回帰した貴公子はやり直し人生で勇者に覚醒する

真義あさひ

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「ケイ、怪我をしたの?」

使用人に落ちてきた照明の片付けを命じて、ケイは自室に戻った。
するとすぐに母ポーラが心配そうな顔でやってきた。

「うん、大丈夫だよ。ピアディが助けてくれたから」

ケイは無理に笑ってみせた。
ポーラは息を吐き、そんな息子を優しく抱きしめた。

「……ごめんなさい。あなたをこんな目に遭わせて……」

ポーラの震える声に、ケイは胸が痛んだ。

(俺のせいで、お母様まで……)

「お母様、俺は大丈夫だから……」

「でも……ケイ。あなたは、私のせいで……」

ポーラは涙を浮かべて、ケイの頬にできた傷をなぞった。
先ほど、落ちてきた照明の欠片で折った小さな傷だ。



「ケイ。この国の男子は十八歳で成人するわ。いま十歳のあなたはあと八年……」

「母上?」

「あなたのお父様と約束しているの。あなたたち兄弟が成人したら、当主の座と伯爵位をテオドール様に譲って、一緒に地方の領地に行って暮らしましょうって」

「そうなのですか!?」

「ええ。セオドラ様は田舎嫌いだから、間違いなくテオドール様のいる本邸に残るわ。せめてそれまではと私も耐えていたのだけど……」

ケイ、と優しくポーラが名前を呼んでくる。

「でも、まだ早い今のうちに私が伯爵家を出ていけば……セオドラ様もあなたを見逃してくださるかもしれない。あの方が一番目障りに思っているのは私だもの。少しはあなたの待遇も良くなるかもしれない……」

ポーラの寂しげな声が、ケイの胸を抉った。

「お母様、そんなこと言わないで!」

ケイは思わず叫んだ。

「俺は、お母様と一緒にいたい! 伯爵家を出ていくなんて、嫌だ!」

「でも……」

「俺が、強くなる! そうすれば、セオドラ様にも兄にも負けない! お母様を守れる!」

ケイの瞳に決意の光が宿っていた。

「だから……お願いだから、俺を置いていかないで」

息子の涙を拭いながら、ポーラは自分も泣きながら、息子の深い想いに微笑んだ。

「……ありがとう、ケイ。あなたは、本当に優しい子。こんなに思いやりのある子に育っていたのね……」

ポーラは内心で決意していた。

(でも……もし、ケイが傷つくようなことがあれば……)

(その時は、私がすべてを犠牲にしても、守ってみせるわ)



「ケイ。おやつがあるの。一緒にお茶にしましょう?」

母ポーラと大泣きし合ったケイは、顔を拭いながら少し照れて「うん」と頷いた。

もっと幼い頃のように母と手を繋いで、食堂へと向かう。
するとそこにいたのは。

「二人とも、遅いのだ! 焼きたてアップルパイを目の前にお預けとは……はーやーくー!」

ピアディが食卓の上にちょこんと構えているではないか。

「ピアディちゃん、お待たせ。ふふ、さあおやつにしましょうね」

「はーい! なのだ!」

「!?」

ピアディと母がいつの間にか仲良くなっている。

「今日はピアディちゃんのリクエストでアップルパイを焼いたのよ」

母は料理もお菓子作りも上手だ。パイ系は特に美味しい。

「お前たち、いつの間にそんな仲良くなったんだ?」

テーブルの上のピアディの頭を指先で小突いた。

「別邸の中を歩いていたら、見つかってしまったのだ」

「ええ。ピンクのカエルちゃんがよちよち歩いてて。しかも普通にお話ができるのだもの、驚いてしまったわ」

(初見だとやはりカエルっぽいのだよな。まあウパルパは珍しいし)

これが正妻セオドラに見つかっていたら、速攻で排除されていただろうに。

「見つかったのがお母様でよかったな、ピアディ」

呆れるケイだったが、今は目の前のアップルパイだ。
最近は新鮮な食材が手に入りやすくなって、こうして母がお菓子のパイを焼くのも久し振りだった。


サクッ


バターがたっぷり練り込まれて層になったパイ生地に、甘酸っぱく煮たリンゴがぎっしり詰まっている。
口に入れると、それらすべてが混然となって幸せを感じた。

――幸せすぎて、また涙が出てきた。

(回帰前は、追放された後は二度と食べられなかった。毎日のパンを買うのもやっとの生活だったから、パイにするバターもリンゴも贅沢品で買えなくて……)

「美味しいです。お母様」

「はうう……おいちいのだあ……」

ピアディも皿の上に小さくカットされたアップルパイを齧って、青い目を輝かせている。

「お母様。もうすぐちゃんと料理人も来てくれます。もう少しの辛抱ですからね」

「あらあら。私はもともと料理が大好きなのよ。実家の子爵家は田舎でね、私は子供の頃から領民たちに混ざって、よく料理もお菓子も作ってたわ」

「お母様。でも」

母は妾という日陰の身で、正妻の嫌がらせを受けながらも、こうして日々の楽しみを見つけて生きている。

(お母様の強さを、俺も見習わねば)

だけど、今は美味しいアップルパイをお代わりすることに頭がいっぱいのケイだった。

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