髪の老女だった。
「彼らは人の目を避け、『深い森』のさらに奥、異界に生きている。妖精だよ。光と影の狭間に生きる者たち。お前の旅が彼らに近づいているなら、気をつけることだ。一歩間違えば、二度と帰れぬぞ」
その言葉に、誰も異を唱える者はいなかった。火の音だけが、ぱちぱちと穏やかに響いていた。
その夜、眠りにつく前、俺は外に出て森の月を見上げた。濃密な夜の空気の中、月光が枝葉を透かして、銀のしずくのように降り注いでいる。
と、その時だった。足元の落ち葉が、ひとりでにふわりと舞い上がった。風もないのに。空気が、まるで水のように揺れていた。
その揺れの中、俺は幻を見た。
きらきらと舞い落ちる銀の粒子。輪郭が曖昧な影。まるで踊るように、すっと木立の間を抜けていった。
足元には、ひらりと一枚、羽のように軽い破片が落ちていた。手に取れば、それは花びらのように薄く、だが光を吸って淡く輝き、そして消えた。
この世界の理を超えた、何か...
妖精族の痕跡だ。
そして俺は、改めてこの旅が、人の領分を越えて進み始めていることを月光の下で静かに知った。
+++++++++++++++
週1話くらいのペースで続きを上げていく予定です
陽はすでに傾き、木々の葉の隙間から差し込む薄明かりも、森の濃い緑に吸い込まれていく。
足は泥に取られ、息は白く曇っていた。喉の奥は乾き、背負った荷の重さが肩にずしりとのしかかる。
倒木に背を預け、力尽きて膝をついた時だった。
「動くな!」
ピンと張り詰めた空気が背中を走った。見上げれば、褐色の衣に身を包んだ若者たちが、枝の間から静かに姿を現していた。手には見事にしなった弓。矢尻は真っ直ぐ俺の胸を狙っている。
「名を名乗れ。ここに踏み込んだ理由を話せ」
言葉は鋭く、だが怯えや敵意というより、慎重さと警戒の中に鍛えられた規律が感じられた。必死に呼吸を整えながら、俺は旅の経緯をたどたどしく語った。襲撃された村のこと、妖精の影を追っていること...何をどこまで話すべきか迷いつつも、できる限り真摯に伝えた。
若者たちは無言のまま顔を見合わせると、やがて一人が弓を下ろした。
「まったく、厄介な旅人だな。だが、まぁ良い。ついて来い。父祖の掟に従う」
彼らは俺を森の奥へと導いた。鹿道のような細い道を行く。倒木をまたぎ、霧のたちこめる谷を越える。
やがて、巨大な根が複雑に絡み合った大樹のもとへたどり着いた。
その根の間には、苔に覆われた扉があり、静かに開かれると、温かな灯りと香ばしい匂いが流れてきた。
そんな住まいが幾つかあった。
俺が案内された家の中は、木と土で作られた素朴な空間だった。壁は樹皮を編んで作られており、ところどころに花や木の実が飾られていた。
炉の火がやわらかく赤く揺れている。
そこにいた女たちは、驚いた目でこちらを見つめたが、若者たちの合図を受けると直ぐに表情を和らげ食卓の用意を始めた。
木の実と薬草を煮込んだスープは、ほのかな苦みの奥に温かく優しい味がした。
焼きたての栗パンは皮が香ばしく、割けば熱い湯気とともに甘い香りが広がる。
添えられた蜂蜜と花のジャムは森で採れたものだろう。華やか過ぎず、それでいてどこか懐かしい香りがした。
炉の周りでは子どもたちが遊んでいた。俺の背負ってきた旅の道具に興味津々で、手製の斧や小道具類を指さしては目を輝かせる。
母親たちは手を止めながらも温かく目を細め、編み物の手を動かしていた。
囲炉裏のそばでは、年老いた男が槍の穂先を削っており、若い娘は薬草を干していた。
村の男たちは、まだいくらか距離を取っていたが、俺の言葉や仕草に耳を傾け、少しずつ緊張を緩めているように見えた。
夕暮れ時、丁寧な造形の木のジョッキに飲み物が注がれた。森の果実で作った素朴な酒だった。薄い緑色をしたその酒は蜂蜜のような甘みと草の香りが絶妙に混ざり、口に含めばスッと体が軽くなるようだった。
「月の光をはじく蒼銀の衣をまとう者達を見たことは?」
ふと、炉の火を見つめながら尋ねてみた。
一瞬、場に静けさが落ちた。だが、それは緊張というより、何か古い記憶を辿るような沈黙だった。
「それは『月影の人』だ」
ゆっくりと口を開いたのは、編み物をしていた白髪の老女だった。
「彼らは人の目を避け、『深い森』のさらに奥、異界に生きている。妖精だよ。光と影の狭間に生きる者たち。お前の旅が彼らに近づいているなら、気をつけることだ。一歩間違えば、二度と帰れぬぞ」
その言葉に、誰も異を唱える者はいなかった。火の音だけが、ぱちぱちと穏やかに響いていた。
その夜、眠りにつく前、俺は外に出て森の月を見上げた。濃密な夜の空気の中、月光が枝葉を透かして、銀のしずくのように降り注いでいる。
と、その時だった。足元の落ち葉が、ひとりでにふわりと舞い上がった。風もないのに。空気が、まるで水のように揺れていた。
その揺れの中、俺は幻を見た。
きらきらと舞い落ちる銀の粒子。輪郭が曖昧な影。まるで踊るように、すっと木立の間を抜けていった。
足元には、ひらりと一枚、羽のように軽い破片が落ちていた。手に取れば、それは花びらのように薄く、だが光を吸って淡く輝き、そして消えた。
この世界の理を超えた、何か...
妖精族の痕跡だ。
そして俺は、改めてこの旅が、人の領分を越えて進み始めていることを月光の下で静かに知った。
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週1話くらいのペースで続きを上げていく予定です
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