ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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序章

デーモンの導き

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 薄暗い部屋の中で、青年は目を覚ました。
 鉄格子によって仕切られたその部屋の中には、自分以外に四、五人の人間が詰め込められている。そして、自分と 同じように鎖で繋がれながら、何をするでもなく部屋の隅でうずくまっていた。
 ここがどこなのか、なぜ自分がこんな場所に居るのか見当もつかない。ただ、その場に充満する陰気な空気と、時折聞こえるすすり泣く様なうめき声が、この場に居る者達の悲愴な運命を示している様に思えた。

 「……これは、悪い夢。そうに違いない」

 青年はそう呟くと、再び眠りにつく様に目をつむってしまった。
 しかし、本人の思いに反して意識は次第にはっきりしてくる。
 周囲から聞こえるすすり泣くような声が、先程見た光景が現実のものである事を青年に訴えるのであった。
 その時、扉が開け放たれる音が響き、複数の人物がこちらに向かって歩く足音が聞こえ始めた。
 建物の中は、隙間なく敷き詰められた石造りになっているようで、反響する足音と共に、二人の人物の話声を青年の下に届けている。

 「信じられん、自力であの森を抜け出すなど。確かな事なのか?」
 「ええ。現地の人間の話しでは、森の付近で倒れていた所をたまたま見つけた、という話ですが、少々お待ちを……」

 一人はそう話し鉄格子の前で立ち止まると、頻りにジャラジャラと音を立てながら、鍵の掛けられた格子戸を開け放った。そして、部屋の中へと入って来る。
 手に持っていたランタンをかざしながら、部屋の隅にうずくまる者達をくまなくながめまわすと、青年の方へ近づいて来た。

 「この男でございます」

 小太りの男が、眩し気に顔を逸らす青年を容赦なくランタンの明かりで照らしながらそう言う。
 それまで、格子戸の付近で佇んでいたもう一人の男が青年の下に近づいて来た。その男は全身を隠すかのようにマントを羽織り、頭からはすっぽりと顔が覆われる様に目深にフードを着けていた。

 「この顔……、東の国の人間か」
 「その通りでございます。恐らくは、森の東側に位置するトウワ国の人間。つまり、この魔導連合王国へは、森を通過して来たのではないかと」
 「話しは出来るか?」
 「他の者と同様、呆けてはおりますが、言葉は理解している様子です」

小太りからそう聞くとフードの男は身を屈め、青年の髪を乱暴につかみ上げた。

 「おい、聞こえるか! 貴様はデーモンの森から出て来たのか? 一体どうやった。答えろ!」

 青年は驚いたような表情をそちらに見せる。突然の行動に小太りの男も驚いたようで、慌ててフードの男を止めようと言葉を掛けた。

 「ど、導士様。あまり無茶をしては」
 「構わん。倒錯者共にはこの程度いい刺激だ。さあ、答えろ!」

 まくし立てるフードの男から顔を背ける様にして、青年は視線を切ろうとした。すると丁度、フードの男が羽織るマントの隙間から、きらりと光るバッチの様な物を見咎めた。そこには文字が刻まれている。

 「……リスト、レーション?」
 「何? ……こいつ」

 青年のその言葉を聞き、フードの男は咄嗟に自分の正体を隠すように、マントの上から胸元を手で押さえた。

 「おお、ほっほ、魔法言語を読んだ」

 動揺するフードの男とは対照的に、小太りは大袈裟な程の喜びの声を出した。

 「魔導に精通していると言うのか。しかし、単語一つ読んだところで……」

 訝し気なに呟くフードの男。そんな言葉など聞こえていないかのように、小太りは自分の話を進めようとし始めた。

 「如何でございましょう、導士様。ここは話を聞くには不適切な場所でございます。まずは、何処か落ち着ける場所へ運んでいただき、その後に導士様のよしなに取り計らうと言うのは……」
 「フン。まずは商談と言うわけか? まあいい。異邦人一人の値段など安い物だ」
 「では、別室にてお話をさせて頂きましょう。どうぞ、こちらへ」

 小太りとフードの男は、青年をそのままに部屋を後にしようとした。しかし、格子戸を潜り通路に出たところで、何かに気が付いた様に足を止めた。
 彼らとは別の足音が一つ、こちらへと近づいて来るのが青年にも分かった。

 「うう、だ、誰!?」

 小太りの言葉に反応するかの様に足音がピタリと止む。

 「何だ貴様は!」

 傍らにいたフードの男が怒号の様な声を上げた。
 途端に何か生物の形をした大きな影が、フードの男目掛けて飛び掛かった。
 影の動きに敏感に反応するフードの男。
 あわやと言う所で後ろに飛び退き膝を突くと、すぐさま目の前の敵に目掛けて右手をかざした。

 「アトラス!」

 フードの男がそう叫ぶと、それまで腰に携帯されていた書物らしき物が空中へと飛び上がり、独りでにページを開き始めた。すると、今度はかざした手のひらの僅か前方に、淡い光を放つ円陣が出現した。

 「マジックボルト!」

 フードの男がそう叫ぶと、円陣の中心と敵対する者との間に、幾筋かの電光が瞬き、バチバチと乾いた音を周囲に響かせた。

 「電流……?」

 檻の中からその光景を茫然とながめていた青年は、一連の現象が何であるかを尋ねるかのようにそう呟いた。答える者はその場には居ない。しかし、それは普段通う学校の授業やテレビなどで見た事のある電気的な現象に、青年には思えたのだった。
 フードの男は、自ら放った電流の効果を確かめる様に、対峙する相手の様子を窺っている。その場にもうもうと立ち込めていた煙は、電熱によって発生した水蒸気。やがて、時間と共に薄れ、照らされるランタンの光によって視界が開け始める。
陰りの中で爛々と輝く点が一つ、空間に縫い付けられたかのように浮遊していた。

 「馬鹿な!?」

 驚愕したような声が上がった。同時に、浮遊していた光る点が男目掛けて飛び掛かる。
 再び両者の間に展開される魔法陣。その淡い光に照らされる様に、陰りの中から白く爛々と目を光らせた黒い化物が姿を現した。
 魔法陣は、化物の突き出した左拳によって打ち付けられ、まるでその場に置かれていたガラス細工の様に砕け、粉々に崩れ去ってしまった。

 「あ、ああ……」

 魔法陣を展開していたフードの男はその様なうめき声を上げると、その場に倒れ、死んだ様に動かなくなった。

 「ひ、誰か! 誰か来てくれ!」

 小太りの男は、すぐさま外へ通じる扉へと駆け出した。
 しかし、化物はそれを見逃さず、逃げる小太りを追い駆ける様に、青年の視界から姿を消した。すると、通路の先から叫び声が上がり、後にはまた、ツカツカとこちらに近づいて来る足音だけが聞こえ始めた。
 何時の間にか、格子戸を潜り抜けたその化物は、青年の前まで歩み寄ると、それまで、小太り達が持っていたランタンを直ぐそばの床へと置いた。
 明りに晒されたその姿は、全身黒一色の装束に身を包んだ人型だった。しかし、顔にはカラスらしき鳥獣の面を付けている。その様相からまるで人間では無く、別の生き物を目の前にしている様な気持ちに青年はなった。
 青年と同じ部屋の中で、背中を丸めてうずくまって居た一人が、恐ろし気にその思いを呟くのである。

「デーモン。う、うう……デーモン」

 青年は、そちらへと視線を向けた。
 薄暗い部屋の中では、人の子供だとばかり思っていた。しかし、ランタンの明かりに照らされたそれは、人間の子供位の大きさの服を着た白いウサギだった。ウサギはうめき声を上げながら、光から逃れる様に両手で頭を抱え、こちらに背を向けていた。

 「聞く耳を持つな」

 カラス面の化物はそう言うと、青年の前に跪き、彼を拘束している鎖を解き始めた。

 「君は、誰?」

 青年がカラス面に尋ねた。

 「コウミ」
 「コウミ……?」

 鎖を解き終えたカラス面は、その場で立ち上がると青年の事を見下ろしながら話し続けた。

 「良く聞け日々喜。ここを直ぐに出て、俺達は東に向かう」
 「東? ここはどこなの?」
 「ここは異界だ。だが安心しろ、俺は帰る術を知ってる。さあ、立て」

 日々喜、と言われた青年は差し出される手を取り、身体を起こした。そして、格子戸を越え、外へと繋がる通路へ出る。
 開け放たれた扉からは、日の光程に強い明りが差し込まれ、それまで自分が閉じ込められていた部屋の全容を明らかにしていた。
 通路の両側、鉄格子によって遮られる各部屋の中には、まるで、その光から身を隠そうとするかのように、閉じ込められた人達が体を丸めてうずくまっていた。

 「この人達は?」
 「救いのなかった連中だ。お前とは違う」
 「でも……」
 「自らの意思で陰りに身を置く以上、救う術は無い。目を背けろ。そして、お前が向かうべき先を見つめろ」

 コウミはそう言うと、開け放たれた扉の先を指差した。

 「お前は家族の下に帰るんだ」
 「……家族?」

 日々喜は言われるがままに、光の射す方向へ歩き始めた。

 「そうだ。東へ……、デーモンの森へ向かえ」

 青年の背後に広がる影の中で、コウミは小さく呟いた。
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