ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第一章 とても不思議な世界

11話 入門者④

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 タイムの案内によって、日々喜はフォーリアムの館本館のロビーで待たされていた。
 タイムは本館を管轄するメイド長のサルヴィナと言う人物を呼びに、その場を後にして行った。
 ロビーは広く、赤い絨毯が敷かれ、それが出入り口から上階へ繋がる中央の階段へ真っすぐ伸びている。備え付けられる窓からは主庭の様子が見て取れ、門前からながめる景色とは違ったおもむきを感じさせた。
 日々喜が、主庭の美しい風景に見惚れていると、数滴の雨粒が窓ガラスにぶつかったのに気が付く。
 雨が降ったのかと空を見上げるが、雨雲らしき物は無く、代わりに太陽の光がサンサンと降り注いでいた。
 疑問を感じながら外の様子をながめ続けていると、突然、窓ガラスに何かがぶつかった様な衝撃が走った。
 驚きのあまり、日々喜は顔を背ける。
 何事かと窓の方を改めて見ると、水がガラスの上を流れて行くのが見て取れた。
 大量の水が窓ガラスに打ち付けられたのだと直ぐに分かった。しかし、おかしな事にその水の流れは重力に逆らう様に放射状に広がり、窓枠へと吸い込まれて行くのである。
 日々喜は窓に近づき、その不思議な現象を良く確認しようとする。
 水は僅かな隙間を頼りに、少しずつ、少しずつ、館の中へと侵入して来る。そして、窓の縁へと集まり塊になると、その形状を生き物の様に変化させ、透明な一羽の水の鳥となった。
 その鳥は、目の前で佇む日々喜の存在などお構いなしに、その場を跳ね回ったり、毛づくろいを始めたり、動物らしい細やかな動きを見せるのである。
 本物の生き物ではないかと確かめる様に、日々喜は水の鳥へと手を伸ばした。その瞬間、伸ばされた手から逃れる様に、水の鳥は羽を広げ飛び立って行った。
 その行方を目で追って行くと、同じ様な水の鳥が数羽、既にロビーの中を旋回していた事に気が付いた。
 自分が目の前にしていた窓だけでは無い。
 ロビーに備え付けられた全ての窓、扉、至る所から水が染み込み、鳥となって館の中を飛び交っていたのである。
 その事に思い至った時、既に数十羽となった鳥の一群が、階段を滑空し上階を目指して飛び去って行ってしまった。

 ――こっちよ……、こっちに来て……。

 誰かが耳元でささやく様な声が日々喜に聞こえた。
 その言葉に従い、日々喜は水の鳥と同じく階段を上がって行った。
 三階の廊下へと出て、声の導きに従う様に、廊下を歩いて行く。
 廊下に敷かれた絨毯は、水浸しになっており足を踏み出す度に、びちゃびちゃと不快な音を立てた。
 その様子は、ロビーで見た水の鳥以上に大量の水が、こちらへと流れて来ていた事を窺わせる。

 「酷い。水浸しだ」

 廊下に並ぶ窓から主庭をながめれば、中央に備え付けられる噴水の水が、館に向かって飛んでくるの見て取れる。

 「全部あの噴水から飛んで来たのか。これも、魔法……、魔導が関係しているなら、誰かが操っている事になるのかな?」

 閉め切られた窓や扉によって、侵入してくる水の量は一定に保たれている。それでも、外の様子を見る限り、出元を止めないと館内の状況は改善されないだろう。

 ――こっち……、こっちにおいで……。

 日々喜は、聞こえ続ける声に従い、一つの部屋の前で立ち止まった。

 ――こっちよ……、部屋の中に入って来て……。

 何の疑念も抱く事なく、部屋のドアノブを回す。しかし、ドアには鍵が掛けられており、入る事が出来なかった。

 「……開かない」

 なおも二、三度とドアノブを捻るが、扉は開く事が無かった。
 それでは、噴水の方を見に行こうと、日々喜は扉の前で踵を返す。
 その次の瞬間。
 それまで、水の侵入に抗い続けていた窓ガラスが、次々と開け放たれ、外から勢いよく水が吹き込んで来た。
 水はそのまま、日々喜が目の前にする部屋の前まで押し寄せ、開かずの扉を打ち破り、流れ込んで行った。
 日々喜はその水の勢いに呑まれ、一緒になって部屋の中へと流された。

 「痛!」

 投げ出された身体をもたげ打ち付けた頭を摩りながら、日々喜は周囲を確認する。
 部屋は薄暗く、カーテンが閉め切られ僅かにその隙間と、打ち破られた扉から射す光によって所々を見て取る事が出来た。
 部屋の奥まった所、窓に近い場所に一人の女の子が座り込んでいるのが見える。
 女の子は少し呆けた表情で空中をながめていた。
 整えられていないクシャクシャの髪の毛や寝間着姿から、起きてからそれほど時間が経っていない事が伺える。
 そしてその周囲には、先程と同様に異様な動きを見せる水が集まり、幾つかの塊となって浮遊していた。
 女の子は、侵入してきた日々喜に目をくれる事も無く、その水を手であやし戯れている様に見えた。

 ――遊びましょう……。遊びましょう……、……私達の友達。

 再び、先程の呼び声が日々喜の耳に届く。
 しかし、目の前の女の子は依然として水と戯れ続けており、自ら口を動かして声を発している様には見えなかった。

「あの、……すいません」

 日々喜は恐る恐る女の子の方へと近づき話しかける。

 ――貴方は誰……? 私の友達……? 遊びに来てくれたの……?

 それまで響いていた呼び声が、今度は日々喜に対して問いかけ始めた。そして、正体を確かめるかのように、日々喜の周りを水が取り囲み始めた。

 「違います。止めて下さい」

 その一言によって、取り囲み始めていた水が、払い除けられたように周りに飛び散った。
 座り込んでいた女の子は、驚いた様にこちらを見上げる。

 「貴方が操っているんですね。お屋敷が水浸しになっているので、止めて欲しいんです」

 女の子は寝起きで乱れた髪の毛を治そうともせず、日々喜の事を見つめていた。

 「貴方は誰? ここで一体何をしているの?」
 「長岐日々喜です。呼ばれたので来ました」
 「……呼んでないわ」
 「すいません。それは、勘違いでした」
 「待って!」

 踵を返す日々喜の事を女の子は引き留める。

 「長岐日々喜。貴方、自分を呼ぶ声が聞こえたって? 貴方にはエレメンタルが聞こえるの?」
 「分かりません。今は聞こえません」

 女の子は、日々喜の返答を受け、考え込む様に顔を伏せた。

 「失礼します」
 「待ちなさい! 勝手に行かないで」

 女の子は立ち上がり日々喜を見つめた。
 日々喜も振り返り女の子の事を見つめ返す。日々喜はそこで初めて、彼女の目の色が鮮やかなオレンジ色をしている事に気がついた。

 ――遊びましょう……。遊びましょう……、私の友達たち……。

 また、日々喜の耳に声が聞こえ始めた。

 日々喜の周囲を水が浮遊し始める。その水の塊は様々な動物や調度品をかたどり、人の目を引く程の幻想的な世界を出現させた。
 日々喜はその光景に見入り始めた。

 「違うモノでできてる……?」

 女の子の呟きに反応し、日々喜はそちらを向いた。彼女は驚いた表情で日々喜を見つめていた。

 「貴方、この世界の人間では無いのね」
 「……え? 違う!」

 女の子の言葉を否定しようとしたその時、日々喜は地面へと倒され、何者かに右腕を取られながら拘束された。

 「お嬢様! ご無事ですか?」

 何者かが、日々喜の背中に片膝を付き、体重を乗せながら叫んだ。

 「あわわわ、ひ、日々喜さん、にゃんて事を」

 部屋のドア付近には、動揺するタイムの姿があった。

 「サ、サルヴィナさん、誤解ですにゃ。日々喜さんは新しいお弟子さんで、こちらに挨拶に来られた方ですにゃ。私の説明が曖昧で、きっと館の中を歩き回ってここに――」
 「お黙りなさい、コレット!」

 日々喜に代わり弁解しようとするタイムをサルヴィナは一括する。

 「長岐日々喜。マウロから事情は聞いております。ですが、館に招かれる事も無く上がり込み、挙句はその主たる者に無礼を働くとは、断じて許すわけにはいきません」

 サルヴィナがそう言うと、つかんでいた日々喜の右腕をギリと締め上げた。

 「待って、サルヴィナ」

 女の子がサルヴィナに声をかける。それを受けて、サルヴィナが唖然とした表情で女の子を見返した。

 「彼を放してあげて」

 そう言うと女の子は、自身が寝床にする天蓋付きのベッドから、一冊の魔導書を引っ張り出した。

 「タイム、部屋の窓を開けて来てくれるかしら」
 「は、はいにゃ」

 タイムは、直ぐに部屋中のカーテンと窓を全開にし始める。

 「アトラス」

 女の子がそう唱えると、手にした魔導書は独りでにページを開き始める。そして、膝を突くサルヴィナの頭上に部屋いっぱいに広がる程の水平な魔法陣が展開された。
 部屋中にまき散らされていた水が、その魔法陣に吸い寄せられるかのように浮き上がり、魔法陣の上に集められ、水の玉を作り出した。
 次に彼女は、出来上がった水の玉に右手をかざす。
 すると、その手の動きに合わせるかの様に魔法陣がゆっくりと収縮し、その向きを水平から垂直へと動かし、窓の方へと向けられ始めた。

 「ウォーターボルト」

 彼女がそう唱えると、集められた水の玉は勢い良く窓に向かって飛んで行き、そのまま外へ飛び出し、空中で弾けて水をまき散らした。
 女の子は、パタリとアトラスを閉じると、フウと一息ついてから、寝癖の付いた自身の髪を手櫛でまとめ上げ始めた。
 指に絡まる金髪の中に鮮やかな若葉色の髪束が混じっている事に日々喜は気が付く。

 「かっこいいにゃー、さすがお嬢様にゃ」

 タイムは魔導を行使する女の子に憧れるような眼差しを送りながらそう言った。彼女はそんなタイムの言葉に照れ笑いを返すと、今度は日々喜達の方へと向き直る。

 「私の部屋に押し入ったんですもの。少しは痛い目を見て当然ね。でも、何もされてないはサルヴィナ。そのくらいで許してあげて」
 「お、お嬢様、今日はお話に……」
 「ええ、彼のおかげで目が覚めたみたい」

 サルヴィナは女の子の様子を見て安堵したのか、自然と日々喜を締め上げていた力を緩め、手を放した。
 日々喜は、誰に言われる事も無く立ち上がり、そして締め上げられていた自らの右腕が痛んでいないか確かめる様に肩を回し始めた。

 「長岐日々喜。貴方は新しく、このフォーリアム一門に加わるのね?」

 そんな日々喜の様子を見つめながら女の子が話しかけた。

 「フェンネル・フォーリアムよ。お爺様、大魔導士クローブの一番弟子の名前と顔は覚えなきゃね」

 窓から射し込まれた陽の光に晒されながら、フェンネルは、晴れ晴れとした笑顔でそう言った。
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