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第二章 奪い合う世界
52話 新年度祭③
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街の賑わいから少し外れた路地において、人目をはばかる様にしながらノエルがクレスの手を引いて入って来た。
逢引の様相を呈すれば、自然と周りが気を使うものだろうが、この場合は少し様子違った。
ノエルはクレスに詰め寄る様にしながら、しきりに何かを問いただしている。その執拗な様子から、穏やかではない空気が漂い始めていた。
「クレス、一体どうしたと言うんだ? この数日、君はまるで僕の事を避けるような態度を取ってる。理由を説明してくれ」
クレスはまるで叱られた子供の様に下を向いて黙っている。
「ひょっとして、君は僕の忠告を無視した事を気にしているのかい?」
ノエルはそんなクレスの胸の内を読むように言葉を続けた。クレスははいともいいえとも応えずにいた。
「ああ、クレス。よからぬ者を迎え撃ちに行った事なら、怒ってなんかいないさ。お互い無事でいたのなら、僕はそれで十分なんだ。もう、何も気にしなくていい」
ノエルは優しい声でそう言うと、クレスの肩に手を置いた。
ビクリと小さく体を震わせるクレス。しかし、その反応をまったく意に介さず、ノエルは明るい街の方へと導く様に、クレスの肩を引いた。
しかし、クレスは動こうとしない。
「……まだ、何かあるのかな?」
ノエルは平静を装う様に落ち着き払った声でそう言った。
その口調の変化に、自分に対する特別な感情を見たのか、クレスは顔色を変えた。
「君が話してくれないと、僕にだって分からないぞクレス」
ノエルはクレスの顔を覗き込むようにしながら尋ねた。薄暗い路地の中では、顔色の変化など気が付かないのか、ただじっと彼女が喋り出すのを待ち続けていた。
「わ……、私は……」
居た堪れない空間から逃げ出したい思いからか、クレスは絞り出す様な声を出した。
「何してるの!」
街の方から二人に向かって声が掛けられた。クレスはそちらを見る。
ラヴァーニャとピーターが路地の入口からこちらに向かって歩いて来るのが目に入った。
「ラヴァーニャ……」
クレスは弱々しい声を出した。それがまるで助けを求めている様にでも聞こえたのか、ラヴァーニャは顔を険しくし、歩調を早め、ノエルとクレスの間に割って入る。
「あんた、クレスに何をしたの! こんな所に連れ込んで!」
突然怒り出すラヴァーニャの事をピーターは慌てて止めに入った。
「おいおい、落ち着けよラヴァーニャ。祭りの最中だぜ。二人っきりになる理由なんて一つしかないだろ」
「バカ! そんな、浮かれた事情に見える? 離してよピーター」
ラヴァーニャはピーターの手を振り解くと、クレスに手を伸ばしてこちらに抱き寄せた。
「この子に二度と近づかないで!」
珍しく困った表情を浮かべるピーター。ノエルの方へ顔を向けると、申し訳ないと表情で訴えながら、小さく頭を下げた。
「何なんだい君達は? 突然横から入って来て、随分な言い草じゃないか。僕が彼女に乱暴している様にでも見えたのかい?」
「いや、見えて無いっすよ」
「ピーター、黙って!」
お互いの誤解を解こうとするピーターの事をラヴァーニャ怒鳴って制止した。
「ノエル・グスターヴ。クレスはあんたのものじゃないの。先輩だか何だか知らないけど、良いように扱うのは止めて頂戴!」
ノエルは呆れた様子で溜息を着いた。
「シモン。君は何も知らないんだ。僕は、学院に居た時から彼女の事を良く知ってる。十分すぎる程に世話を焼いてやった。他人の君が首を突っ込む間柄じゃないのさ」
「ただのお節介だったんでしょ? クレスの様子を見てれば分かるわよ」
「何だと?」
引き下がろうとしないラヴァーニャの事をノエルは睨みつけた。
「私達には良く分かるわ。同じフォーリアムの館で過ごした仲間だもの。あんたの傍に居る時ばかり、見た事も無いような辛い顔ばかりしてた」
「フン! それで? 心情を察したつもりかい。本人から何かを聞いたわけじゃないんだろ? 悲しいな、シモン。君の方こそお節介をしているんだよ。僕らは互いに信頼し合った仲なのさ」
「コイツ……」
ノエルの勝手な言い草に、ラヴァーニャは募らせた怒りを絞り出すような声を出した。
そんなラヴァーニャの事をノエルはせせら笑う様子で見つめ返す。
「クレス。何だったら君の方から言ってやればいい。何も知らないくせに、友達ぶって、馴れ馴れしくも僕の仕事に口を挟むのはもう止めてくれってね」
とどめの一撃を加えてやろうと、ノエルは話をクレスに振った。
クレスは、自分をつかんでいたラヴァーニャの手を取る。ラヴァーニャは自然と抱きしめていた力を緩め、彼女の事を解放した。
「クレス……」
ラヴァーニャが心配そうに声を掛けるが、クレスは目を合わせようとしてくれない。しかし、代わりに自分の手を握るその手に力が込められた。
「……もう、止めて欲しいの……」
下を向いたままのクレス。消え入りそうな声でそう言った。
ノエルはその声を聞いて、勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「分かっただろシモン。これが彼女の答えだよ。分かったら、もう――」
「違う!」
突然、クレスがノエルの言葉を遮り、大きな声を出した。
「クレス?」
ノエルは驚いた表情をクレスに向けた。
「ここは……、もう学院じゃないんです。ノエル、私達は何時までも学生のままじゃない。貴方は魔導局に勤める国家警察官。私はフォーリアム一門の見習い魔導士になった」
クレスはそう話すと、恐る恐る顔を上げてノエルの事を見つめた。
「私は何時までも、貴方の後輩ではいないのよ」
その言葉を聞いた途端、ノエルは表情を歪ませた。
「な、何を言ってるんだ。後輩じゃないって、どういう事だよ? 僕は君の事を守って……、あれだけ良くしてやっただろ? クレス?」
取り乱した様に話し出すノエル。しかし、クレスはもうそれ以上応えようとしなかった。
「……クレス!!」
その様子に堪り兼ね、ノエルはクレスにつかみ掛かろうとした。
クレスを守ろうとするラヴァーニャ。その前にピーターが割込み、襲い掛かるノエルの事を無理やり押し退けた。
「うわ!?」
「グスターヴさん……。それは、良く無いっすよ」
暴れるノエルの事を羽交い締めにしながら、そのまま動きを封じて、ピーターは二人から遠ざけようとする。
「クレスの話し、聞いたでしょ。その気が無いんすから、今日はもう諦めて下さいよ」
「離せ、ホフマン。君だって聞いてたろ! そいつが悪いんだ! 僕がどれだけ守って来てやったか!」
「いや、だから。その必要がもう無くてね。えーと、つまり、そっちも恩着せがましいの止めたらどうかっていう――」
「うるさい! お前だって何も知らないだろ! 何を隠しているのか、知れば軽蔑するに決まって――」
ノエルの話す途中で、ピーターは組みつく手を離した。ノエルは前のめりになりながらも、態勢を整えつつピーターの方を振り向く。
すると間髪入れずに、その横顔をピーターが殴りつけた。
受け身も取れぬまま、背後に倒れ込むノエル。
「クレスはクレスだろ! 同じフォーリアム一門で、俺達の仲間だ! 文句があるなら、俺に言え!」
ピーターはノエルに対してそう言い放った。
背後でその光景を眺めていたラヴァーニャとクレス。二人共、男同士の突然のやり取りに息を呑んだが、暗い路地の中で、仰向けに倒れていたノエルが動き出し、生きてる事を確認して安堵した。
ノエルは、左頬を抑えながら何とか上体を起こすと、地面に座り込んだまま、ピーターの事を睨みつけていた。
「あ、あの……、大丈夫ですか?」
突然、ノエルの背後から声がかかる。
「な、何だ君は!?」
暗い路地の先から、音も無く姿を見せた青年に、ノエルは驚いた表情を見せた。
「長岐日々喜です」
日々喜はそう言うと、ノエルに手を貸してやった。突然の出現から、唐突な自己紹介。ノエルは混乱しつつ、日々喜にされるがままに立ち上がる。
「日々喜? あんたここで何してんのよ」
ラヴァーニャが、そんな日々喜の事に気が付き尋ねた。
「お祭りに行こうと思って。今来たの」
そのやり取りを見て、漸くノエルは日々喜が何者であるかに気が付いた。
「日々喜!? そうか、君があのトウワ人魔導士の弟子だな。今更のお目覚めか? 悠長な奴め」
「え? すみません」
突然怒りだす初対面のノエルに対して、日々喜は取り敢えず謝罪した。
「いいか良く聞け。君の師匠は、国家警察の公務を妨害し、挙句この僕に暴力を振るった。ホフマン、君もだ」
「国家警察?」
聞いた事の無い単語を日々喜は尋ね返す。
「僕の職務だよ!」
ノエルはカンカンになりながら、日々喜の事を怒鳴りつけた。
「放っときなよ日々喜。あたし達の邪魔をしたのはそっちの方なんだから」
困った表情を見せる日々喜に対して、ラヴァーニャそう言った。
「あの、何だかすみません。僕は行きますから。でも、コウミはそこまで悪い奴じゃないです。きっと誤解があるんだと思います。森に居ると思うので、ちゃんと話しをしてみてください」
日々喜はそう言うと、ラヴァーニャ達の方へと歩き出した。
「森に行けだと……。この野蛮人め! もういい! 師匠も、お前も! お前達全員、覚悟しておけよ!」
ノエルはそう捨て台詞を放つと、暗い路地の中へと走り去って行ってしまった。
「嫌な奴。最後まであんな事言っちゃってさ」
ノエルの行く手を見据えながら、ラヴァーニャがそう言った。
「それにしても、ピーター。良くやったわ、見直しちゃった」
「おう、そうか?」
「ピーターが殴ったの? 良くないよ」
「ああ、そうだな……」
ラヴァーニャに褒められ満更でもない顔をしたピーターは、日々喜に注意され一変して申し訳ない表情を作る。
「良いのよ。あれぐらいやらないと分からない奴っている者」
「そうかなぁ……」
「まあ実際、殴る事は無かったな。俺もカッとなっちまったから、後で謝っとくよ」
日々喜の肩を叩き、ピーターは高らかに笑いながら話を終わらせた。
「皆、ごめん」
話の端を掴むように、三人の様子を眺めていたクレスが、突然謝罪の言葉を述べた。
「私、どうかしてた。今まで、自分でちゃんと考えないで、ずっと、ノエルの言いなりになってしまって」
事情が分かってない日々喜を間に挟み、ラヴァーニャもピーターもクレスの言葉を受け入れる様に笑みを見せた。
「良いのよ、クレス。もう済んだ事でしょ」
「ああ、今日は祭りだしな。全員、反省するのは明日からにしようぜ。なあ、日々喜」
「う、うん? そうだね」
日々喜は取り敢えず空気を読んだ。それを良しとばかりに、ピーターは日々喜の肩に腕を廻して喜んだ。
「……私、皆に聞いてほしい事があるの。ずっと、皆に隠していた事」
「いいわよクレス。隠してたって。打ち明けたって、何かが変わるわけじゃないでしょ?」
「ラヴァーニャ……」
「ピーターが言ったのよ。クレスはクレスだってね。それに、秘密の一つや二つ誰にだってあるわ。そうでしょ?」
ラヴァーニャはピーターと日々喜に同意を求める様に視線を送った。
「そうか?」
「それは、そうだよ」
「ふーん。俺なんか有ったかな? まあいいや。行こうぜ」
ピーターはそう言うと、日々喜の肩に手を回したまま街の方へと歩いて行く。その後にラヴァーニャが続いて行った。
「皆……」
クレスの胸中で安堵の思いが広がった。秘密がある。しかし、それはもう秘密にしなくていい。そんな思いだ。
三人の後姿を見つめる内に、タイミングを逸してしまった言葉を飲み込み、クレスは遅れまいと仲間達の事を追いかけた。
「ところで、日々喜よ。お前誰と踊るんだ?」
「タイムと……。そう思ってたんだけど。仕事があるからって。戦った皆の事を労いたから、今日はお祭りの裏方に回ってる」
「タイムらしいわね」
ピーターと日々喜の会話に、ラヴァーニャが合いの手を入れた。
「僕も手伝うと言ったんだけどね。せっかくのお祭りだから、僕には参加してほしいって、言うんだ」
「そっかー、仕方ないなぁ……。じゃあ、俺と一緒にやるか、日々喜? なあ?」
「えーっと……」
ピーターの誘いの言葉に、日々喜は困惑した様に目を泳がせた。
「あんた本気で言ってんの? ちゃんと考えなよ」
その様を見て、ラヴァーニャは呆れた様子でピーターを注意した。
「私が! 私が日々喜と踊るわ」
三人の後に続いて来たクレスが、大きな声でそう言った。
「え、クレス!? 本気なの?」
ラヴァーニャは驚いた。クレスは今まで祭りのダンスには参加して来なかったからだ。
「ええ、本気。ラヴァーニャもピーターも、後で一緒に踊って頂戴」
「意外。ずっと、踊りには参加しなかったのに」
「今日はそういう気分なの。きっと、見習いとして参加するのは、これが最後になるだろうから」
クレスの話を聞き、ピーターはニヤリとした笑みを見せる。
「いいぜ。俺は誰とでも、何人でも、朝までやれる」
「わ、私だって。クレスとなら別に」
ラヴァーニャが慌ててピーターに続いた。
「僕は、一回だけでいいんだけど……」
「固い事言うなよ、日々喜。いろんな奴とできるから楽しいんだぞ。何だったら、俺と先にやるか? なあ?」
「う、うーん……」
ピーターは再び高らかに笑い声を上げ、日々喜の事を引きずる様に街の中へと入って行った。
「私達も行こう、クレス。踊り明かすよ!」
「ええ、ラヴァーニャ。……皆、ありがとう。本当にありがとう」
ラヴァーニャに手を引かれながら、クレスも街の明かりへ入って行った。
逢引の様相を呈すれば、自然と周りが気を使うものだろうが、この場合は少し様子違った。
ノエルはクレスに詰め寄る様にしながら、しきりに何かを問いただしている。その執拗な様子から、穏やかではない空気が漂い始めていた。
「クレス、一体どうしたと言うんだ? この数日、君はまるで僕の事を避けるような態度を取ってる。理由を説明してくれ」
クレスはまるで叱られた子供の様に下を向いて黙っている。
「ひょっとして、君は僕の忠告を無視した事を気にしているのかい?」
ノエルはそんなクレスの胸の内を読むように言葉を続けた。クレスははいともいいえとも応えずにいた。
「ああ、クレス。よからぬ者を迎え撃ちに行った事なら、怒ってなんかいないさ。お互い無事でいたのなら、僕はそれで十分なんだ。もう、何も気にしなくていい」
ノエルは優しい声でそう言うと、クレスの肩に手を置いた。
ビクリと小さく体を震わせるクレス。しかし、その反応をまったく意に介さず、ノエルは明るい街の方へと導く様に、クレスの肩を引いた。
しかし、クレスは動こうとしない。
「……まだ、何かあるのかな?」
ノエルは平静を装う様に落ち着き払った声でそう言った。
その口調の変化に、自分に対する特別な感情を見たのか、クレスは顔色を変えた。
「君が話してくれないと、僕にだって分からないぞクレス」
ノエルはクレスの顔を覗き込むようにしながら尋ねた。薄暗い路地の中では、顔色の変化など気が付かないのか、ただじっと彼女が喋り出すのを待ち続けていた。
「わ……、私は……」
居た堪れない空間から逃げ出したい思いからか、クレスは絞り出す様な声を出した。
「何してるの!」
街の方から二人に向かって声が掛けられた。クレスはそちらを見る。
ラヴァーニャとピーターが路地の入口からこちらに向かって歩いて来るのが目に入った。
「ラヴァーニャ……」
クレスは弱々しい声を出した。それがまるで助けを求めている様にでも聞こえたのか、ラヴァーニャは顔を険しくし、歩調を早め、ノエルとクレスの間に割って入る。
「あんた、クレスに何をしたの! こんな所に連れ込んで!」
突然怒り出すラヴァーニャの事をピーターは慌てて止めに入った。
「おいおい、落ち着けよラヴァーニャ。祭りの最中だぜ。二人っきりになる理由なんて一つしかないだろ」
「バカ! そんな、浮かれた事情に見える? 離してよピーター」
ラヴァーニャはピーターの手を振り解くと、クレスに手を伸ばしてこちらに抱き寄せた。
「この子に二度と近づかないで!」
珍しく困った表情を浮かべるピーター。ノエルの方へ顔を向けると、申し訳ないと表情で訴えながら、小さく頭を下げた。
「何なんだい君達は? 突然横から入って来て、随分な言い草じゃないか。僕が彼女に乱暴している様にでも見えたのかい?」
「いや、見えて無いっすよ」
「ピーター、黙って!」
お互いの誤解を解こうとするピーターの事をラヴァーニャ怒鳴って制止した。
「ノエル・グスターヴ。クレスはあんたのものじゃないの。先輩だか何だか知らないけど、良いように扱うのは止めて頂戴!」
ノエルは呆れた様子で溜息を着いた。
「シモン。君は何も知らないんだ。僕は、学院に居た時から彼女の事を良く知ってる。十分すぎる程に世話を焼いてやった。他人の君が首を突っ込む間柄じゃないのさ」
「ただのお節介だったんでしょ? クレスの様子を見てれば分かるわよ」
「何だと?」
引き下がろうとしないラヴァーニャの事をノエルは睨みつけた。
「私達には良く分かるわ。同じフォーリアムの館で過ごした仲間だもの。あんたの傍に居る時ばかり、見た事も無いような辛い顔ばかりしてた」
「フン! それで? 心情を察したつもりかい。本人から何かを聞いたわけじゃないんだろ? 悲しいな、シモン。君の方こそお節介をしているんだよ。僕らは互いに信頼し合った仲なのさ」
「コイツ……」
ノエルの勝手な言い草に、ラヴァーニャは募らせた怒りを絞り出すような声を出した。
そんなラヴァーニャの事をノエルはせせら笑う様子で見つめ返す。
「クレス。何だったら君の方から言ってやればいい。何も知らないくせに、友達ぶって、馴れ馴れしくも僕の仕事に口を挟むのはもう止めてくれってね」
とどめの一撃を加えてやろうと、ノエルは話をクレスに振った。
クレスは、自分をつかんでいたラヴァーニャの手を取る。ラヴァーニャは自然と抱きしめていた力を緩め、彼女の事を解放した。
「クレス……」
ラヴァーニャが心配そうに声を掛けるが、クレスは目を合わせようとしてくれない。しかし、代わりに自分の手を握るその手に力が込められた。
「……もう、止めて欲しいの……」
下を向いたままのクレス。消え入りそうな声でそう言った。
ノエルはその声を聞いて、勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「分かっただろシモン。これが彼女の答えだよ。分かったら、もう――」
「違う!」
突然、クレスがノエルの言葉を遮り、大きな声を出した。
「クレス?」
ノエルは驚いた表情をクレスに向けた。
「ここは……、もう学院じゃないんです。ノエル、私達は何時までも学生のままじゃない。貴方は魔導局に勤める国家警察官。私はフォーリアム一門の見習い魔導士になった」
クレスはそう話すと、恐る恐る顔を上げてノエルの事を見つめた。
「私は何時までも、貴方の後輩ではいないのよ」
その言葉を聞いた途端、ノエルは表情を歪ませた。
「な、何を言ってるんだ。後輩じゃないって、どういう事だよ? 僕は君の事を守って……、あれだけ良くしてやっただろ? クレス?」
取り乱した様に話し出すノエル。しかし、クレスはもうそれ以上応えようとしなかった。
「……クレス!!」
その様子に堪り兼ね、ノエルはクレスにつかみ掛かろうとした。
クレスを守ろうとするラヴァーニャ。その前にピーターが割込み、襲い掛かるノエルの事を無理やり押し退けた。
「うわ!?」
「グスターヴさん……。それは、良く無いっすよ」
暴れるノエルの事を羽交い締めにしながら、そのまま動きを封じて、ピーターは二人から遠ざけようとする。
「クレスの話し、聞いたでしょ。その気が無いんすから、今日はもう諦めて下さいよ」
「離せ、ホフマン。君だって聞いてたろ! そいつが悪いんだ! 僕がどれだけ守って来てやったか!」
「いや、だから。その必要がもう無くてね。えーと、つまり、そっちも恩着せがましいの止めたらどうかっていう――」
「うるさい! お前だって何も知らないだろ! 何を隠しているのか、知れば軽蔑するに決まって――」
ノエルの話す途中で、ピーターは組みつく手を離した。ノエルは前のめりになりながらも、態勢を整えつつピーターの方を振り向く。
すると間髪入れずに、その横顔をピーターが殴りつけた。
受け身も取れぬまま、背後に倒れ込むノエル。
「クレスはクレスだろ! 同じフォーリアム一門で、俺達の仲間だ! 文句があるなら、俺に言え!」
ピーターはノエルに対してそう言い放った。
背後でその光景を眺めていたラヴァーニャとクレス。二人共、男同士の突然のやり取りに息を呑んだが、暗い路地の中で、仰向けに倒れていたノエルが動き出し、生きてる事を確認して安堵した。
ノエルは、左頬を抑えながら何とか上体を起こすと、地面に座り込んだまま、ピーターの事を睨みつけていた。
「あ、あの……、大丈夫ですか?」
突然、ノエルの背後から声がかかる。
「な、何だ君は!?」
暗い路地の先から、音も無く姿を見せた青年に、ノエルは驚いた表情を見せた。
「長岐日々喜です」
日々喜はそう言うと、ノエルに手を貸してやった。突然の出現から、唐突な自己紹介。ノエルは混乱しつつ、日々喜にされるがままに立ち上がる。
「日々喜? あんたここで何してんのよ」
ラヴァーニャが、そんな日々喜の事に気が付き尋ねた。
「お祭りに行こうと思って。今来たの」
そのやり取りを見て、漸くノエルは日々喜が何者であるかに気が付いた。
「日々喜!? そうか、君があのトウワ人魔導士の弟子だな。今更のお目覚めか? 悠長な奴め」
「え? すみません」
突然怒りだす初対面のノエルに対して、日々喜は取り敢えず謝罪した。
「いいか良く聞け。君の師匠は、国家警察の公務を妨害し、挙句この僕に暴力を振るった。ホフマン、君もだ」
「国家警察?」
聞いた事の無い単語を日々喜は尋ね返す。
「僕の職務だよ!」
ノエルはカンカンになりながら、日々喜の事を怒鳴りつけた。
「放っときなよ日々喜。あたし達の邪魔をしたのはそっちの方なんだから」
困った表情を見せる日々喜に対して、ラヴァーニャそう言った。
「あの、何だかすみません。僕は行きますから。でも、コウミはそこまで悪い奴じゃないです。きっと誤解があるんだと思います。森に居ると思うので、ちゃんと話しをしてみてください」
日々喜はそう言うと、ラヴァーニャ達の方へと歩き出した。
「森に行けだと……。この野蛮人め! もういい! 師匠も、お前も! お前達全員、覚悟しておけよ!」
ノエルはそう捨て台詞を放つと、暗い路地の中へと走り去って行ってしまった。
「嫌な奴。最後まであんな事言っちゃってさ」
ノエルの行く手を見据えながら、ラヴァーニャがそう言った。
「それにしても、ピーター。良くやったわ、見直しちゃった」
「おう、そうか?」
「ピーターが殴ったの? 良くないよ」
「ああ、そうだな……」
ラヴァーニャに褒められ満更でもない顔をしたピーターは、日々喜に注意され一変して申し訳ない表情を作る。
「良いのよ。あれぐらいやらないと分からない奴っている者」
「そうかなぁ……」
「まあ実際、殴る事は無かったな。俺もカッとなっちまったから、後で謝っとくよ」
日々喜の肩を叩き、ピーターは高らかに笑いながら話を終わらせた。
「皆、ごめん」
話の端を掴むように、三人の様子を眺めていたクレスが、突然謝罪の言葉を述べた。
「私、どうかしてた。今まで、自分でちゃんと考えないで、ずっと、ノエルの言いなりになってしまって」
事情が分かってない日々喜を間に挟み、ラヴァーニャもピーターもクレスの言葉を受け入れる様に笑みを見せた。
「良いのよ、クレス。もう済んだ事でしょ」
「ああ、今日は祭りだしな。全員、反省するのは明日からにしようぜ。なあ、日々喜」
「う、うん? そうだね」
日々喜は取り敢えず空気を読んだ。それを良しとばかりに、ピーターは日々喜の肩に腕を廻して喜んだ。
「……私、皆に聞いてほしい事があるの。ずっと、皆に隠していた事」
「いいわよクレス。隠してたって。打ち明けたって、何かが変わるわけじゃないでしょ?」
「ラヴァーニャ……」
「ピーターが言ったのよ。クレスはクレスだってね。それに、秘密の一つや二つ誰にだってあるわ。そうでしょ?」
ラヴァーニャはピーターと日々喜に同意を求める様に視線を送った。
「そうか?」
「それは、そうだよ」
「ふーん。俺なんか有ったかな? まあいいや。行こうぜ」
ピーターはそう言うと、日々喜の肩に手を回したまま街の方へと歩いて行く。その後にラヴァーニャが続いて行った。
「皆……」
クレスの胸中で安堵の思いが広がった。秘密がある。しかし、それはもう秘密にしなくていい。そんな思いだ。
三人の後姿を見つめる内に、タイミングを逸してしまった言葉を飲み込み、クレスは遅れまいと仲間達の事を追いかけた。
「ところで、日々喜よ。お前誰と踊るんだ?」
「タイムと……。そう思ってたんだけど。仕事があるからって。戦った皆の事を労いたから、今日はお祭りの裏方に回ってる」
「タイムらしいわね」
ピーターと日々喜の会話に、ラヴァーニャが合いの手を入れた。
「僕も手伝うと言ったんだけどね。せっかくのお祭りだから、僕には参加してほしいって、言うんだ」
「そっかー、仕方ないなぁ……。じゃあ、俺と一緒にやるか、日々喜? なあ?」
「えーっと……」
ピーターの誘いの言葉に、日々喜は困惑した様に目を泳がせた。
「あんた本気で言ってんの? ちゃんと考えなよ」
その様を見て、ラヴァーニャは呆れた様子でピーターを注意した。
「私が! 私が日々喜と踊るわ」
三人の後に続いて来たクレスが、大きな声でそう言った。
「え、クレス!? 本気なの?」
ラヴァーニャは驚いた。クレスは今まで祭りのダンスには参加して来なかったからだ。
「ええ、本気。ラヴァーニャもピーターも、後で一緒に踊って頂戴」
「意外。ずっと、踊りには参加しなかったのに」
「今日はそういう気分なの。きっと、見習いとして参加するのは、これが最後になるだろうから」
クレスの話を聞き、ピーターはニヤリとした笑みを見せる。
「いいぜ。俺は誰とでも、何人でも、朝までやれる」
「わ、私だって。クレスとなら別に」
ラヴァーニャが慌ててピーターに続いた。
「僕は、一回だけでいいんだけど……」
「固い事言うなよ、日々喜。いろんな奴とできるから楽しいんだぞ。何だったら、俺と先にやるか? なあ?」
「う、うーん……」
ピーターは再び高らかに笑い声を上げ、日々喜の事を引きずる様に街の中へと入って行った。
「私達も行こう、クレス。踊り明かすよ!」
「ええ、ラヴァーニャ。……皆、ありがとう。本当にありがとう」
ラヴァーニャに手を引かれながら、クレスも街の明かりへ入って行った。
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舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
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