悪役令嬢なのに? 隣国の王太子がなぜか私を溺愛してくる

ほーみ

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湖畔でのひとときを過ごした後、私とクラウス様はゆっくりと馬車へ戻った。

馬車の中、クラウス様は何も言わず、ただ穏やかに私の手を包み込んでいる。

彼の手のひらから伝わる温もりが、心地よくて――私は何も言えなくなってしまった。

(私は……本当に、このままでいいのかしら?)

彼の気持ちは、痛いほどに伝わってくる。

けれど、私はまだこの国で生きることを決めたわけではない。
そう考えると、胸の奥が苦しくなる。

「……レティシア?」

「え?」

不意にクラウス様が私の頬に触れた。

「どうした? 何か考え込んでいるようだが」

「……そんなことは……」

「嘘だな」

彼は静かに微笑む。

「何かあるなら、話してくれ」

「……」

私は彼の手をそっと払い、俯いた。

「クラウス様……私は、まだ迷っています」

「……そうか」

彼はそれ以上何も言わず、ただ私の言葉を受け入れるように頷いた。

「無理に答えを出さなくてもいい。私は貴女の気持ちを尊重する」

「……ありがとうございます」

彼の優しさに甘えてしまいそうになる自分が、少し怖かった。



王宮に戻った私は、自室へ向かおうとしたが、廊下の途中で見知った人物と鉢合わせた。

「……レティシア様」

「……セシリア様」

そこにいたのは、私の婚約を破棄した元婚約者――アルベルト王子の新しい婚約者、セシリアだった。

美しい金髪をなびかせ、完璧な微笑みを浮かべる彼女は、まさに”聖女”というにふさわしい女性だ。

彼女はゆっくりと歩み寄り、私の前に立った。

「レティシア様、少しお話できますか?」

「……構いませんが」

私が応じると、彼女は満足そうに微笑み、バルコニーへと案内する。

外の風が頬を撫でる中、彼女は静かに口を開いた。

「レティシア様が隣国にいると知って、少し驚きましたわ」

「そうでしょうね」

「ですが、それ以上に……王太子殿下が貴女を大切にされていると聞いて、さらに驚きました」

「……」

私は何も言わなかった。

セシリアはしばらく私の顔をじっと見つめ、やがて小さく微笑む。

「レティシア様、貴女は本当に幸せなのですか?」

「え?」

「クラウス殿下は優しい方です。でも、貴女が本当に望んでいるのは……」

「……」

私はセシリアの言葉を遮るように、静かに口を開いた。

「私は、もう過去を振り返るつもりはありません」

「……そうですか」

セシリアは少し寂しそうに微笑んだ。

「……私は、アルベルト様を愛しています。だから、彼を選んだことに後悔はありません」

「……それなら、良かったですわね」

「ええ……でも、時々考えるのです。もし、アルベルト様がクラウス殿下のように貴女を大切にしていたら……貴女は幸せだったのではないかと」

「……それは、もう意味のないことですわ」

私は毅然とした態度で答えた。

「私は、前を向いて生きると決めたのです」

「……そうですね」

セシリアは静かに微笑み、私を見つめる。

「レティシア様、どうか幸せになってください」

「……ええ」

私は静かに頷いた。



その夜、私は一人でバルコニーに立ち、夜空を見上げていた。

「……私は、本当に幸せになれるのかしら」

ぼんやりと呟いたその瞬間――。

「レティシア」

「!」

振り向くと、そこにはクラウス様が立っていた。

「夜風に当たりすぎると風邪をひくぞ」

「……クラウス様」

彼は私の隣に立ち、夜空を見上げる。

「何かあったのか?」

「……少し、考え事をしていただけです」

「……」

彼は静かに私を見つめ、ゆっくりと手を伸ばす。

「レティシア、こっちへ」

「え……?」

彼は私の腰をそっと抱き寄せた。

「クラウス様……!?」

「貴女は時々、一人で考え込みすぎる」

「そ、そんなこと……」

「ある」

彼は私の額にそっと口づける。

「だから、もっと頼れ」

「……」

「私は、貴女が必要だ」

「……!」

その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。

「……クラウス様」

「貴女の答えを、焦らずに待つ」

彼は私をそっと抱きしめる。

「だけど、私の気持ちは……もう変わらない」

私は彼の腕の中で、そっと目を閉じた。

(私は……どうしたいのだろう)

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