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第20話 スヴェフンロート(眠りの根)
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セーリャの小川が消え、荒野で道を失い、歩き易いところを選んでいるうちに山道をかなり登って来てしまった。
山脈の尾根道を歩いているようだ。
ゴツゴツとした岩場は終わり、景色はまばらな木立から、やがて森へと変わっていた。
森をさらに奥へ奥へと踏み入った先、突然、空気の密度が変わった。鳥のさえずりも風のざわめきも遠のき、耳をすませば、大地の深い呼吸だけが聞こえてくるような場所。
そこに、巨木があった。
まるで空を貫くかのような、幹だけで十人がかりでも抱えきれないほどの太さの老木が、森の静寂の中心にそびえていた。その根元は大きくうねり、苔とシダに覆われて小さな丘のようになっていた。
その根のくぼみに、何かがぽかんと横たわっている。
もふもふとした草のかたまり...いや、精霊のようなものが、ゆっくりと呼吸している。
苔とも毛皮ともつかぬ緑に包まれたその姿は、見ようによっては熊か巨大な猫のようだ。
「あの、すまない。君は誰だ」
声をかけたが、返事はなかった。
代わりに、その丸い体がフワリとひとつ、息を吸い込むように膨らんだ。
「んぅ...もう朝か」もふもふが口を開いた。
「いや、夕方だな」
「夕方か...もう五百年ぐらい寝たかな?」
「寝過ぎだ」
やがて、緑の塊がもぞもぞと動き、片方だけ開いたとろりとした目が、こちらを見た。
「あれ...?おまえ...木の実じゃないな?」
「ちがう、人間だ。旅の者だよ」
「ふむ...珍しい...人の子、ひさしぶり...ぼくはスヴェフンロート」
スヴェフンロート...『眠りの根』か...
のそりとした口調。ぬるい風のような声。話しかければ応えてはくれるのだが、どうにも反応が遅い。二言、三言交わすごとに、スヴェフンロートはまた目を閉じようとする。
「ちょっと待て、まだ寝ないでくれ」
俺が慌てて声をかけると、スヴェフンロートはゆっくりと片手(なのかどうか、判然としないが)を持ち上げた。そこには一輪の花が咲いていた。
「じゃあ...これ、あげる...『夢を見る花』...寝る前に枕元に置くと...きれいな夢が見られる...これからきっと出会う...」
「いや、そういう話じゃなくてな...」
「わかってる...わかってるよ...わからないけど...」
「どっちだ」
どうも調子が狂う相手だ。
が、そのもふもふの手に握られた小さな白い花...それは、確かにどこか不思議な気配を感じる。細い茎からはかすかに甘い香りが漂い、見る角度によって花びらの色が微妙に変わって見えた。
「これは...どうして俺に?」
「きみ、疲れてるから...夢でも見て...少し、休んでいくといい...」
「ありがとう、スヴェフンロート。お前、案外いい奴だな」
「むにゃ...ふふ...じゃあ、もう少し寝るね...次、会うときは...たぶん千年後......」
「それは困るな」
それっきり、スヴェフンロートはクゥクゥと穏やかな寝息を立て始めた。
森の空気は再び静まり返り、巨木の根元にはただ優しい緑の吐息が漂っていた。
もらった『夢を見る花』をそっと背負い袋にしまい、振り返りながら、もう一度その寝顔を見た。
こんなやりとりも、旅の途中の贈り物なのかもしれない。
眠りの精霊との出会いは、疲れた心の隅に、ほんのりと灯をともしてくれた。
+++++++++++++++
週1話くらいのペースで続きを上げていく予定です
山脈の尾根道を歩いているようだ。
ゴツゴツとした岩場は終わり、景色はまばらな木立から、やがて森へと変わっていた。
森をさらに奥へ奥へと踏み入った先、突然、空気の密度が変わった。鳥のさえずりも風のざわめきも遠のき、耳をすませば、大地の深い呼吸だけが聞こえてくるような場所。
そこに、巨木があった。
まるで空を貫くかのような、幹だけで十人がかりでも抱えきれないほどの太さの老木が、森の静寂の中心にそびえていた。その根元は大きくうねり、苔とシダに覆われて小さな丘のようになっていた。
その根のくぼみに、何かがぽかんと横たわっている。
もふもふとした草のかたまり...いや、精霊のようなものが、ゆっくりと呼吸している。
苔とも毛皮ともつかぬ緑に包まれたその姿は、見ようによっては熊か巨大な猫のようだ。
「あの、すまない。君は誰だ」
声をかけたが、返事はなかった。
代わりに、その丸い体がフワリとひとつ、息を吸い込むように膨らんだ。
「んぅ...もう朝か」もふもふが口を開いた。
「いや、夕方だな」
「夕方か...もう五百年ぐらい寝たかな?」
「寝過ぎだ」
やがて、緑の塊がもぞもぞと動き、片方だけ開いたとろりとした目が、こちらを見た。
「あれ...?おまえ...木の実じゃないな?」
「ちがう、人間だ。旅の者だよ」
「ふむ...珍しい...人の子、ひさしぶり...ぼくはスヴェフンロート」
スヴェフンロート...『眠りの根』か...
のそりとした口調。ぬるい風のような声。話しかければ応えてはくれるのだが、どうにも反応が遅い。二言、三言交わすごとに、スヴェフンロートはまた目を閉じようとする。
「ちょっと待て、まだ寝ないでくれ」
俺が慌てて声をかけると、スヴェフンロートはゆっくりと片手(なのかどうか、判然としないが)を持ち上げた。そこには一輪の花が咲いていた。
「じゃあ...これ、あげる...『夢を見る花』...寝る前に枕元に置くと...きれいな夢が見られる...これからきっと出会う...」
「いや、そういう話じゃなくてな...」
「わかってる...わかってるよ...わからないけど...」
「どっちだ」
どうも調子が狂う相手だ。
が、そのもふもふの手に握られた小さな白い花...それは、確かにどこか不思議な気配を感じる。細い茎からはかすかに甘い香りが漂い、見る角度によって花びらの色が微妙に変わって見えた。
「これは...どうして俺に?」
「きみ、疲れてるから...夢でも見て...少し、休んでいくといい...」
「ありがとう、スヴェフンロート。お前、案外いい奴だな」
「むにゃ...ふふ...じゃあ、もう少し寝るね...次、会うときは...たぶん千年後......」
「それは困るな」
それっきり、スヴェフンロートはクゥクゥと穏やかな寝息を立て始めた。
森の空気は再び静まり返り、巨木の根元にはただ優しい緑の吐息が漂っていた。
もらった『夢を見る花』をそっと背負い袋にしまい、振り返りながら、もう一度その寝顔を見た。
こんなやりとりも、旅の途中の贈り物なのかもしれない。
眠りの精霊との出会いは、疲れた心の隅に、ほんのりと灯をともしてくれた。
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週1話くらいのペースで続きを上げていく予定です
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