17 / 22
第17話 呪いの源
しおりを挟む
その晩、月の光が水面にゆらゆらと揺れていた。
ふたりは小川のそばに並んで座り、黙ったまま夜の音に耳を傾けていた。
やがて、彼女がぽつりと呟いた。
「ねえ、シグルド。私、思ってはいけないってわかってるの。
水の民が人に心を寄せてはいけないって、泉の奥深くで何度も言われてきた。でも...」
彼女の言葉が途切れた。
その細い肩が微かに震えているのを感じて、俺は言葉を失った。
心のどこかが揺らいでいる。
亡き妻フリーダの面影が、何度も夢に出るほどに愛おしく、忘れられないのに...
この少女の、寂しげな微笑みや不器用な優しさが、どうしようもなく心を揺らしていた。
「すまない。俺には...」
「ううん。いいの。わかってるの。ただ、あなたに会えて良かった。それだけは...ほんとう」
そう言って、少女は水面に立ち上がると、ひとしずく、涙にも似た雫を頬からこぼした。
それは静かに、水に吸い込まれていった。
「ありがとう、シグルド。また、いつか、会いにきても、いい?」
その問いに俺は黙って頷いた。
セーリャは、川のせせらぎに耳を傾けながら、ふとその流れの先へと視線を送った。
まるでそこに、見えない何かを見ているかのように、まぶたがかすかに震える。
「この川は、やがて大きな湖にたどりつくの」
その声は、どこかためらいを含んでいた。
「湖の真ん中...深い水の奥に、一つの城が沈んでいる。
建っている...というのかな。水底から生えたように、青黒い石の塔がいくつも、水の上に高く聳えている」
俺は、セーリャの言葉の端々に、かすかな震えを感じた。
「それが、バルドリックの城。バルドリック一族の妖精たちの森『アルフヴァルト』の力の根源」
セーリャは、まるで名前を口にすることさえためらうように、唇をかすかに噛んだ。
この異界すべてが『アルフヴァルト』かと思っていた。バルドリックとその妖精たちの森が『アルフヴァルト』だったのか...
そういえば異界に来て最初に見た妖精たちの暮らす森は異様だった。揺れ動き変化する景色、遅れて聞こえて来る音、虫の翅のような奇妙な葉の木々...
ここやグリンたちドヴェルグやカラムたち精霊の森は、俺が生まれてから慣れ親しんでいた森に近い。
「私たち水の精霊でも、あの城の湖には近づきたくない。
水は本来、どこまでも流れ、澄み、陽を受けて命を育むものなのに。
でもあそこは違う。流れが狂い、光が染み渡らない。あの湖の水は怯えている」
カラムたちの嘆き...
『あいつが望む森の気は苦しい...バルドリックは森の気を変えた...理に逆らって』
セーリャは、小さく首を振って続けた。
「バルドリックを...私たちの王とは思わない...」
その言葉に、俺は目を向けた。
「精霊のはずなのに、気が私たちとは違う、根が違う。深く、重く、冷たい...私には苦しい」
彼女の声が消え入りそうになった。
「でも、誰も逆らえない。そのまなざしに触れるだけで、心が凍る。私の中の水が怯えて濁る...」
セーリャは、膝を抱いて小さくなった。彼女の周りの水だけが、ひそやかに、彼女を守るように寄り添っていた。
「シグルド...あなたが、もしあの湖に行くことがあったら...」
彼女は目を伏せ、しばし沈黙した。けれど、やがて、ゆっくりと顔を上げて俺を見た。
「どうか...決してひとりで、あの水の奥へは行かないで」
その瞳には、ただの不安ではなく、深い恐れと、それ以上に、俺を案じる強い意志が宿っていた。
俺は無言でうなずいた。
+++++++++++++++
週1話くらいのペースで続きを上げていく予定です
ふたりは小川のそばに並んで座り、黙ったまま夜の音に耳を傾けていた。
やがて、彼女がぽつりと呟いた。
「ねえ、シグルド。私、思ってはいけないってわかってるの。
水の民が人に心を寄せてはいけないって、泉の奥深くで何度も言われてきた。でも...」
彼女の言葉が途切れた。
その細い肩が微かに震えているのを感じて、俺は言葉を失った。
心のどこかが揺らいでいる。
亡き妻フリーダの面影が、何度も夢に出るほどに愛おしく、忘れられないのに...
この少女の、寂しげな微笑みや不器用な優しさが、どうしようもなく心を揺らしていた。
「すまない。俺には...」
「ううん。いいの。わかってるの。ただ、あなたに会えて良かった。それだけは...ほんとう」
そう言って、少女は水面に立ち上がると、ひとしずく、涙にも似た雫を頬からこぼした。
それは静かに、水に吸い込まれていった。
「ありがとう、シグルド。また、いつか、会いにきても、いい?」
その問いに俺は黙って頷いた。
セーリャは、川のせせらぎに耳を傾けながら、ふとその流れの先へと視線を送った。
まるでそこに、見えない何かを見ているかのように、まぶたがかすかに震える。
「この川は、やがて大きな湖にたどりつくの」
その声は、どこかためらいを含んでいた。
「湖の真ん中...深い水の奥に、一つの城が沈んでいる。
建っている...というのかな。水底から生えたように、青黒い石の塔がいくつも、水の上に高く聳えている」
俺は、セーリャの言葉の端々に、かすかな震えを感じた。
「それが、バルドリックの城。バルドリック一族の妖精たちの森『アルフヴァルト』の力の根源」
セーリャは、まるで名前を口にすることさえためらうように、唇をかすかに噛んだ。
この異界すべてが『アルフヴァルト』かと思っていた。バルドリックとその妖精たちの森が『アルフヴァルト』だったのか...
そういえば異界に来て最初に見た妖精たちの暮らす森は異様だった。揺れ動き変化する景色、遅れて聞こえて来る音、虫の翅のような奇妙な葉の木々...
ここやグリンたちドヴェルグやカラムたち精霊の森は、俺が生まれてから慣れ親しんでいた森に近い。
「私たち水の精霊でも、あの城の湖には近づきたくない。
水は本来、どこまでも流れ、澄み、陽を受けて命を育むものなのに。
でもあそこは違う。流れが狂い、光が染み渡らない。あの湖の水は怯えている」
カラムたちの嘆き...
『あいつが望む森の気は苦しい...バルドリックは森の気を変えた...理に逆らって』
セーリャは、小さく首を振って続けた。
「バルドリックを...私たちの王とは思わない...」
その言葉に、俺は目を向けた。
「精霊のはずなのに、気が私たちとは違う、根が違う。深く、重く、冷たい...私には苦しい」
彼女の声が消え入りそうになった。
「でも、誰も逆らえない。そのまなざしに触れるだけで、心が凍る。私の中の水が怯えて濁る...」
セーリャは、膝を抱いて小さくなった。彼女の周りの水だけが、ひそやかに、彼女を守るように寄り添っていた。
「シグルド...あなたが、もしあの湖に行くことがあったら...」
彼女は目を伏せ、しばし沈黙した。けれど、やがて、ゆっくりと顔を上げて俺を見た。
「どうか...決してひとりで、あの水の奥へは行かないで」
その瞳には、ただの不安ではなく、深い恐れと、それ以上に、俺を案じる強い意志が宿っていた。
俺は無言でうなずいた。
+++++++++++++++
週1話くらいのペースで続きを上げていく予定です
0
あなたにおすすめの小説
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
盾の間違った使い方
KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる