家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道

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仲間の死

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 彼は平然を装い、続けた。

「ガリア王国への奇襲について、さらに具体的な詰めをしたい。ルミナ、ガリア王国の主要な物資集積所と、警戒が手薄な地点を改めてスキャンしてくれ」
『承知いたしました、主。ガリア王国のスキャンを開始します』

ルミナの声はいつも通り冷静だ。健太はルミナの変わらぬ声に、微かな安堵を覚えた。
ロアとユーリは、健太の背後で硬い表情のまま黙っていた。彼らは健太の苦悩を察し、その心中を慮っていたのだ。特にロアは、あの場で怒りをぶちまけられなかったことに、否、健太を擁護できなかった自らの不甲斐なさを感じているようだ。

 会議は滞りなく進み、ガリア王国への作戦は最終段階に入った。しかし、健太の心に刻まれた傷は、時間を追うごとに広がり始めていた。彼は以前にも増して寡黙になり、その表情からは感情が読み取れなくなった。食事もあまり喉を通らず、不眠に悩まされる夜が増えた。

「主、疲弊しています。心身ともに休養が必要です」

ルミナが何度も警告したが、健太は聞く耳を持たなかった。

「大丈夫だ、ルミナ。今は休んでいる暇はない」

健太は、自らを鼓舞するようにそう答えるばかりだった。
アストリアの民たちの不満は、健太の知らないところでさらに広がっていった。健太の「家」は安全で快適だったが、彼らにとってはあくまで一時的な避難場所に過ぎない。故郷を失った悲しみ、未来への不安、そして何よりも健太への複雑な感情が、募る不満となって燻っていた。

「いつまでこんな暮らしを続けるんだ」
「いくら安全だと言われても、私たちはここに閉じ込められているようなものだ」

彼らは健太の姿を見かけるたびに、ひそひそと囁き合った。その視線は、健太の背中に突き刺さるような重さを持っていた。健太はそれを感じ取りながらも、何も言わず、ただひたすらに作戦の遂行に没頭する。彼の心には、彼らを救うことだけが、アストリア王から託されたこの国を救うことだけが彼らの不満に対する唯一の答えだという信念があったのだ。

リリア、ルーク、グレンは、そんな健太の変化に気づいていた。特にリリアは、健太の顔から笑顔が消えたことに心を痛めていた。

「お兄ちゃん、最近元気ないね……」

リリアはルークとグレンにそう呟いた。ルークは健太の様子を心配そうに見守り、グレンは何かを察したように黙って俯いていた。幼いながらも、健太の抱える重圧を感じ取っているようだった。


 数日後、天空の舟はガリア王国の農耕地帯へと飛んでいた。夜の闇に紛れ、舟は静かに降下していく。眼下には、広大な農地が広がっていた。

「ルミナ、作戦通りに進める」

健太は、静かに指示を出した。

『承知いたしました、主。ガリア王国の兵力配置、及び主要な食糧集積所の位置を再確認しました』

健太の掌から光が放たれ、広場に設置されたガリア王国の魔導砲へと一直線に伸びていった。轟音と共に魔導砲は爆発し、火の手が上がる。

「何だ!敵襲か!?」

敵兵たちが混乱する中、天空の舟からはアストリアの騎士団、ガルーダの獣人戦士たち、そしてエルフの魔法部隊が次々と降下していった。

「レオン、食糧の確保と民間人の保護を頼む!ガルム、援軍を足止めしろ!」

レオンとガルムは力強く頷き、それぞれの部隊を率いて敵兵へと突撃していった。
エルフの里長は、天空の舟の甲板から静かにガリア王国の森を見つめていた。

「ガリアの者たちは、自然の摂理を無視した。精霊たちが、彼らに罰を与えるだろう」

里長が杖を振るうと、森の精霊たちが呼応するように動き出した。無数の植物の蔓が地面から伸び上がり、ガリア兵たちの足を絡め取る。巨大な樹木が唸り声を上げ、その枝葉が兵士たちを打ちのめした。エルフの魔術師たちは、自然の力を借りてガリア兵たちの動きを封じ、アストリアとガルーダの兵士たちの進軍を援護した。

健太は、ルミナに指示を出し、主要な食糧集積所への衝撃波を放った。次々と爆発音が響き渡り、ガリア王国の兵士たちは戦意を喪失していった。

奇襲は成功したかに見えた。ガリア王国の兵力は、エルフの魔法と健太の攻撃によって次々と無力化されていく。しかし、その時、予想外の事態が起こった。

『主、新たな魔力反応を感知しました!これは……魔力収束砲とは異なる、広範囲殲滅型の魔導兵器です!』

ルミナの警告に、健太はハッとした。

「位置は!?」
『農耕地帯の南東、丘陵地帯に隠されていました!発射準備に入っています!』

健太は即座に反応した。

「ルミナ、最大の衝撃波で破壊しろ!」

しかし、ルミナの声に焦りが混じる。

『主の魔力では、間に合いません!この兵器は、これまで確認されたものよりも遙かに強力です!広範囲に甚大な被害をもたらします!』

健太の額に、冷や汗が流れた。彼の知る限り、ルミナがこれほど切羽詰まった声を出すのは初めてだ。

その時、ガリア王国の丘陵地帯から、不気味な光が空へと立ち上った。巨大なエネルギーが収束し、恐るべき速度で健太たちのいる商業都市へと向かってくる。

「くそっ!」

健太は、自らの無力さに苛立ち、唇を噛み締めた。その瞬間、彼の脳裏に、リリア、ルーク、グレン、そして救い出した子供たちの顔がよぎった。

 ガリア王国の放った広範囲殲滅型魔導兵器の光が、刻一刻と迫る中、健太は自らの無力さに打ちひしがれていた。直撃すれば、これまで救い出してきた人々、そして共に戦う仲間たちもろとも、全てが消滅するだろう。

「主、このままでは…」 

ルミナの声も、絶望の色を帯びていた。健太は歯を食いしばった。何か、何かできることはないのか。
その時、天空の舟の甲板に立っていたエルフの里長が、静かに杖を掲げた。彼の瞳は、これまで見たことのないほど深い緑色に輝き、その全身から膨大な魔力が放出されていく。

「心配いらん!この世界の自然の力を信じるのじゃ!」

里長の声が響き渡ると同時に、ガリア王国の森から、数え切れないほどの光の粒子が里長へと集まっていく。光の粒子は里長の体に吸収され、彼の魔力が限界を超えて膨れ上がっていく。その光景は、まるで森そのものが里長に力を貸しているかのようだった。

「我が身を贄とし、精霊よ、その力を我に貸し与えよ!森の結界、展開!」

里長が叫ぶと、彼の体から放たれた光が、瞬く間に天空の舟全体を覆い尽くした。それは、エルフたちが住む森に張られたものと同じ巨大な結界だった。巨大な障壁が天空の舟を包み込んだ。その結界は、まるで生きているかのように脈動し、生命の力を感じさせる。

それからすぐに、ガリア王国の魔導兵器から放たれた光線が、結界に激突した。

轟音と共に、結界は激しく震え、ヒビが入っていく。しかし、その内部にいる人々には、ほとんど衝撃は伝わってこない。里長の顔には、苦痛の表情が浮かんでいたが、彼は決して怯むことなく、結界を維持し続けた。

「里長!」

健太は、里長が自らの命を削って結界を張っていることに気づき、叫んだ。しかし、里長は健太の方を見ることなく、ただひたすらに魔導兵器の光線を食い止めていた。

数秒後、光線は消滅した。

結界もまた、限界を迎えたかのように消え去る。里長は、その場に崩れ落ちた。彼の体からは、魔力がごっそりと抜け落ち、急速に衰弱しているのが見て取れた。

「里長!」

健太は、慌てて駆け寄る。ロアやユーリ、騎士たち、そして獣人たちも、里長の身を案じて集まってくる。

里長は、健太の手を握り、かすれた声で言った。

「…ケンタ殿…心配いらない…これは…森の…意思…」

里長の瞳から、光が失われていく。彼は、最後に健太に微笑みかけると、静かに息を引き取った。

「里長!!」

健太の叫び声が、戦場の喧騒の中に虚しく響き渡った。


 里長の犠牲によって、ガリア王国の広範囲殲滅型魔導兵器は防がれた。とっておきの秘密兵器を防がれてしまったガリア側は茫然自失といった状態だ。その間に、アストリアの騎士団とガルーダの獣人戦士たちは、ガリア王国の残存兵力を完全に無力化した。ガリア王国は、主要な食糧集積所を奪われ、精鋭部隊も壊滅的な打撃を受けた。

終わってみれば、あっけない幕切れだった。しかし、健太の心には、勝利の喜びは微塵もなく、里長の死が、彼の心に重くのしかかっていた。

作戦終了後、エルフの国ミストニアでは、里長の葬儀が執り行われた。エルフの兵士たちは悲しみに暮れ、獣人たちもまた、盟友の死を悼んでいた。健太は、里長の亡骸の前で静かに立ち尽くした。

(俺のせいで……すまない……)

健太の心に、アストリアの民たちの言葉が再び蘇る。「あの男のせいで、全てが破壊された!」「あいつのせいで、家族が、友人が死んだんだ!」

里長の死は、健太の心をさらに深く蝕んだ。彼は、自分の存在が、この世界に災厄をもたらしているのではないかと疑い始めていた。

「健太様……」

ロアが、心配そうに健太の背中に声をかけた。健太は振り返ることなく、静かに言った。

「俺は……俺は本当に、この世界にいていいのか……?」

その声は、震えていた。ロアは何も言えず、ただ健太の背中を見つめるしかなかった。ユーリもまた、遠くから健太の様子を伺い、その表情には深い悲しみが刻まれていた。

 里長の犠牲によりガリア王国は陥落、これにより西方三国の力をかなり削ぎ落とせたことに間違いはないが、健太の心は晴れることはなかった。

彼が救い出したアストリアの民たちは、エルフの里長の死を口実に更に健太を責め立てた。

「エルフの里長まで死なせた!このままでは、皆殺しにされてしまう!」
「なぜ、こんな危険な戦いを続けるのだ!我々は平和に暮らしたいだけなのに!」

彼らの不満は、もはや抑えきれないほどに高まっていた。健太は、彼らの言葉に何も反論しなかった。彼らの言う通りだと、どこかで認めてしまっていたのだ。

その頃、健太の「家」のリビングで、ロア、ユーリ、レオン、ガルム、そしてエルフの騎士団長が、健太の様子を心配して集まっていた。

「健太様は、里長様の死を深く悼んでおられる。あの様子では、次の作戦にも影響が出かねない」

レオンが、沈痛な面持ちで言った。
ガルムが大きく唸った。

「確かに、健太殿は憔悴しきっている。だが、我々は彼を信じる。彼がいなければ、アストリアもガルーダも、そしてミストニアも、未来はなかった」

エルフの騎士団長が静かに頷いた。

「里長様は、健太殿にこの世界の未来を託された。我々は、その意志を継がなければならない」

ロアは、ぐっと唇を噛み締めた。

「俺たちが、健太様を支えるしかない。健太様は、一人で全てを背負い込もうとしているんだ」

ユーリも、力強く頷いた。

「我々が、健太様の盾となろう。そして、健太様が道に迷った時は、我々が道を示す…いや、聖なる救済者に「道を示す」など傲慢だった。我々が健太様の活路を拓くんだ」

彼らの言葉は、健太には届いていなかった。健太は、自室にこもり、ひたすら次の作戦を考えていた。彼の頭の中には、ヴァルカン王国の打倒、そしてアストリア王国の再建しかなかった。

(全てが終わったら、俺はここを去ろう。俺がいなければ、彼らは平穏に暮らせるはずだ)

健太は、心の中でそう決意した。

アストリア王国の平和が訪れたら、彼はこの国から去るつもりだった。それが、彼がこの国にもたらした厄災への、唯一の償いだと信じていたからだ。
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