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「……私に、もう少し心を預けてみないか?」
クラウス様の低く甘い声が、私の耳元で優しく響く。
額に触れた唇の余韻が残り、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……っ」
私は思わず目を閉じ、心を落ち着かせようとした。
だけど、意識すればするほど、彼の温もりが鮮明に感じられてしまう。
「……クラウス様」
「なんだ?」
「……ずるいですわ」
私がようやく絞り出した言葉に、彼はくすっと笑った。
「そうか?」
「ええ、そうです。こんなに急に……こんなに優しくされたら、私――」
「私が貴女に優しくするのは当然だろう?」
彼の指がそっと私の頬をなぞる。
「貴女は、私にとって特別なのだから」
「……」
その言葉が、私の心を強く揺さぶる。
だけど――まだ、私は迷っている。
「クラウス様……私は、本当にこの国にいていいのでしょうか?」
「何度も言わせるな」
彼は私の手を取り、ぎゅっと握りしめる。
「私は、貴女を必要としている」
「……」
「この国の者たちは、まだ貴女を完全には受け入れていないかもしれない。だが、それは時間の問題だ」
彼はまっすぐに私を見つめながら、静かに続けた。
「貴女がこの国で何を成し遂げるかは、貴女自身が決めることだ」
「……私が?」
「そうだ。だから、ここにいてくれ。貴女が望む限り、私は貴女のそばにいる」
その言葉に、私は思わず息をのんだ。
彼の瞳には、一切の迷いがない。
「……」
私は、こんなふうに誰かに求められたことがあっただろうか。
婚約者だった王太子アルバート様は、私を拒絶した。
家族も、私を厄介者扱いしていた。
でも――。
「クラウス様は、本当に……私なんかでいいのですか?」
私の問いに、彼は少しだけ目を細めた。
「レティシア」
「……」
「貴女は自分の価値を低く見すぎている」
「そんなこと……」
「ある。私は貴女の聡明さも、強さも知っている。貴女はこの国で十分に輝ける」
彼の手がそっと私の頬に触れる。
「貴女が自分で気づかないなら、私が何度でも教えてやろう」
「……」
「貴女は、かけがえのない存在だ」
胸が、強く高鳴る。
「……私、クラウス様の言葉を信じても?」
「もちろんだ」
彼は微笑み、私の手を引き寄せる。
「私は嘘はつかない」
その言葉に、私はそっと目を閉じた。
数日後、私は城下町の視察へと同行することになった。
「レティシア様、お支度が整いました」
侍女のクラリスが微笑みながら私のマントを整える。
「今日は少しカジュアルな装いですね」
「ええ。あまり目立ちすぎないように、とのことでしたので」
鏡に映る私は、普段の貴族のドレスではなく、動きやすいシンプルなワンピースを着ていた。
「では、行ってまいりますわ」
私は深呼吸をし、クラウス様のもとへ向かった。
「待たせたな」
馬車の前で待っていたクラウス様は、いつもよりラフな装いだった。
「いいえ、それよりも……本当に城下町へ?」
「当然だ」
「王太子自ら出向くのは、珍しいことなのでは?」
「そんなことはない。私が直接見て、感じることが必要だからな」
彼のそういう姿勢が、私はやっぱり好きだ。
「では、行きましょう」
馬車に乗り込み、城下町へと向かった。
城下町に着くと、活気のある市場が広がっていた。
「まあ……!」
私は目を輝かせる。
「初めて見るような顔をしているな」
「ええ。こんなに活気のある場所は初めてですわ」
「それはよかった」
クラウス様は微笑みながら、私の手を取る。
「ちょ、ちょっと……!」
「はぐれると困るからな」
「ですが……!」
周囲の人々がこちらをちらちらと見ているのがわかる。
「気にするな。貴女は、私の隣にいるのが当然なのだから」
彼の堂々とした言葉に、私は恥ずかしさと嬉しさが入り混じった気持ちになった。
「……もう、クラウス様は本当に強引ですわ」
「そう言われるのも悪くない」
彼は笑いながら、私を市場の中へと連れて行く。
市場では、新鮮な果物や焼き立てのパンが並び、活気に満ちていた。
「レティシア、食べてみるか?」
クラウス様が、小さな焼き菓子を手に取る。
「えっ……ですが、手が……」
「ならば、私が食べさせてやろう」
「えっ!?」
次の瞬間、彼は私の口元へと焼き菓子を差し出した。
「ほら、遠慮せずに」
「……っ」
私は周囲の視線を気にしつつも、おずおずと口を開く。
「……」
甘くて、香ばしい味が口の中に広がった。
「どうだ?」
「お、おいしいです……」
「それはよかった」
彼は満足げに微笑む。
「ほら、もう一つ」
「ちょ、ちょっと! もういいですわ!」
私は顔を赤くしながら、彼の手を押し返した。
「ふふ、可愛いな」
彼はくすくすと笑いながら、私の肩をそっと抱く。
「これからも、もっと美味しいものを一緒に食べよう」
「……っ」
私は何も言えず、ただ彼の隣に立っていた。
こんなにも自然に、こんなにも優しく――。
クラウス様は、私を特別扱いしてくれる。
(……私は、どうすればいいのかしら)
彼の想いを受け止める覚悟が、私にはまだ足りない気がする。
だけど――。
彼の隣にいることが、心地よいと感じ始めている自分に、気づいてしまっていた。
クラウス様の低く甘い声が、私の耳元で優しく響く。
額に触れた唇の余韻が残り、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……っ」
私は思わず目を閉じ、心を落ち着かせようとした。
だけど、意識すればするほど、彼の温もりが鮮明に感じられてしまう。
「……クラウス様」
「なんだ?」
「……ずるいですわ」
私がようやく絞り出した言葉に、彼はくすっと笑った。
「そうか?」
「ええ、そうです。こんなに急に……こんなに優しくされたら、私――」
「私が貴女に優しくするのは当然だろう?」
彼の指がそっと私の頬をなぞる。
「貴女は、私にとって特別なのだから」
「……」
その言葉が、私の心を強く揺さぶる。
だけど――まだ、私は迷っている。
「クラウス様……私は、本当にこの国にいていいのでしょうか?」
「何度も言わせるな」
彼は私の手を取り、ぎゅっと握りしめる。
「私は、貴女を必要としている」
「……」
「この国の者たちは、まだ貴女を完全には受け入れていないかもしれない。だが、それは時間の問題だ」
彼はまっすぐに私を見つめながら、静かに続けた。
「貴女がこの国で何を成し遂げるかは、貴女自身が決めることだ」
「……私が?」
「そうだ。だから、ここにいてくれ。貴女が望む限り、私は貴女のそばにいる」
その言葉に、私は思わず息をのんだ。
彼の瞳には、一切の迷いがない。
「……」
私は、こんなふうに誰かに求められたことがあっただろうか。
婚約者だった王太子アルバート様は、私を拒絶した。
家族も、私を厄介者扱いしていた。
でも――。
「クラウス様は、本当に……私なんかでいいのですか?」
私の問いに、彼は少しだけ目を細めた。
「レティシア」
「……」
「貴女は自分の価値を低く見すぎている」
「そんなこと……」
「ある。私は貴女の聡明さも、強さも知っている。貴女はこの国で十分に輝ける」
彼の手がそっと私の頬に触れる。
「貴女が自分で気づかないなら、私が何度でも教えてやろう」
「……」
「貴女は、かけがえのない存在だ」
胸が、強く高鳴る。
「……私、クラウス様の言葉を信じても?」
「もちろんだ」
彼は微笑み、私の手を引き寄せる。
「私は嘘はつかない」
その言葉に、私はそっと目を閉じた。
数日後、私は城下町の視察へと同行することになった。
「レティシア様、お支度が整いました」
侍女のクラリスが微笑みながら私のマントを整える。
「今日は少しカジュアルな装いですね」
「ええ。あまり目立ちすぎないように、とのことでしたので」
鏡に映る私は、普段の貴族のドレスではなく、動きやすいシンプルなワンピースを着ていた。
「では、行ってまいりますわ」
私は深呼吸をし、クラウス様のもとへ向かった。
「待たせたな」
馬車の前で待っていたクラウス様は、いつもよりラフな装いだった。
「いいえ、それよりも……本当に城下町へ?」
「当然だ」
「王太子自ら出向くのは、珍しいことなのでは?」
「そんなことはない。私が直接見て、感じることが必要だからな」
彼のそういう姿勢が、私はやっぱり好きだ。
「では、行きましょう」
馬車に乗り込み、城下町へと向かった。
城下町に着くと、活気のある市場が広がっていた。
「まあ……!」
私は目を輝かせる。
「初めて見るような顔をしているな」
「ええ。こんなに活気のある場所は初めてですわ」
「それはよかった」
クラウス様は微笑みながら、私の手を取る。
「ちょ、ちょっと……!」
「はぐれると困るからな」
「ですが……!」
周囲の人々がこちらをちらちらと見ているのがわかる。
「気にするな。貴女は、私の隣にいるのが当然なのだから」
彼の堂々とした言葉に、私は恥ずかしさと嬉しさが入り混じった気持ちになった。
「……もう、クラウス様は本当に強引ですわ」
「そう言われるのも悪くない」
彼は笑いながら、私を市場の中へと連れて行く。
市場では、新鮮な果物や焼き立てのパンが並び、活気に満ちていた。
「レティシア、食べてみるか?」
クラウス様が、小さな焼き菓子を手に取る。
「えっ……ですが、手が……」
「ならば、私が食べさせてやろう」
「えっ!?」
次の瞬間、彼は私の口元へと焼き菓子を差し出した。
「ほら、遠慮せずに」
「……っ」
私は周囲の視線を気にしつつも、おずおずと口を開く。
「……」
甘くて、香ばしい味が口の中に広がった。
「どうだ?」
「お、おいしいです……」
「それはよかった」
彼は満足げに微笑む。
「ほら、もう一つ」
「ちょ、ちょっと! もういいですわ!」
私は顔を赤くしながら、彼の手を押し返した。
「ふふ、可愛いな」
彼はくすくすと笑いながら、私の肩をそっと抱く。
「これからも、もっと美味しいものを一緒に食べよう」
「……っ」
私は何も言えず、ただ彼の隣に立っていた。
こんなにも自然に、こんなにも優しく――。
クラウス様は、私を特別扱いしてくれる。
(……私は、どうすればいいのかしら)
彼の想いを受け止める覚悟が、私にはまだ足りない気がする。
だけど――。
彼の隣にいることが、心地よいと感じ始めている自分に、気づいてしまっていた。
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