「お前とは釣り合わない」と振られた令嬢、国一番の英雄に溺愛される

ほーみ

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 社交界の中心ともいえる、王宮の大広間。そこに、令嬢アリシア・フェルナーは立っていた。

 彼女の金色の髪は絹のように輝き、薄紫のドレスがその華奢な体を包む。だが今、その瞳には静かな怒りと哀しみが宿っていた。

「……アリシア・フェルナー嬢。婚約の破棄を申し渡す。君と私とでは、釣り合わない」

 そう告げたのは、王国貴族の筆頭ともいわれるユリウス・グランハルト侯爵令息だった。社交界一の美男子と噂される彼は、表面上は礼儀正しく、冷ややかな視線をアリシアに向けていた。

「釣り合わない……と、仰いましたか?」

「そうだ。君の家は没落寸前。政略結婚としての価値も、もはやない。加えて君の、控えめすぎる性格では、私の妻は務まらない」

 周囲の貴族たちがざわめく。アリシアの家──フェルナー伯爵家は、たしかにここ数年で財政が傾き、貴族としての地位を危ぶまれていた。

 だが、それは父が病に倒れたせいであり、アリシア自身に非はない。

 彼女は静かに笑った。その笑みに、少なからずユリウスが眉をひそめる。

「わかりました。ならば、あなたのその決断、どうか後悔なさいませんように」

 アリシアは、会場を後にした。涙はこぼさない。誇り高き伯爵令嬢としての矜持が、彼女の背筋を真っ直ぐに保っていた。



 それから数日後、アリシアは荷物をまとめていた。

 王都を離れ、父の療養地へ向かうためだ。伯爵家の領地である北方の辺境地。寒冷地であり、貴族の多くが避ける地である。

「お嬢様、本当に行かれるのですか……?」

 侍女のミーナが、涙ぐみながら見送ろうとしている。

「ええ。私がここにいても、もう何もできないわ。だったら……少しでも、家のために何かしたいの」

「……ですが、あのユリウス様が……!」

 ミーナの顔に怒りが浮かぶ。アリシアの名誉を踏みにじるような婚約破棄。しかも、その直後に、王女との縁談が進んでいると聞いたのだ。

「彼のことは、もういいの。私は、ただ……自分の道を生きるだけ」

 アリシアは、馬車に乗り込んだ。

 その背には、誰も知らぬ未来が待っていた。



 北方辺境領──雪に閉ざされた小さな町、グレイバーク。

 その町の中心にある屋敷へと、アリシアは到着した。

 屋敷は古めかしいが、丁寧に手入れされており、父と母が静かに暮らすにはちょうどいい場所だ。

 だがその町で、彼女は“ある男”と出会うことになる。

「おい、そこの嬢ちゃん。こんな雪の日に、なにしてんだ」

 厩舎のそばで立ち往生していたアリシアに、低く響く声がかけられた。

 振り向けば、背の高い男がいた。短く刈られた黒髪、鋭い金色の瞳。肩には獣皮のマントをかけている。

「……あなたは?」

「俺は――ローラン・ヴァルグ。近衛第一騎士団の隊長。今はここの辺境守備隊の司令官をやってる」

「……近衛隊? あの……王国最強と謳われる、あの?」

「ま、あんまりそういうのは好きじゃないけどな」

 彼はアリシアをじろりと見た後、ふっと表情を緩めた。

「お嬢ちゃん……いや、貴族のお嬢様だな? こんなとこに来るとは、物好きだ」

「物好きで来たわけじゃありません。事情があって……ここに来ただけです」

 少しだけ強気に言い返すと、ローランは興味深げに笑った。

「気に入った。遠慮しない物言い、俺はそういうの嫌いじゃない」

「……褒めてますか、それ?」

「ああ、もちろん」

 その日から、アリシアとローランの奇妙な関係が始まった。



 雪に閉ざされた辺境の町では、日々の暮らしは厳しい。

 だがアリシアは、屋敷の管理を手伝い、村人たちと交流し、少しずつ町の一部になっていった。

 そして何より、ローランとの距離が徐々に縮まっていく。

「その手、凍えてるだろ」

 ある夜、アリシアが外で倒れていた子供を助けて帰ってきたとき、ローランは彼女の手をとった。

 その大きくてごつごつした手に、アリシアの心臓が跳ねる。

「……あなたに触れられると、なんだか落ち着かないわ」

「それは、俺が“野獣”だからか?」

「違います……その、なんでもありません!」

 照れて視線をそらすと、ローランは少しだけ顔を近づけた。

「お前みたいな気丈な令嬢が、こんな寒村で笑ってる。それだけで、救われる奴らがたくさんいるんだぜ」

「私は……私のために、ここにいるだけです」

「でも、俺の目には、随分と強く、綺麗に映ってる」

 その言葉が、アリシアの胸の奥にそっと火を灯した。



 しかし、静かな日々はそう長くは続かない。

 ある日、王都からの使者が辺境を訪れた。彼らが告げたのは――

「アリシア・フェルナー嬢。王女殿下が、あなたの処罰を命じられました」

「……処罰?」

「グランハルト侯爵令息より、王女殿下に不敬の態度をとったとの報告があったのです」

 ――また、あの人が……。

 アリシアの顔から血の気が引く。ユリウスが、彼女を完全に潰そうとしているのだと悟った。

「黙って従う必要はない」

 背後から聞こえる、ローランの低く太い声。

「お前に指一本触れさせるつもりは、毛頭ない。俺が守る」

 その言葉は、アリシアの心を深く貫いた。

 王国最強と呼ばれ、数々の戦いを勝ち抜いてきた男が、ただの令嬢である自分を――

「……どうして、そこまでしてくれるのですか?」

「決まってるだろ」

 ローランはアリシアの手を取り、ゆっくりと口元に運んだ。

「お前が、俺の大切な女だからだ」

 その瞬間、アリシアの頬が赤く染まる。

 まるで、心まで溶かすような熱を、彼の言葉が運んできた。
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