魔剣フィークンスヴェルズ・深い森の果てへ

たま、

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第9話 妖精の王国『アルフヴァルト』

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光の内側へと足を踏み入れた瞬間、身体がどこかに引きずり込まれる感覚が走った。
視界は歪み、音は水中のように鈍く遠ざかっていった。
重さも方向も失われ、肉体の輪郭すら曖昧になっていく。
しかし、意識だけは異様なまでに冴えていた。

浮遊感とともに、視界の奥に『道』が現れる。

それは星々のような無数の光が淡く瞬く水の回廊。
曲がりくねり、ねじれ、どこまでも続いているようだった。
頭上にあるはずの空は暗く深く、逆巻く雲の内側から数多の目のような光が瞬いていた。
背筋を寒々しい感覚が撫でてゆく。


どれほどさまよい歩いただろうか...
長い長い輝く水の回廊が終わり、突如視界が開けた。
周囲には常識では名づけようのない光景が広がっていた。
晴れているの曇りのようなぼんやりとした明るさに満ちている。
木ではない何かが生えた森。枝ではなく虫の翅のような葉が震えている。
光のような水を流す川。花々が空に舞い渦巻いて落ちる。


ここが妖精の王国『アルフヴァルト』なのだろうか...
胸の奥がざわつく。
本当に来てしまって良かったのか...

心の奥で期待と恐れがせめぎ合う。
愛する者を奪われた怒り、全てを終わらせたいという一心だけで歩いてきたはずなのに、この地に満ちる静けさと妖しさが、いつしか心を包み込んでいる。


時間の感覚が狂い始めたのに気づくのに、そう長くはかからなかった。
空に浮かぶ雲は滑るように急ぎ足で流れていく。けれど、それに反して周囲の音は妙に遅く、重たく、遠く響いている。
自分の足音すら、どこか別の場所で誰かの足音として反響しているように感じた。

ふと足元に目を落とすと、自分の影が自分ではない何かの形に変じていた。
それは細長い獣のようでもあり、翼のある何かのようでもあり、次の瞬間には波紋のようにかき消えていた。
背筋にひやりとしたものが這い上がる。

それでも俺は歩く。
心の奥に渦巻く不安を振り払い、意志を繋ぎとめるように。
ここで怯むわけにはいかない。
愛する者たちを失い、命を捨ててたどった旅なのだから。

この異界のどこかにあの者がいるのだろうか。
妖精王、バルドリック。

胸の奥に燃え上がる黒い炎が世界の静寂を打ち破った。
俺はこの場所を決して夢と呼ばせはしない。
たとえこの地がいかなる幻想であれ、ここで終わらせるために、あの者たちを終わらせるために俺は来たのだ。


遠くに人影...
姿形は一見すれば人間に近い。だが、近づくほどにわかる。
その皮膚はわずかに透け、血管には銀色の液体が流れている。縦に裂けた瞳孔を持つ者がいる。白目の無い黒い眼に無数の蒼く輝く星を持つ者もいる。
顔の造作は異様に整っている。そして感情というものが一切見えない。
その無表情さが得体の知れない恐怖を呼び起こす。

ーーーあれが妖精なのかーーー


彼らは何かささやいていた。
その声はどれも、男とも女ともつかず、音のようでもあり、風のようでもあり、胸の奥に直接響く囁きだった。
そして妖精たちは俺に何も咎めずにすれ違っていく。

そしてまた別のそれらが現れた。
肌は薄緑色に輝き滑らかで、その下に血管が透けて見える。
彼らも白目の無い漆黒の眼球に無数の青い星が暗く点々と輝いている。

表情はある...けれど、それは人間のものとは違う。
美し過ぎる顔立ちに宿るその無表情さは仮面のようだ。感情の波が一切読めない。
何を考えているのか、喜んでいるのか怒っているのか、それすら見当がつかない。

そして、彼らは俺にまるで興味を示さなかった。

異界からの訪問者である人間という存在が、彼らにとってどれほど稀であろうと、その眼差しには一切の関心も好奇心も見られない。
まるで最初から、俺という存在がこの風景に含まれていなかったかのように。
すれ違っても目を合わさず、語りかけても答えは返ってこない。


彼らの生活もまたこの世界の理に従っていた。すなわち、我々の常識からは逸脱した異様さだった。

小川のほとりでは、薄く透ける衣を纏った妖精が、水面すれすれに座り込み、流れる水をすくうように手を差し入れていた。彼女の掌から水音が花びらのように零れていく。彼女はその音をじっと聴きながら、微かに首をかしげる。まるで水そのものが語る秘密を読み取っているようだった。

別の場所では、大樹の幹に生えた苔の中から、泡のように光る小さな精霊たちが湧き上がる。
妖精は小さな精霊たちに手を差し出し、何かを授けられていた。それが言葉なのか記憶なのか、それとも願いなのか、見ている俺には理解しようもない。

森の奥、陽の差す木洩れ日の広場では、十数人の妖精たちが古木の根元に円陣を組み、土に手を添えて何かを聴いていた。
彼らの指先からは細く淡い光が漏れ、その光は木の根に吸い込まれていった。まるで木々と語り合っているかのようだった。
風は静かで、空気は透き通り、木の葉がゆるやかに揺れるたびに光の粒がきらきらと舞い上がった。

広場の一角には、リンドウに似た形の、しかし掌を広げたほどもある大きな花が咲いていた。
その花は濃い群青色をしており、花弁の奥にはとろりとした金色の蜜。
妖精たちはその花の前にひざまずき、静かに唇を近づけ蜜を吸っていた。
蜜はただの甘味ではなく、花の精そのものであり、摂ることで森と交感しているように見えた。
妖精の一人が小さな杯に蜜をすくい、その上に翡翠色の葉を一枚浮かべていた。
蜜の中から立ちのぼる香気が風に溶けて流れていく。
誰も言葉を発することはない。
けれど彼らの動きには共通のゆったりとしたリズムがあり、互いに深く通じ合っていることが感じられた。

木洩れ日は変わらず柔らかく、花々の上には精霊の羽音がかすかに揺れていた。

そして景色もまた息づいていた。刻一刻とその姿を変えながら。
遠くの稜線は水面のようにわずかにゆらめき、空の乳白色はじわりと紅を差し、やがて紫色と黄色が溶け合いゆっくりと渦を巻く。青い雲は空に浮かぶ魚の群れのように形を変えながらたゆたう。

建物の輪郭は、まるで熱に揺らめく幻影のようにぼんやりと波打っていた。木の枝に抱かれるようにして建てられた家々は、時に根を動かして位置を変えているようにも見える。どこまでが実在で、どこからが幻想なのか、その境界線はとうに失われていた。

耳を澄ますと、微かな旋律が聞こえる。最初は風の戯れかと思ったが、それは森の地面、あるいは木々の奥深くから洩れ出すように響いていた。
脈打つような律動を持つ響き。もしかするとこの『アルフヴァルト』という存在そのものの「鼓動」なのかもしれないと思った。

そんな不定形の世界の中で、妖精たちは不思議なほど静かに、まるでこの奇妙な歪みすら当然のことのように暮らしている。
刻々と姿を変える木々の森で、花々の囁きを聞き、水精と語らい、風の行方を見つめながら。誰も俺に興味を示さず、視線すら寄越さない。

人間である俺だけが、ただ一人、異物としてこの風景の中に取り残されていた。

「どうすれば良い?」
声に出しても、自分の耳に届くのに時間がかかる。
人間である自分の言葉さえもこの世界の法則に縛られてしまったかのようだった。
それでも、進まなければならない。
この地のどこかに、あの者がいる。
全ての元凶、妖精王バルドリック。

+++++++++++++++

週1話くらいのペースで続きを上げていく予定です
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