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王国からの使者が去ったあとも、アリシアはしばらく呆然としていた。
“処罰”という言葉が、頭の中で何度も反響する。ユリウスが――あの人が、わざわざ自分を王都から追い落とすために動いたのだ。王女との婚約が正式に決まった今、過去の婚約者としての自分の存在が邪魔なのだろう。
(そこまでする必要、あるかしら……?)
苦笑が漏れる。こんな片田舎で静かに暮らしていただけなのに、王女に「不敬」などと難癖をつけてくるなんて。どれだけ自分を脅威と感じているのだろう。
「……バカみたい」
「その顔、似合わねぇな」
いつの間にか、ローランが隣に座っていた。分厚い毛皮のマントを肩にかけ、片膝を立てているその姿は、野生の獣にも似ているが、不思議と安心感があった。
「顔って、どんな?」
「強いのに無理してる顔だよ。無理して笑うな。……泣きたけりゃ、泣いていい」
「泣きません」
アリシアはそっと口元を引き結び、首を振る。すると、ローランはやれやれと肩をすくめた。
「ならせめて、俺の前では無理するな。誰よりも強いお前が、誰よりも脆いときだってある。それを隠されると……守ってやれねぇ」
「……守るなんて、そんな……私は、そんなに弱くありません」
「弱くねぇさ。だが、女は“守られていい”ってことを忘れちゃいけねぇ」
その言葉に、アリシアはふと視線をそらす。頬が熱い。ローランの言葉はいつも直球で、時に心の奥をかき乱してくる。
それが、憎らしくも、嬉しい。
「じゃあ……少しだけ、頼ってもいいですか?」
「望むところだ」
ローランは、アリシアの肩にマントをかけた。その体温が、どこまでもあたたかい。寒冷の辺境で、彼の隣だけが春のように感じられた。
だがその夜、屋敷に不審な影が忍び寄っていた。
「っ……なに、これ……っ」
アリシアが眠っていた部屋の窓が、音もなく開けられた。冷たい夜風とともに、黒ずくめの侵入者が入り込む。ナイフを手に、彼女の寝台へと近づいていく――
だが、刃が彼女に届くことはなかった。
「てめぇ、誰の許可でここの屋敷に入った?」
低く、殺気を含んだ声が部屋に響く。
次の瞬間、侵入者は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。ローランだった。漆黒の剣を抜いたその姿は、戦場で“黒狼”と恐れられた伝説そのままだ。
「――貴様、どこの者だ」
「……くっ、ヴァルグ、貴様……っ!」
「答える気がねぇなら、口を割るまで地獄を見せてやる」
アリシアが目を覚ましたときには、すでに騒ぎは鎮まっていた。
「ローラン……?」
「起こしちまったな。大丈夫か」
アリシアの寝台の脇に腰を下ろし、彼は軽く笑った。
「……どうして、部屋の前にいたの?」
「昼間、王都からの使者が来た時点で、動きがあると思った。あの手の貴族は、手を汚さずに汚い真似をさせる。……読み通りだったわけだ」
アリシアは胸の前で両手を握った。怒りと不安、そして……無力感。
「……また誰かが、私を排除しようとする。婚約破棄されて、すべてを失ったと思っていたのに……これ以上、何を奪うつもりなの……」
ぽつりと、零した言葉に、ローランの手がそっと彼女の頬に触れた。
「アリシア、お前はもう失ってなんかいない。お前を捨てた奴らが、失う側だ」
「……私が?」
「ああ。お前は、俺に出会った。それが、あいつらには絶対に得られない“宝”だ」
その言葉に、アリシアの瞳が見開かれる。
「お前の価値を理解できる奴が、ここにいる。たった一人で十分じゃねぇか」
「……そんな風に、言ってもらえるなんて……」
声が震える。ようやく、本当にようやく、自分を見てくれる人が現れた気がした。
誰かの“飾り”ではなく、“道具”でもなく、“取引材料”でもない、自分自身として。
ローランは彼女の手を包み込むように握った。
「安心しろ。お前に近づくものは、誰であろうと全部叩き潰す。俺の女に手を出すなら、それなりの覚悟が要るってな」
その言葉が、胸に深く染みわたる。
(……ローラン。あなたは、どうしてこんなにも、まっすぐに……)
恋という言葉にはまだ遠い。でも、彼の存在が心の支えになっていることを、アリシアはもう否定できなかった。
翌朝、辺境の町ではある噂が広まり始めていた。
「フェルナー伯爵令嬢が、襲撃されたって……?」
「近衛団の元司令、ヴァルグ様が救ったらしい。すごいよな、あの人……」
村人たちはこぞってアリシアに同情と敬意を向けるようになった。さらに、貧しい家の子どもたちに衣服や薬を届けるアリシアの行動が広まり、彼女は“聖女”と呼ばれ始める。
だが、それはまた新たな火種を生む。
「“聖女”だと……ふざけた真似を」
王都、王女エルヴィラの執務室。
報告書を叩きつけたユリウスの顔には、明確な怒りが浮かんでいた。
「フェルナー嬢が、田舎で人心を集めていると? 彼女を婚約破棄したのは、私ですよ? それが同情の対象になるなど……あってはならない」
王女エルヴィラは、美しいが冷たい笑みを浮かべた。
「ならば、いっそ“暴君の愛人”として噂を立てればよい。辺境の英雄と交際しているなど、道徳を欠く行為として扱えばいいだけの話。――名声など、簡単に地に堕とせる」
その言葉に、ユリウスは不敵に笑った。
「……面白い。彼女のすべてを、粉々に砕いてさしあげましょう」
運命の歯車が、再び音を立てて回り始めた。
そしてその渦の中に、アリシアとローランは巻き込まれていく。
――だが、誰よりも強く優しい令嬢と、すべてを背負う戦士が並び立つとき、運命など捻じ曲げられるのかもしれない。
“処罰”という言葉が、頭の中で何度も反響する。ユリウスが――あの人が、わざわざ自分を王都から追い落とすために動いたのだ。王女との婚約が正式に決まった今、過去の婚約者としての自分の存在が邪魔なのだろう。
(そこまでする必要、あるかしら……?)
苦笑が漏れる。こんな片田舎で静かに暮らしていただけなのに、王女に「不敬」などと難癖をつけてくるなんて。どれだけ自分を脅威と感じているのだろう。
「……バカみたい」
「その顔、似合わねぇな」
いつの間にか、ローランが隣に座っていた。分厚い毛皮のマントを肩にかけ、片膝を立てているその姿は、野生の獣にも似ているが、不思議と安心感があった。
「顔って、どんな?」
「強いのに無理してる顔だよ。無理して笑うな。……泣きたけりゃ、泣いていい」
「泣きません」
アリシアはそっと口元を引き結び、首を振る。すると、ローランはやれやれと肩をすくめた。
「ならせめて、俺の前では無理するな。誰よりも強いお前が、誰よりも脆いときだってある。それを隠されると……守ってやれねぇ」
「……守るなんて、そんな……私は、そんなに弱くありません」
「弱くねぇさ。だが、女は“守られていい”ってことを忘れちゃいけねぇ」
その言葉に、アリシアはふと視線をそらす。頬が熱い。ローランの言葉はいつも直球で、時に心の奥をかき乱してくる。
それが、憎らしくも、嬉しい。
「じゃあ……少しだけ、頼ってもいいですか?」
「望むところだ」
ローランは、アリシアの肩にマントをかけた。その体温が、どこまでもあたたかい。寒冷の辺境で、彼の隣だけが春のように感じられた。
だがその夜、屋敷に不審な影が忍び寄っていた。
「っ……なに、これ……っ」
アリシアが眠っていた部屋の窓が、音もなく開けられた。冷たい夜風とともに、黒ずくめの侵入者が入り込む。ナイフを手に、彼女の寝台へと近づいていく――
だが、刃が彼女に届くことはなかった。
「てめぇ、誰の許可でここの屋敷に入った?」
低く、殺気を含んだ声が部屋に響く。
次の瞬間、侵入者は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。ローランだった。漆黒の剣を抜いたその姿は、戦場で“黒狼”と恐れられた伝説そのままだ。
「――貴様、どこの者だ」
「……くっ、ヴァルグ、貴様……っ!」
「答える気がねぇなら、口を割るまで地獄を見せてやる」
アリシアが目を覚ましたときには、すでに騒ぎは鎮まっていた。
「ローラン……?」
「起こしちまったな。大丈夫か」
アリシアの寝台の脇に腰を下ろし、彼は軽く笑った。
「……どうして、部屋の前にいたの?」
「昼間、王都からの使者が来た時点で、動きがあると思った。あの手の貴族は、手を汚さずに汚い真似をさせる。……読み通りだったわけだ」
アリシアは胸の前で両手を握った。怒りと不安、そして……無力感。
「……また誰かが、私を排除しようとする。婚約破棄されて、すべてを失ったと思っていたのに……これ以上、何を奪うつもりなの……」
ぽつりと、零した言葉に、ローランの手がそっと彼女の頬に触れた。
「アリシア、お前はもう失ってなんかいない。お前を捨てた奴らが、失う側だ」
「……私が?」
「ああ。お前は、俺に出会った。それが、あいつらには絶対に得られない“宝”だ」
その言葉に、アリシアの瞳が見開かれる。
「お前の価値を理解できる奴が、ここにいる。たった一人で十分じゃねぇか」
「……そんな風に、言ってもらえるなんて……」
声が震える。ようやく、本当にようやく、自分を見てくれる人が現れた気がした。
誰かの“飾り”ではなく、“道具”でもなく、“取引材料”でもない、自分自身として。
ローランは彼女の手を包み込むように握った。
「安心しろ。お前に近づくものは、誰であろうと全部叩き潰す。俺の女に手を出すなら、それなりの覚悟が要るってな」
その言葉が、胸に深く染みわたる。
(……ローラン。あなたは、どうしてこんなにも、まっすぐに……)
恋という言葉にはまだ遠い。でも、彼の存在が心の支えになっていることを、アリシアはもう否定できなかった。
翌朝、辺境の町ではある噂が広まり始めていた。
「フェルナー伯爵令嬢が、襲撃されたって……?」
「近衛団の元司令、ヴァルグ様が救ったらしい。すごいよな、あの人……」
村人たちはこぞってアリシアに同情と敬意を向けるようになった。さらに、貧しい家の子どもたちに衣服や薬を届けるアリシアの行動が広まり、彼女は“聖女”と呼ばれ始める。
だが、それはまた新たな火種を生む。
「“聖女”だと……ふざけた真似を」
王都、王女エルヴィラの執務室。
報告書を叩きつけたユリウスの顔には、明確な怒りが浮かんでいた。
「フェルナー嬢が、田舎で人心を集めていると? 彼女を婚約破棄したのは、私ですよ? それが同情の対象になるなど……あってはならない」
王女エルヴィラは、美しいが冷たい笑みを浮かべた。
「ならば、いっそ“暴君の愛人”として噂を立てればよい。辺境の英雄と交際しているなど、道徳を欠く行為として扱えばいいだけの話。――名声など、簡単に地に堕とせる」
その言葉に、ユリウスは不敵に笑った。
「……面白い。彼女のすべてを、粉々に砕いてさしあげましょう」
運命の歯車が、再び音を立てて回り始めた。
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