悪役令嬢なのに？ 隣国の王太子がなぜか私を溺愛してくる

13

クラウス様の部屋で、私は彼の手を握られたまま、静かに心の中の思いを整理していた。

彼のそばにいると、安心する。

彼の言葉を聞くと、心が温かくなる。

けれど――私はまだ、はっきりとした答えを出せないでいる。

「……クラウス様」

私は小さな声で彼の名前を呼んだ。

「ん？」

彼は優しく微笑みながら、私の手を包むように握る。

「私は……まだ、貴方の気持ちに完全に応えられる自信がありません」

正直にそう伝えると、クラウス様は少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに穏やかな表情に戻った。

「それでいい」

「え？」

「レティシア、貴女は真剣に考えてくれているんだな」

彼は私の手をそっと引き寄せ、指先に軽く口づけを落とした。

「無理に答えを出さなくてもいい。私は、貴女が心から私を選びたいと思う日を待っている」

「……クラウス様」

彼の言葉が、心にじんわりと沁みる。

こんなに誠実に待ってくれる人が、今まで私のそばにいただろうか。

「でも……」

私が何か言いかけたときだった。

ドンッ！

突然、扉を強く叩く音が響いた。

「クラウス様！ 緊急の報告がございます！」

扉の向こうから、焦った様子の側近の声がする。

クラウス様はすぐに立ち上がり、私を振り返る。

「すまない。少し待っていてくれ」

「ええ……」

私は不安を抱えながらも、彼の言葉に頷いた。

クラウス様が扉を開けると、そこには蒼白な顔をしたエドワード様が立っていた。

「どうした？」

「……王都で、反乱の兆しがあります」

「――！」

クラウス様の表情が一瞬にして険しくなる。

「詳しく話せ」

「はい。現在、貴族の一部が不満を抱き、密かに兵を集めているとの情報が入りました」

「……まさか、父上が関与しているのでは？」

「今のところ、王太子殿下への直接的な敵意は確認されておりません。しかし、一部の貴族たちは、殿下が『隣国の元令嬢』を側に置いていることを快く思っていないようです」

「……レティシアが関係しているというのか」

クラウス様が低い声で呟く。

私は息を呑んだ。

「そんな……」

「レティシア、すまない」

クラウス様は真剣な眼差しで私を見る。

「しばらく、王宮の外には出ないでくれ」

「……はい」

「必ず守る。だから、何があっても私を信じてほしい」

彼の言葉に、私はそっと頷いた。

（私は……また、誰かの陰謀に巻き込まれるの？）

けれど、今までとは違う。

私はもう、一人ではない。

クラウス様が、そばにいてくれる。



それから数日後。

王都の情勢は不安定なままだった。

私は王宮内で過ごすことを余儀なくされていたが、クラウス様は忙しく、なかなか顔を合わせることができなかった。

（クラウス様、大丈夫かしら……）

心配になった私は、彼を探して王宮内を歩き回る。

すると――。

「……クラウス様？」

遠くの廊下で、彼と王の姿が見えた。

「――レティシアの存在が、国の安定を脅かしているのだぞ！」

「私は彼女を手放すつもりはありません」

クラウス様の強い声が響く。

私は思わず立ち止まった。

（……私のこと？）

「……今すぐ婚約を解消しろとは言わん。しかし、これ以上、反発を招くような行動は慎め」

「……父上」

「クラウス、お前は王になるのだ。そのことを忘れるな」

王の言葉に、クラウス様はしばらく沈黙していた。

私は胸が締めつけられるような気持ちで、その場から逃げ出した。

（私は……クラウス様の足かせになっている？）

部屋に戻り、深く息をつく。

私は何も言われていないのに、心が痛むのはなぜ？

（私は……どうするべき？）

悩む私のもとに、クラウス様が訪ねてきたのは、その夜のことだった。

「レティシア」

彼の顔を見ると、私は思わず目を伏せた。

「……私のせいで、クラウス様に迷惑をかけてしまっているのですね」

「迷惑？」

クラウス様が私の手を取る。

「そんなことを考えていたのか？」

「……私は、クラウス様の足を引っ張ってしまっているのでしょう？」

「違う」

彼は強く首を振る。

「レティシア、私は何があっても貴女を守る」

「でも……」

「お前は、お前のことだけを考えればいい」

「……！」

「私は、貴女がそばにいてくれるだけでいい。それ以上のものは何も望まない」

彼の言葉に、私は胸がいっぱいになった。

「クラウス様……」

「だから、考えてほしい。貴女は、私のそばにいたいか？」

私はゆっくりと彼の顔を見上げる。

その瞳には、私への強い想いが込められていた。

（私は……）

ようやく、自分の気持ちに向き合う時が来たのかもしれない。