悪役令嬢なのに? 隣国の王太子がなぜか私を溺愛してくる

ほーみ

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晩餐会の余韻が残る中、私はクラウス様の手を引かれながら、王宮の中庭へと歩いていた。

「……こんな夜更けに、どこへ?」

「月が綺麗だ。貴女にも見せたくてな」

クラウス様はそう言って、私を静かな庭園へと導く。

晩餐会の喧騒とは打って変わって、夜の庭はひんやりとした静寂に包まれていた。
月の光が白い花々を淡く照らし、まるで幻想の世界のようだ。

「……こんなに美しい景色があったなんて」

私は思わずため息を漏らす。

「この場所は、私が一番落ち着ける場所なんだ」

クラウス様は私の隣に立ち、夜空を見上げる。

「王宮では気を張ることが多い。だが、ここに来ると、少しだけ肩の力を抜けるんだ」

「王太子殿下でも、そんなことを思われるのですね」

「当然だろう。私は完璧な人間ではない」

彼は苦笑しながら、ふと私の方を向く。

「レティシア、お前はどうだ?」

「私、ですか?」

「今日一日で、少しはこの国に慣れたか?」

「……ええ」

私は静かに頷く。

「市場の活気、孤児院の子供たちの笑顔……とても温かいものでした」

「そうか」

クラウス様は満足げに微笑む。

「だが、貴女はまだこの場所に馴染もうとしている最中だ」

「……」

「だからこそ、私は貴女がどこにも行かないように、しっかり捕まえておかねばならないな」

「……え?」

次の瞬間、クラウス様の手が私の腰を引き寄せた。

「っ!」

驚いて顔を上げると、彼の鋭くも優しい瞳が、真っ直ぐに私を見つめていた。

「貴女をこの国に迎えたことを、私は一度も後悔したことはない」

「クラウス様……」

「だから、貴女にも覚悟を決めてほしい」

彼の指がそっと私の頬をなぞる。

「……私に、覚悟を?」

「そうだ」

彼の声は低く、けれどどこか甘く響く。

「貴女が本当にここに残るかどうか、まだ決めかねているのはわかっている」

「……」

「だが、私は貴女がここにいることを望んでいる」

彼の顔がゆっくりと近づいてきた。

「……っ」

胸の奥がどくん、と大きく跳ねる。

「レティシア、貴女はどうしたい?」

彼の声は、まるで誘うように囁かれる。

私は――。

「……」

彼の瞳から目をそらせないまま、私はそっと息を飲んだ。

「……もう少しだけ、考えさせてください」

震える声でそう言うと、クラウス様は小さく笑った。

「ふむ、それなら――」

彼は私の手を取ると、その甲にそっと唇を落とした。

「貴女が答えを出すまで、何度でも口説こう」

「……!」

心臓が一瞬止まったような感覚になり、私は慌てて手を引っ込める。

「も、もう! そういうことを突然なさらないでください!」

「ふふ、貴女が可愛すぎるのが悪い」

「そ、そんなこと……!」

「あるぞ」

彼は微笑みながら、もう一度私の手を握る。

「貴女はまだ気づいていないかもしれないが……私は本気だ」

その言葉の重みが、じんわりと胸に響いた。

「だから、焦らずに答えをくれ」

「……はい」

私はそっと頷いた。



翌日、私は侍女のクラリスとともに庭園を歩いていた。

「……昨日の晩餐会の噂、もう広がっていますね」

「……ええ」

宮廷内ではすでに私が「王太子殿下の特別な存在」として認識され始めているようだった。

「レティシア様、困惑なさっているのでは?」

「……少しだけね」

正直、ここまで急に周囲の視線が変わるとは思っていなかった。

だが、それ以上に――。

「……クラウス様は、本当に私を求めてくださっているのかしら」

「それは、疑う必要がございますか?」

クラリスは微笑む。

「王太子殿下があれほど真剣に貴女様を見つめるのを、私は初めて見ましたよ」

「……」

「貴女様が王宮に来てから、殿下のご様子は明らかに変わりました」

「そう、なの……?」

「ええ。少し前までは、必要最低限の感情しか表に出されない方でしたのに」

クラリスの言葉を聞き、私はそっと胸に手を当てる。

クラウス様が私を見るときのあの眼差し――。

それが、私の心を揺らすのだった。



「レティシア」

その日の午後、クラウス様が執務室から出てきて、私を探しに来た。

「……クラウス様?」

「少し付き合え」

そう言って、彼は私の手を取り、歩き出した。

「どこへ?」

「秘密だ」

彼はそう言って、私を小さな離れへと案内する。

「ここは……?」

「私が少年の頃に過ごした部屋だ」

中は落ち着いた装飾で、しかしどこか温かみがあった。

「王宮の中で唯一、誰にも邪魔されない場所だ」

「……なぜ、ここへ?」

「お前と二人きりで話したかった」

彼は私の手を引き、ソファに座らせる。

そして、自分も隣に腰掛けると、じっと私を見つめた。

「レティシア、貴女はまだ私のことを信じきれていないな?」

「……そんなことは」

「なら、今すぐ答えをくれ」

彼は私の顎をそっと持ち上げる。

「……っ!」

顔が近い。

「貴女がまだ迷うなら、それごと奪うしかないな」

彼の唇が、私の額にそっと触れた。

「……っ」

「怖がるな。私は、貴女をどうにかしようとは思わない」

「じゃあ、どうして……?」

「安心させたかった」

彼は微笑む。

「貴女がここにいていいと、はっきり示したかった」

その言葉に、私は心が震えた。

「……クラウス様」

「私に、もう少し心を預けてみないか?」

彼の優しい声に、私はそっと目を閉じた。

胸の奥で、小さな感情が芽生えていくのを感じながら――。

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