家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道

文字の大きさ
17 / 41

のんびり異世界ライフ

しおりを挟む
 影の魔境の浄化という、アストリア王国を揺るがす大仕事を終え、健太は久々に自宅で心ゆくまで子供たちとの時間を過ごせることに安堵していた。

王宮でのねぎらいの言葉や、周辺各国からのひっきりなしに訪れる使者の対応は、彼の肩にずしりと重くのしかかり、時には疲労困憊することすらあったのだ。

しかし、この「平凡な家」に戻れば、彼を「救世主」や「聖なる救済者」としてではなく、「健太お兄ちゃん」として慕ってくれる子供たちがいる。彼らの存在こそが、健太にとって何よりの癒しであり、原動力だった。

「ただいまー!」

いつもより少しだけ高揚した声で玄関の扉を開けると、弾けるような笑顔が健太の目に飛び込んできた。9歳になる犬人族の少女リリアとそのリリアのことが大好きな猫人族のルーク、そして一つ年上の10歳になるグレンが、健太の足元に猛スピードで駆け寄ってくる。

ちなみにグレンは最初はリリアと同じ犬人族かと思ったが、どうやら豹人族という種族らしい。この世界には獣人といってもいろいろな種族の獣人がいるようだ。


「健太お兄ちゃん、おかえりなさい!」と、可愛らしいワンピースを着たリリアが、ふわりと健太の膝に抱きついた。

「おかえりー!」と、元気いっぱいのルークも健太の足に飛びつく。

「お兄ちゃん、おつかれさま!」と、少しだけ大人びた表情のグレンが、健太の服の裾をぎゅっと掴んだ。

それぞれが健太の帰還を喜び、全身で愛情を表現する。その純粋な瞳、無邪気な笑顔を見ていると、王国の救済者としての重責も、遠い世界の出来事のように感じられ、健太はほっこりした。

「ただいま、みんな。いい子にしてたか?」

健太が一人ひとりの頭を優しく撫でてやると、子供たちは嬉しそうに目を細める。ロアとユーリが冒険者として自立してからは、健太が子供たちの面倒を見る時間が増えていた。

ルミナが常に完璧なサポートをしてくれるとはいえ、やはり直接触れ合う時間は何物にも代えがたいと健太は感じていた。


 夕食を終え、子供たちを寝かしつけた健太は、今日一日の疲れを癒すべく、風呂へと向かった。この「平凡な家」の風呂は、ルミナの能力によって「回復効果」が付与されており、湯船に浸かるだけで心身の疲れや体にできた傷が癒やされていく。

それは、ただの温かい湯ではなく、細胞の一つ一つに活力を与え、凝り固まった筋肉をほぐし、精神的な重圧さえも洗い流してくれる、まさに魔法のような効力だった。

湯気に包まれながら、健太はふと日本の風呂を思い出した。あの頃は、ただの「お風呂」だったものが、この世界に来てからは、まるで魔法のような効力を持つ存在になっている。湯船に深く身を沈めると、温かな水が全身を包み込み、じんわりと体の奥から温まっていく。

香りは、ルミナが健太の好みに合わせて調合した、ほのかに甘く、それでいて爽やかなハーブの香りだ。

(こうしてゆっくりできるのも、ルミナのおかげだなあ…)

心の中で呟くと、『主の疲労回復を促進するため、最適な湯温に調整いたしました。また、本日は魔境の浄化により精神的なご負担も大きかったかと存じます。鎮静効果のあるアロマオイルを投入しておりますので、心ゆくまでお寛ぎください』

と、ルミナの優しい声が響いた。

健太は思わず苦笑する。本当に至れり尽くせりだ。ルミナの完璧なサポートは、健太の異世界生活を遥かに快適なものにしていた。

疲れが取れていく感覚は、まるで重い枷が外れていくかのようだ。湯船から上がると、体は羽のように軽く、頭もすっきりと冴えていた。鏡に映る自分の顔は、王宮で見る疲れた表情とはまるで違う、穏やかな笑顔を浮かべている。



 翌朝、健太が目覚めると、子供たちはすでに目を覚ましており、リビングから楽しそうな声が聞こえてくる。健太がリビングへ行くと、テーブルにはすでに湯気を立てる温かい朝食が並べられていた。

ルミナが用意してくれた、栄養満点かつ子供たちの好みに合わせた献立だ。焼き立てのパンからは香ばしい匂いが漂い、色とりどりの野菜サラダは瑞々しく輝き、そして、子供たちの大好物である目玉焼きとベーコンが食欲をそそる。

「わーい、今日も美味しいご飯だ!」

リリアが目を輝かせ、ルークとグレンも嬉しそうに席に着く。健太も彼らと同じテーブルを囲み、共に朝食をとった。食卓を囲む穏やかな時間は、健太にとって何よりも大切なものだった。子供たちの楽しそうな声が響き渡る中、健太は温かい紅茶を一口飲み、至福の息をついた。

食事が終わると、子供たちは庭で遊び始めた。この家の庭も、ルミナの能力で常に最高の状態に保たれている。健太が知らぬ間にできていた花壇には四季折々の花が咲き、池には清らかな水が流れていた。

もちろん安全面も抜かりはない。この世界に来てから溜め込んでいる魔素を使い、家はもちろん子供たちが遊ぶ庭にも強力な結界を張っているのだ。


春には色鮮やかなチューリップが咲き誇り、夏には涼やかな木陰が子供たちの遊び場となる。秋には紅葉が美しく、冬には雪が積もれば、雪だるま作りに興じることだってできる。

健太はそんな子供たちを眺めながら、ルミナに語りかけた。

「ルミナ、子供たちが楽しく過ごせるような、何か新しい遊び道具とか、作れないかな? いつも同じ遊びばかりだと飽きちゃうかもしれないし…」
『認識しました。子供たちの成長に寄与し、かつ安全に遊べるアイテムをいくつか提案いたします。木馬、滑り台、ブランコ、そして知育玩具の生成が可能です。どのアイテムをご所望されますか?』

健太は少し考えて、「全部お願いできるか? あと、せっかくだから、もう少し大きなアスレチック的なものも作れたりするかな?」と頼んだ。

ルミナは即座に了解し、健太の目の前に光の粒子が集まったかと思うと、あっという間に提案された遊び道具が次々と出現した。

庭の一角には、子供たちの身長に合わせた小さな滑り台や、木馬、そして枝から吊り下げられたブランコが現れた。さらに、木とロープで作られたミニチュアのアスレチックも登場し、子供たちの目は輝きを増した。

子供たちは新しい遊び道具に目を輝かせ、すぐに駆け寄って遊び始めた。滑り台を何度も滑り降りたり、木馬に揺られたり、アスレチックをよじ登ったり、知育玩具を前に真剣な顔で考え込んだり。

その無邪気な笑顔を見ていると、健太の心は癒されていく。彼らが笑うたびに、健太の心にも温かい波が広がっていくようだった。


 昼食の後、健太は子供たちをリビングに集め、絵本の読み聞かせをすることにした。この家の図書館には、ルミナの能力で生成された、この世界の物語が無限に収蔵されている。

それは、過去に語り継がれてきた伝説から、まだ誰も知らない未来の物語、あるいは、健太の故郷である日本の童話や絵本まで、あらゆるジャンルを網羅している。

「今日はどんなお話がいい?」

健太が尋ねると、子供たちは口々に好きなジャンルを言い合った。冒険物語や、動物が主人公の心温まる物語、時にはちょっぴり怖い魔物の話も。健太は子供たちのリクエストに応え、今日の物語を選んだ。

それは、弱虫なウサギが勇気を振り絞って旅に出て、様々な困難を乗り越えるという、心温まる冒険物語だった。

彼の声がリビングに響き渡ると、子供たちは目を輝かせ、物語の世界に引き込まれていく。リリアは時折、健太の膝に頭を乗せ、ルークは物語の展開に合わせて小さな拳を握り、グレンは真剣な表情で耳を傾けている。物語の山場で魔物が登場すると、子供たちは一斉に健太の服にしがみつき、時には目を大きく見開いて驚きの声を上げた。

(この子たちにとって、この家が本当に安らげる場所になってくれてるなら嬉しいな…そして、この世界の様々な物語を通して、たくさんのことを学んでほしい)

物語の読み聞かせは、健太自身にとっても癒しの時間だった。子供たちの素直な反応を見ていると、彼らがこの世界で生きていく上で、少しでも多くの喜びと希望を感じてほしいと願わずにはいられなかった。

物語を読み終えると、子供たちは口々に感想を言い合い、健太に次の物語をねだった。健太は優しい笑顔で、もう一冊、とっておきの物語を手に取った。


 日が傾き始め、空がオレンジ色に染まる頃、夕食の準備に取り掛かる時間になった。今日の夕食は、子供たちのリクエストでハンバーグだ。あまり「食」が発展していないこの世界で生きてきた子供たちにとって健太やルミナが用意する食事はどれも美味しかった。

中でもハンバーグやトンカツといった肉料理は三人が喜びのあまり自作のヘンテコなダンスを踊りだしてしまうくらい大好物だ。

健太はエプロンを身につけ、冷蔵庫から食材を取り出しルミナのサポートを受けながら調理を進める。ちなみに、この家のキッチンにある冷蔵庫は、どんな食材でも瞬時に生成し保存できるという優れものだ。

「健太お兄ちゃん、これ、混ぜていい?」

リリアが小さな手でボウルを差し出す。健太は笑顔で頷き、リリアの手に優しく添えて混ぜ方を教えた。ルークは野菜を切る健太の手元を興味津々で眺め、グレンは出来上がっていく料理の香りに目を輝かせている。

「わあ、いい匂い!」

子供たちの声がキッチンに響き渡る。健太は彼らと会話をしながら、時折冗談を言って笑いあった。仕事して帰って寝るだけのためにあると思っていたこの家で、こんな風に子供たちと一緒に料理をすることになるなんて日本にいた時は考えられなかった。

異世界に来て、様々な困難に直面しながらも、彼はこうして得たかけがえのない日常に、心からの幸福を感じていた。

夕食は、子供たちの「おいしい!」という声で賑やかに始まった。健太が作ったハンバーグは、ふっくらとしてジューシーで、子供たちはあっという間に平らげてしまった。食後には、ルミナが生成した色とりどりのフルーツが並び、子供たちは目を輝かせながらデザートを楽しんだ。

夕食後、健太は子供たちと風呂に入ったあと寝かしつけ、静まり返ったリビングで一人、この家の「無限の食料供給」や「アイテム生成」といった能力について思いを巡らせていた。

これらのチート能力は、最初は自分のためだけに存在するものだと思っていた。しかし、今では子供たちを笑顔にし、王国を救うための力となっている。

(このチート能力が誰かの役に立てるなら…それ以上の喜びはないな)

健太は、明日からもこの家で、子供たちと共に穏やかな日々を過ごしながら、自分にできる限りのことをしていく決意を新たにした。

彼の「のんびりスローライフ」は、まだまだ先のようだが、その道中もまた、かけがえのない宝物で満たされていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!

にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。 そう、ノエールは転生者だったのだ。 そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。

精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~

ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。 異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。 夢は優しい国づくり。 『くに、つくりますか?』 『あめのぬぼこ、ぐるぐる』 『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』 いや、それはもう過ぎてますから。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

処理中です...